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少しの鍵、沢山の錠前
まず、人はみな平等に、キーホルダーを一個持って生まれてくる。

そこにまず付けられる「鍵」は、「母親」というラベルのついたもの。

その鍵は、母親の持っている錠前の鍵穴にフィットするように出来ている。

それに少し遅れて、今度は「父親」という鍵が増える。

「母親」と「父親」の鍵は、形状は良く似てたり、はたまた似てなかったりするけれども、この二つの鍵が最も古く、そして使い込まれる運命にある。

精神分析や発達心理学で諸説あるものの、基本的にこの「母親」「父親」、それぞれの鍵を雛形にして、新たな鍵を増やしていく。

要するに、人は「他人」に出会うごとに、とりあえず持ってる鍵でめぼしいのを突っ込んでみて、開くかどうかを試してみる。

当然、開くときもあるし、開かないときもある。

開いたらラッキー。開かなければそれに近い(と自分が感じる)鍵を持ち出して、色々削ったりして新しい鍵を作ってみる。上述のごとく、その雛形は両親からスタート。

自我の発達とともに、「兄弟姉妹」「親戚」「友達」「先生」「知人」「親友」「恋人」「ライバル」「敵」

仕事を始めれば、「上司」「先輩」「同僚」「顧客」「後輩」、偉くなれば「部下」。

そのうちに多分「妻」や「夫」、「子供」その他いろいろ。

もちろん、続柄や社会的身分というものだけがラベルになるわけではない。

血液型や星座、動物占いを信奉する人や、MBTIといった手法なんかを駆使する人もいるだろうし、オリジナルの分類をする人もいるだろう。

個人によって、好きな鍵も色々。

出会う人に片っ端から同じ鍵を突っ込もうとする人もいれば、ついつい魔が差したりトラウマの声に耳を貸したりして、場違いな鍵ばかりを選んでしまう人もいる。

それぞれの鍵の形状は似てたり似てなかったり。微妙に良く似ている鍵同士もあって、混乱することも。

例えば、小学生が担任の先生を「お母さーん」などと呼びかけてしまうとき、その子の手には「先生」の鍵ではなくて、良く似てるけど本当は全然違う「母親」の鍵が握られている。

または、夫婦喧嘩のときに、夫の手をみると、「妻」とラベリングされてる鍵が、形としては「母親」の鍵と同じになってるとか、一方で妻の手に握られてる「夫」の鍵はどう見ても「甲斐性なし」の同じものじゃないか、というのも良くある風景。

一つの問題は、鍵の方は増えるにしたがって扱いが面倒になるということ。

年をとってから、純粋に新規の鍵を作るのはとても難しいし、苦労して作ったは良いが、誂えたばかりの合鍵が回しにくいのと同様、使い心地を良くする為には使い込まなければいけない。

大体、一度使うだけで、下手するともう一生使わないかもしれない鍵を、いちいちつくる人は少ない。

なので、人はある程度成長すると、新しい鍵を作るのをやめてしまうことが多い。

というのも、それなりに年数生きていれば、今までのストックで、大概の錠前を開くことができるようになる(もしくは、それで開いてると信じ込める)ということ。

すると、使わない鍵は、そのうちに錆びていき、いつしか存在すら忘れ去られたりする。

結果、本来は無限に存在する錠前に対して、良く言えば厳選された、悪く言えば限定された鍵だけになり、実際使ってるのは十数個、下手すると数個ということにもなるわけで。

合ってない鍵で無理矢理錠前を開けようとして起こる悲劇は、枚挙に暇が無い。

そして、もっとたちが悪いのは、自分が持ってる鍵を万能鍵か何かと勘違いすること。

そんな人は、使ってる鍵が合ってるんじゃなくて、力尽くで開けようとしていることに気づかない。それはもう、ある意味で暴力。

結果だけ見れば、開いてるからいいじゃん、と思うだろうが、錠前がこじあけられそうになると、人は大事なものを他のところに仕舞いこみ、新しい錠前ごと隠してしまう。

大事なのは、この錠前開かないと感じたときには、無理強いしたり、諦めたりする前に、自分が使ってる鍵を見直すという余裕。その傾向をつかめる内省力。

そして、人はみな、自分がぶら下げてる錠前の数を忘れて、他人には一個か二個しか錠前がないと考えがちということを知っておくこと。

願わくば、人生を重ねるにつれ、鍵が錆びたり、無くなったりしないよう気をつけつつ、ずっしりと重い鍵束を持ち続ける力を持つ人間になりたいもので。

それがどんなものかは、まだ良く分からないけれど。

ちなみに、アメリカに住んで3年目、英語を使うときの私の手のひらには、未だに、「私の英語を理解してくれる人」「そうでない人」という鍵くらいしかない。でもそれはまた別の話。

ではまた。
【2008/02/13 23:21】 | 無理矢理語ってみる | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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コメント
そうですね
何歳になっても鍵を少しずつ作り続けたいですね。
でもグランドマスターキーも欲しいです(^-^;)
【2008/02/14 08:05】 URL | cs-ito #-[ 編集] | page top↑
>cs-itoさん

このエントリ、実は書いたあとにちょっと後悔していたので、コメントを頂いて救われた気分です。えへ。
>でもグランドマスターキーも欲しいです(^-^;)
私も欲しいです。万能鍵。いっそ非接触式のICカードで。って何の喩えなんだか分かりませんが(笑)
【2008/02/16 01:19】 URL | twitetta #-[ 編集] | page top↑
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2008/02/16 14:27】 | #[ 編集] | page top↑
>鍵コメ様

コメント有難うございます。後悔ってのは、もう少し煮込んでから書いた方がよかったかな、ということで。
本来コミュニケーションというのは「共同正犯」なんですが、鍵と錠前だけじゃそこらへんのニュアンスが出ないようなぁとか、そこらへんを色々と。いやこの喩えもどうか。
「父親・母親・・・えー!」笑いました。保健体育の授業じゃないだから(笑)
【2008/02/18 13:58】 URL | twitetta #mQop/nM.[ 編集] | page top↑
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