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失敗が一杯
蔵書の整理はじわじわと進む。

ビジネス書などは、複数の本を平行して読む癖があるのだが、それをやってるといつの間にか脱落してしまう(というか、見つからなくなってしまう)本が存在する。

今回書棚から全ての本を出して分類しているのだが、その際に、遥か昔に読みかけてて、そのままになっていた本が再発見されることがたびたび。
買ったらきちんと読めよ>俺。

挙句、同じ本を単行本と文庫でそれぞれ買ってたりしたことに気づいた日には、目も当てられません。

今回サルベージされた本は、畑村洋太郎「決定版 失敗学の法則」。通勤時間に再挑戦してみた。2往復で読了。



失敗には「失敗」という『結果』と『要因』だけに目が行きそうだが、『要因』から『結果』の間にある『からくり』というものにも着眼しなければいけない、という主張には肯かされた。

日本の社会においては、『責任追及』が重視されるあまり、責任者(と思われる特定個人)が吊るし上げられると『原因追求』はおろそかになってしまう、という指摘も昨今の事故報道のありようを見てると納得させられる。大変面白かった。

ただし、著者の専門分野が機械工学であるので仕方ないことだと思うが、その分野の例えが多いのあたり、ちょっと汎用性に欠ける印象も。

あと途中、畑村氏との問答のようなもの(『実践的な失敗学のためのQ&A』)が入っているのだが、この中には「ん?これ入れる必要あるの?」というものもある。

「浮気は失敗学的にどうとらえれば良いのか」という質問に対して、「配偶者、浮気相手のどちらも傷つけないように最大限努力をすべき。そのためには経済力が必要なので、貧乏なら浮気は我慢。それでも万が一しちゃったらばれないように、またばれた時どうするかをしっかり仮想演習しておく」ってそれ単なるオヤジの人生相談では。

そんなことも思ったが、「なるほど!」という示唆に富んだ記述も多く、一読するのも宜しいかと。さくっと読めるし、いまなら文庫版も出てるのでお得。

そういえば私も以前の会社で「成功するPJよりも失敗するPJこそ大事なのでは?」と思い、事例研究の場を設けようと提案したことがあった。

その会社では(どの会社でもそうだろうが)沢山の失敗PJがあったものの、その反省が活かされることは皆無だった。

失敗PJの当事者は往々にして責任を取らされるか、オフィスの隅でひっそりと陰性植物のように生活することを余儀なくされ、関係者も「あれは○○の所為だったらしいぞ」 と、まるで自分がその場にいなかったかのような総括をしてバックレてることが多く、ほとんど裏歴史扱いになっていた。

私が類似の案件を担当したときに過去の事例として関係者に話を聞こうとしても、まるで昔村で起こった陰惨な事件を掘り返そうとする金田一耕助みたいな扱いを受けたものだった。

   老婆は重い口を開いた。

    「そっだら忌まわしいことは、忘れるがええ。誰も幸せになりゃせんぞい」

そんな感じで。どこの方言だよ。

んで、結局私の提案した失敗事例研究はあっさり却下をくらったものの、その時にこの本を読んでれば、もう少し説得力を持って上司に提案できたかもしれない。残念。

今考えてみるに、当時その事例研究プロジェクトに(私が勝手に)付けてたタイトルが悪かったのかも知れませんがね。

「プロジェクト×(ペケ)」って言うんですが。

ちょうどプロジェクトXが流行り始めてたもので。多分おんなじ駄洒落考えた人が数万人単位でいそうだけど。

客「じゃあこっから先は、双方の弁護士が話を進めるということで。取りあえず出入り禁止でヨロシク」

♪風の中のすばる~

やっぱ駄目か。
【2005/06/22 12:22】 | 読書関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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