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牛と麻酔薬
ブログには書いていませんでしたが、妻の妊娠が分かったのは去年の夏。

就職していきなり産休という、日本だったら詐欺師扱いされそうなシチュエーションからスタートした妻でしたが、幸いにもここはアメリカ。出生率が2.0を超えるのは伊達じゃありません。

職場の上司を含め、本当に身重の妻をサポートしてくれました。日によっては、Work from Homeという、在宅勤務ができる職種だったのも幸いだったと思います。

それにしても、妊娠による精神的な変化に加え、日に日に大きくなるお腹を抱えた妻を、毎日仕事場まで車で送迎するってのは、なんだか自分が酷く非人道的な行いをしているような気持ちがしてました。

当時、思わず口ずさんでしまう歌は決まって「ドナドナ」だったと言えば、私の気持ちが分かってもらえるかもしれません。

妊娠当初は、陣痛が来るまで働く、と豪語していた妻ですが、さすがに40週を迎えてからは在宅勤務をメインにし、体調の変化にとまどいながらこの9ヶ月を闘い抜いて来ました。結局、予定日の3日前まで働いたことになりますか。

妻は「3月生まれって良いじゃない?だから私はなんとしても、3月中に産むつもり」

いまひとつ理解できない。そんな妻の固い意志とは裏腹に、我が子はギリギリまで妻のお腹の中に居座ることができました。

そして迎えた出産予定日。話に聞くと、予定日通りに出産を迎える妊婦は、アメリカ全体でも6%に過ぎないそうで。いやはや、几帳面な子供。

ここから前回の続き。

病院につくと、二・三歩歩いてはお腹に手を当て立ち止まる妻、心配そうに背中をさする妻の母。

両手にバッグ、背中にリュックを背負い、まるで疎開するかのような格好の私は、二人を先導しながら病室に向かう。

部屋番号は609。

先月参加した両親学級でも見学に来ましたが、ここの病室は本当に病室らしくありません。大型液晶テレビはもちろん、各種AV機器、専用のトイレにジャグジーまで完備していて、中央に据え置かれたベッドを見なければ一見ホテルのよう。

実際、これはLDRルームと呼ばれるもので、この一室でLDR、つまりLabor(陣痛)、Delivery(分娩)、Recovery(回復)すべてを行うというコンセプトで作られてます。そうなると、妊婦がここで過ごす時間というのは長くなるので、どれだけリラックスできるかということが重要になります。

各種設備を堪能する余裕も無く、妻は横たわりウンウンと唸る。早速看護師が健康状態をチェックします。子宮口は1.5センチ。子宮は-2センチのところまで降りているとのこと。

3日前にチェックされたときに比べ微増。何にせよ進捗があるのは良いですね。

小刻みに押し寄せる陣痛に耐えながら、妻が言いました。

「なんかね……。さっきから陣痛が来るたびに、なんか頭の中にあるイメージが浮かんでしょうがないの」

どんなイメージ?

「牛」

牛?

「納屋の奥で……牛が出産してるシーンてあるじゃない。…周りで何人もの人が見てて。……牛がヒーヒー言いながら子牛を産もうとしてるやつ。なんかプルンとした羊膜とか出ちゃってるような……それ……今の私はまさにそんな感じ」

じゃあ俺たちはゴム長靴に、手袋して、野球帽とかかぶってるほうが良いのかな。

「そうそ……いたいたいたい!ひーひーひー!」

我が家の牛が悲鳴を上げる。ああかわいそうな花子。がんばれがんばれ。

妻の呼吸を誘導すべく、妻の母と私も一緒に大きく呼吸。フーフーヒー!フーフーヒー!

苦痛に顔をゆがめる妻が哀れで、つい手を、肩を、背中を撫でてあげたくなる。

「お願いだから触らないで!」ああごめんなさい。

やっぱり肉体的接触は駄目らしい。だって出産中の牛は凶暴になっているから。

じゃなくて、出産本にもそんなアドバイスがあったような。「妊娠中、パパはママに邪険にされても傷つかないようにしましょう」

なるほどね。妻の陣痛バリアが私たちを拒絶する。

出来ることはと言えば、自らのこの吐息のみ。ならば吹き消せ妻の痛み。

妻の母親と二人、妻がキャンドルのついたバースデーケーキだったら、蝋燭ごとなぎ倒しているだろうという勢いで息を吹きかける。フーフーヒー!フーフーヒー!深く深く。長く長く。

陣痛をモニターする黄色の線が、一定時間ごとに上昇する。それに合わせて妻は痛みの渦で身を絞り、溺れまいと身体を丸める。

看護師が妻の下腕を持ち上げ、IV(点滴)の針を挿入しようとする。華麗に失敗。だくだくと流れる血。おいおい。

何事もなかったかのように血を拭い、今度は手の甲にブスリ。いてててて。妻が呻く。

看護師に通じぬよう、日本語で妻がつぶやく。

「私、いままで点滴で失敗されたことないのに。なんて下手糞なんだこのナース」

そんな呪詛で口元を、血痕で点滴針の周囲を汚しながら、引き続き痛みに苦しむ妻。ヒーヒーヒー!

今度は、妻をニンテンドーDSに見立てて、私も一生懸命息を吐きつける。フーーーフーーーヒーー!

あっと言う間の3時間。妻は汗だく。私は酸欠。目の前がチカチカしてきた。

ようやくOKが出て、エピドュラル(硬膜外麻酔)を注入することになる。

麻酔医到着。毛深い白人の中年男性。

「いままでエピドュラルについて説明を受けたことはありますか?」

ありますあります。顔をしかめながら答える妻。いいから早くやってくれ。妻が全身で訴える。

上手い具合に背中が麻酔医の方に向けられるよう、みんなで妻の身体を調整する。横向きのまま、両膝を持ち上げて、背中を丸めて、なるべく”C”になるように。

ラテックスの手袋をパチンとさせながら、麻酔医が口を開く。

「さて……いままでエピドュラルについて説明をうけたことはありますか?……ってさっき聞いたな」

問いかけから独り言へ。大丈夫ですかあなた。ちょっと不安になってきた。

むき出しの妻の背中を消毒した後、なにやら細長い管をブスリ。そしてもっと剣呑な見た目の、針だかドリルだかをさらにブスリ。怖いので直接見れない。いま妻が痛がってるのは陣痛なのか麻酔針のせいなのか。

麻酔医が細長い、先端はスイッチ、お尻にはコードのついた機器を妻に渡す。

「このボタンを押すと、麻酔薬があなたの身体に注入されます。痛いと思ったら何回でも、好きなだけ押して良いですよ」

ああこれか。これまた両親学級で習った覚えが。つい口を挟んでしまう私。

「あのーこれって、何回押しても、結局トータルで出てくる量って決まってるんでしたよね?七回分くらいでしたっけ?」

麻酔医は、何だか100円ショップの店長が原価をバラされたかのような、ちょっと迷惑そうな顔をしながら言う。「うんそうね。そんな感じ」

知ってることをついアピールする癖は幾つになっても治らないな、と反省する。

ほどなくして、妻の眉間の皺が溶け始める。プラセボなのか本当に麻酔が効いているのか。何にせよ、彼女がこの痛みから解放されるなら何でも良い。

先程までは頑なに触られることを拒否していた妻は、私の手を握り、呼吸を整えながら目を閉じる。やっとウェルカム人間関係と言う事か。

陣痛バリアが霧散するのに合わせ、私と妻の母の緊張も解け始め、じんわりと疲れが麻酔のように回ってくる。眠気も襲ってきた。

妻が落ち着いたのを見計らってから、私たちも仮眠をとることになった。戦いはまだこれから。

<つづく>
【2008/04/03 02:08】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
運転手は僕だ。
今日か、今晩か。それとも明日か。

3月中のプロジェクト終了を目標に、日々、説得と脅迫いや懐柔に努めた妻の努力は無駄に終わり、迎えた4月2日。

ここのところ、妻は奴の存在に悩まされ続けてきた。

奴は気まぐれ。急に顔を出したかと思うと、「いや、邪魔したね」と言って去り、待っているときに限って、遅れて来たり。妻の気持ちなど頓着しない。

本当に苛立たしい。次の予定くらい教えてくれも良いのに。

イライラした気持ちを眉間に閉じ込め、私の腕時計を机におき、奴が来る頻度をメモする妻。

日本では10分間隔になったらもうOKらしいのだが、アメリカでは5分らしい。

5分、5分、4分と続いて、いよいよか、と思うたびに次は10分後。まるで私たちをあざ笑うかのように不規則に奴はやって来て、去っていく。

日本から来てくれている妻の両親&姪もそわそわ。

妻の母親は、いつでも出て行けるよう腕にぶらさげた上着を置くことも忘れ、私は右手に握った車のキーがすっかり温まってることに気づく。

5分、5分、5分、5分、5分。

これか?これなのか?信じて良いのか?信じちゃうよ?

意を決して妻が電話。

先月参加していた講習で、先生が言っていた、

「電話したときに、向こうから『歩ける?』と聞かれて、『歩ける』って答えたら『じゃあもう少し待って』と言われるから気をつけて。なんだったら嘘でも『歩けない!』って言ってもいいから」

そんな冗談とも本気とも分からないインストラクションが脳裏に思い出される。

妻は電話に向かって奴が来る間隔を説明する。ええ。5分間なんです。1時間くらい続いているんです。

向こうの回答。

「ああそう。あなた喋れてるのね。じゃあ、もう少し待った方が良いわね」

しまった嵌められた。いやそういうつもりじゃないだろうが。

まだですかそうですか。意気消沈してベッドに飛び込む妻。

うううううっー。ぜえぜえはぁはは。ひぃ。

リビングで、まんじりともせず座っている私の耳に、遠く寝室から聞こえる妻の苦痛の声。まだですか。

更に1時間後。

5分間隔だったのが、3分間間隔に。これか。これなのか。今度こそ、そうなのか。

先程の教訓を活かし、っていうかもう電話をかけることすら出来ない妻に代わり、私が電話。

こんなときでも英語で電話するのは嫌い。

ハーイ、アイムヤムリンゴのハズバンド。イヤーイヤー彼女痛がってて、もう大変。今からそっちに行っていい?

「彼女は喋れるの?」

喋れないからミーが話してるアルヨ。もう行ってもいい?

担当から折り返すから、彼女と話してみて。オーケーオーケー。

数分後、私の携帯が鳴る。

「今、どれくらい?」

もう3分間隔だよ。彼女は起き上がれないよ。言い遅れたけど、私、ヤムリンゴの夫よ。もう行ってもいい?

オーケー。用意して待ってるからこっちに向かって。

時間を見ると、日付が予定日になる約15分前。なんて几帳面なんだウチのは。

妻の父、そして姪に見送られ、ここ数ヶ月、入念に練習していた通り、慎重に車を走らせる。

運転手は僕だ。妊婦は妻だ。そして4月3日は予定日だったのだ。

<つづく>
【2008/04/02 23:15】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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