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娘の単語帳を公開します(2)
最近、娘の話を書いていなかったので。

ブログには書いてませんが、こないだ2歳になりました。あっと言うまですねぇ。

こちらの誕生パーティーなんかでは、かなり大々的にやる家も多く、庭にちょっとした遊園地・・・までは言いすぎか、でも様々な遊具をレンタルしたり、ピエロを呼んだり、ケータリングサービスや、プロのカメラマンを呼んだりする人もいます。

我が家の場合はというと、昨年は家族三人でちんまりと。今年はその日、たまたま会う予定だったお友達家族を招待して、これまたちんまりと娘の2歳を祝いました。

2nd birthday


もう少し娘が「誕生日パーティー」というものを認識できるようになったら、力を入れて準備することにしようそうしよう。

娘の2歳時検診も無事に終わり、健康面は特に問題は無いようです。よかったよかった。

相変わらず他の子供と比べると、ちょっと言葉が遅いのが気になってましたが、今のところは心配するほどのことも無さそうです。

先生曰く、大体2歳で40語くらい喋れれば良いらしいとのこと。

と言う訳で、娘の現時点におけるボキャブラリーを書き出してみました。

いや、これ読んで誰が得するってわけじゃないけど、親の記録として。




日本語

アンパンマン(以前は「アンパン」だったが、最近ようやく「マン」が付くようになった)
バイキンマン(以前は「ジャジャン」と呼んでいた。)
キンちゃんマン(ドキンちゃんのこと。以前は「キンちゃん」だったが、最近「キンちゃんマン」になった)
みーまんまん(食パンマンのこと。何故この発音になるか不明)
ぴーぱんぱん(カレーパンマンのこと。何故この発音(以下略))
めろめろめろ(メロンパンナのこと。以下略)
ぱーん(クリームパンダのこと。)
ちーず(めいけんチーズこと)
じゃむ(ジャムおじさんは敬称略の模様)
ばたー(バタ子さん。呼び捨てよりヒドイ)
みんみー(ミッキーマウスのこと)
ぷーちゃん(くまのプーのこと。そうあれです。全裸に赤いチョッキ着た熊)
キティー(キティーのこと。林檎三個分の重さらしいですね)

あった
いた
いない/いないねぇ
飲む
食べる
おいしー
見て
おいでー
こわい
しゅごーい(凄い、素晴らしいの意)
やったー
おきて/ちょっと、おきて(大抵の場合、相手の髪の毛を掴みながら言う)
だっちょ(抱きあげてください、の意)
乗んの(乗ります)
置いといて
持ってて
アチアチ(熱いの意。熱くなくても言う)

・名詞/代名詞
おちょーちゃん(父親のこと)
おちゃーちゃん(母親のこと)
これ
じいちゃん
ばあちゃん
ちゃーちゃん(伯母を指す)
その他、イトコの名前いくつか
りーすちゃーん(近所に棲息する栗鼠を呼ぶとき)
帽子

<英語部門>

アルファベットAからZまで(これを単語と考えるのは間違ってるか)
数字は1から10まで。

ドーラ(Dora the Explorerの主人公)
バックパック(上記作品の登場アイテム)
スワイパー(上記作品の登場キャラ)
ブーチュ(ブーツのこと。上記作品の猿)
ティコ(同上)
ジョージ(Curious Georgeの主人公。あれです。おさるのジョージ)

その他セサミストリートの主要キャラクターほとんど。あと機関車トーマスからもいくつか。

ダディ(Daddy, not Hiromi GO but 私のこと)
マミィ(Mommy)
マイ マミィ(My mommy 何故かMy daddyとは言わない。人生は不公平だ。)
ハロー(Hello)
バーイ(Bye)
ノー!(No!)
プリーズ/もっとプリーズ(Please/ motto please)
ナイナイ(Night night お休みの意)
シュー(Shoe)
マイン(Mine!)
エアプレーン(Air plane)
ター(Car)
ダッキ(Ducky)
ホーシィ(Horse)
ピギー(Piggy)
ミルク(Milk ただし我が家では豆乳を指す)
ウォーター(Water)
ジューチュ(Juice ただし我が家では水を指すことも多い)

その他動物の名前10個くらい、食べ物10個くらい。

あとクラスの友達+先生の名前15名分。(これも単語と数えるべきかどうか)

・二語分らしきもの(多分本人に自覚は無い)

チェンキュー(Thank you)
チーユー(See you)
ノータッチン!(No touching!)
アイシーユー!(I see you!)
スワイパー、ノースワイピン (Swiper, No swiping!)
ハッピーチューチュー(Happy birthday to you!)
シットタキ!(Sit down, kids!のことだと思われる。が、親にも言う)




多分抜けがあると思いますが、今のところ思いつくのこんな感じです。

こう見てみると、日本語と英語でそれなりにバランスをとって増えてるような気もするし、そうでもないような気もします。

あと、以前何かで読んだんですが、子供が学ぶ単語の傾向としては、日本語では動詞が増えやすく、英語では名詞が増えやすいそうなんですが、これも娘の単語帳からはちょっと読み取れません。

とにかく、大体これらが、生まれて24ヶ月になる娘の世界を作ってる言葉ということで。

ではまた。
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【2010/04/19 02:02】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
アウトソーシング!または、クラっとかする世界
2週間ほど前の話。

その日は妻が車を運転する日でした。

娘をデイケアからピックアップし、そのまま私のオフィスまで迎えに来た妻の車に乗り込みます。

「おつかれさまでした」

「おつかれさまでした」

いつもだったら、私がシートベルトを締める間もなく、車を発進させる妻ですが、その日は違いました。

「ちょっと、電話かけても良い?なんかCから変なテキストが来てるんだよね」

Cというのは、妻の前の部署の同僚。最初は色々とぶつかったようですが、今では結構仲が良いみたいです。

・・・とここでふと思ったんですが、妻のこれまでの仕事仲間の顔を脳裏に浮かべてみると、共通する傾向がありました。

それは、最初はすごく衝突して、さんざんっぱら喧嘩した相手ほど、その後仲が良くなるということ。

言うなれば川原で殴りあいをした番長同士がダブルノックダウン、

「へへへ。お前ぇもやるじゃねえか」

「そういうお前もな」

てなプロセスを踏みがちみたいです。面倒くせえ。

なので、もし妻と将来仕事をする方がいたら、前もってアドバイスしておきますが、最初はなるべくガチンコで喧嘩をした方が良いと思います。私は遠慮しますが。

話がそれました。

「で、Cがなんだって?」と私が聞きます。

「自分の携帯が壊れたみたいだから、すぐにこの番号にかけてくれって」

「なんか急ぎみたいだから、ちょっとかけてみる」

携帯を耳にあて、しばし黙り込む妻。携帯越しに小さくモニョモニョ言ってる声が聞こえはじめます。

「・・・え?え?なにこれ?」

日本語で呟くと、すぐに妻は電話を切りました。どうしたの。

「なんかインド人みたいな声の録音音声が聞こえてきた。ヤバそうだから、慌てて切っちゃった」

「なんて言ってたの?」

「え。驚いたから全然聞いてないよ。ひょっとしたら、Cの携帯ってハッキングとかされちゃったのかな?そんなことってあるの?」

「ちょっと聞かせてみて」

私は妻から携帯を受け取ると、耳に神経を集中させて、リダイアルをプチ。

ペペポペペパパパピ。

飛び込んできたのは、冗談みたいに訛りの強い、インド人の陽気な声。(以下は大意)


「ハーイ!電話アリガトー!アナタの素敵なお友達がこの電話番号をアナタに渡した理由は、お友達がアナタとの友情をインドにアウトソースしたからデス!」

「今後、ワタシが彼または彼女の、アナタとの友情に関わる義務や要求の代行を行いマス!」

「ワターシの名前は、パーカッシュ・ブン・パーラン・チュン・パララ・チリリ・パララ・チンパー・パンカーラと言いマスガ、私のことはBFFと読んで下サイネ!そう、ベスト・フレンド・フォーエヴァー!ってわけデス!久しぶりー!元気だったデスカ?」」

「ドウカびっくりしないで下サイ、お友達があなたとの友情をインドにアウトソースしただけデスからネー!」

「言っときますが、アナタの友人は別にアナタが嫌いになったわけでも、アナタからの電話にうんざりしたわけではないのデス!ただ、忙しいだけナンだと思うヨ!」

「だから、今後はお友達には電話しないでクダサイねー!」

「だって、これからはワタシがアナタにとっての公式な代理友人ナンデスヨ。ヨロシクネ!」

「話せてよかったデス!また電話してくれるコトを楽しみにしていマース!」

ここで気づいた。

今日はエイプリル・フール。

ではまた。
【2010/04/14 00:40】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
(多分)どこよりも詳しいR.D.ウィングフィールドについて
※追記しました。(4月14日)

というわけで、前回の予告から随分と日が経ってしまいましたが、今日はフロスト警部シリーズの作者、R.D.ウィングフィールドについて書こうと思います。

先に書いておきますが、今回のエントリの内容についてはほとんどの情報をイギリスのミステリー作家、マイク・リプリーMike Ripley氏がイギリスミステリー専門ウェブマガジンShotsに書いた、

Appreciation of Rodney Wingfield (and Jack Frost)


から得ています。そのまま訳したものもあれば、リプリー氏とのやり取りで得た情報を元に私が追記したり、色々と構成を変えたり、割愛したりもしてます。

今回リプリー氏から記事の引用および氏所有の写真の使用の許可は頂きましたが、内容にミスや誤訳がありましたら、それらは100%私の責任です。いつでも土下座する準備は出来てます。

あと写真については特に注意書きの無いものはネットから拾ってきたものです。問題があればご指摘下さい。(一応フェアユース!と叫んでおく)

あと文中、敬称は略です。

というわけで以下本文。今回は長い!




いまやイギリス、日本は言うまでもなく、世界中で読まれているフロスト警部シリーズですが、その作者、R.D.ウィングフィールドについてはほとんど知られていません。

その生涯において、ミステリー作家の集まるパーティに一度も顔を出すことがなく、国民的大ヒットドラマの原作者であるにも関わらずショウビジネス業界を嫌い、自身のエージェントとのコンタクトすらほとんどファックスで済ませていたというウィングフィールド。

その人となりについては、エージェントですらほとんど知らないままだったそうです。エセックスのベイジルドンで、病気の妻の看病をしながら地味ながら平穏な生活を送っていたと言われています。

特にそのカメラ嫌いは有名で、ごくごく若い頃の写真が一枚あるだけ。イタリアの出版社に至っては、著者近影が手に入らないものだから、ラジオでフロスト役を演じた喜劇俳優ケネス・ウィリアムズ(Kenneth Williams)の写真を使ったくらいです。

若い頃のウィングフィールド
1950年代のウィングフィールド。(提供:Mike Ripley)

イタリア語版著者近影
イタリア版フロストの著者近影、ならぬケネス・ウィリアムズ。

気のせいか「なぜ俺がこんなところに載せられているんだ」みたいな表情にも見えます。

無理矢理譬えるならば、東野圭吾の写真が見つからないからって、福山雅治の顔を著者近影に載せるようなもんでしょうかね。全然違うだろそれ、みたいな。

そんなウィングフィールドを直接知る、数少ないミステリー作家の友人がマイク・リプリーです。数少ない、というかどうも唯一の、だったようですが。

マイク・リプリー、イギリスのミステリーにちょっと詳しい方だったら、名前を聞いたことがあるかもしれません。” Just Another Angel”(邦題:名ばかりの天使)や”Angel Touch”(邦題:天使の火遊び) と言う「エンジェルシリーズ」が有名です。

マイクリプリー作品

残念ながら日本では翻訳が止まっているようですが、イギリスではシリーズだけでこれまでに15冊出版されており、様々な賞も受賞しています。そのユーモア溢れる作風、優れたプロット、洒落た台詞回し、魅力的なキャラクター造形には定評があり、「イギリスで最も面白いミステリー作家」と言われたこともあります。そこらへん、ちょっとばかりフロスト警部シリーズに似ているかもしれません。

マイク・リプリーはミステリー作家であると同時に、ミステリー評論家でもあり、ミステリー関連のエッセイを書いたり、アンソロジーを編集したりしているのですが、ウィングフィールドと直接知り合うのは一冊のアンソロジーがきっかけでした。

と、その前に、フロスト警部シリーズが生まれるまでの話をする必要があります。

・フロスト警部が誕生するまで

ロドニー・デイヴィッド・ウィングフィールド(Rodney David Wingfield)は1928年、ロンドンのイースエンドで生まれ、60年代終わりまでフィナ石油会社で事務員として勤務しつつ、仕事以外の時間を全て使って1・2幕物の短編を書いていました。

1968年に"Compensating Error"がBBCのラジオ部門によって買い取とられ、すぐに続く2作の契約が結ばれたこと、また、当時何十万人もの人が聞いていたラジオドラマ市場において、それらの作品が高い評価を受けたことに自信を持ち、ウィングフィールドは会社を辞めラジオドラマ作家に専念することになります。

以来約20年間もの間、ウィングフィールドは優れたプロットとどんでん返しの結末で知られる彼の作品をBBCに提供し続けました。

ちなみにウィングフィールドはこれまでに一作だけケネス・ウィリアムズ向けに純粋なコメディを書いたこともあるそうです。(本人曰く、「一度でこりごり」だったとのこと。)

主に登場するのは小悪党ばかりで、複数のプロットラインが組み合わされているという、後のフロスト警部シリーズに共通する要素は、当時の作品からの特徴だったらしく、ウィングフィールドの才能に注目したMacmillianという出版社の編集者、George Hardingeは1972年、ウィングフィールドに50ポンドの返済不要の前払い金とともにミステリー小説の依頼をしました。

「返済不要」という言葉に惹かれ、ウィングフィールドはうだるような暑さの夏を費やして作品を書き上げます。それが"Frost at Christmas"(邦題:クリスマスのフロスト)でした。って、あの作品は夏に書かれたんですねぇ。意外です。

ところがところが、驚くべきことに、この作品はMacmillanによってボツをくらいます。おやまあ。

自らが生み出したジャック・フロストというキャラクターを捨てるのに忍びなかったウィングフィールドは、ボツになった小説を当時の本業であるラジオドラマへと転用します。

作品のタイトルは"Three days of Frost"でした。これがフロスト警部のデビューとなります。

当初、フロスト役はRonnie Bakerが演じる予定でしたが、都合によりLeslie Sandが演じることになりました。ウィングフィールドにとって、このLeslie Sands演じるフロストこそが生涯、彼のお気に入りだったそうです。

ちなみにLeslie Sandsはこんな顔

Leslie Sands

・・・あれ?なんか日本語版のカバーイラストに似てませんか?

日本語版 クリスマスのフロスト

余談ですが、実は今を去ること10年以上前、私が初めて原作を読んでいたとき、作中描写されているフロストと、カバーイラストの乖離が気になってました。

作中ではフロストはこんな描かれ方をしています。

年齢は四十代後半といったところ。農夫のように日灼けした顔、寒さに紅潮した頬にはそばかすが散っている。活力に溢れたブルーの眼、生え際がすっかり後退し、頭皮のそばかすまで見て取れる。周囲にかろうじて残っている、薄茶色をした産毛のような髪。(創元推理文庫「クリスマスのフロスト」66p 芹澤恵訳)

全然イラストと違う。

個人的にはイラストのフロスト警部のイメージが非常に強かった(そして良かった)ので、のちに漫画家のいしいひさいち氏が書いた四コマ漫画に出てくるフロスト警部の方が原作の描写通りなのに、そっちに違和感すら感じたものです。

ひょっとして、創元推理文庫版のカバーイラストた村上かつみさんはLeslie Sandsを参考にしたんではないでしょうか・・・というのが私の推理。うがちすぎでしょうか。

<追記>
なんとこの件について、村上かつみさんご本人からコメントを頂きました。村上さんはLeslie Sandsをご存知だったわけではなく、日本語版フロスト警部のイラストとLeslie Sandsが似ているというのは偶然だったそうです。おお何たる恥さらしな私。でも何とも素敵な偶然ですね。村上さんありがとうございました。



話を戻します。

自らを常に「筆不精の作家」と呼び、「長編小説を書くことに心底うんざりすることもある」と言っていたウィングフィールドでしたが、ラジオドラマとなった”Three days of Frost”が受けた高い評価に励まされ、没になったオリジナルを書き直し、とうとうフロスト警部シリーズ第一作"Frost at Christmas"(邦題:クリスマスのフロスト)を出版することに成功します。最初の原稿からなんと12年の歳月が流れていました。

しかし、いまとなれば本当に不思議ですが、最初の出版はイギリスではなくカナダでした。本国イギリスで出版されるのには更に5年かかったとのこと。

しかも、"Frost at Christmas"がイギリスで出版されたとき、極々一部のメディアと評論家のみが注目しただけでした。

火がついたのは二作目の"A Touch of Frost"(邦題:フロスト日和)が発表されたときだったそうです。

第一作から年間ミステリベスト1位に選んだ日本の読者というのは、なんというか目が肥えてるというか、ちょっとくらい威張っても良いのかもしれません。

・ドラマ版 フロスト警部"A Touch of Frost"が出来るまで

1990年代のイギリスのTV業界においては、刑事物ドラマが流行していました。他のミステリと同様、フロスト警部もあっという間にドラマ化の権利が買われていました。しかしその実現については疑問視する人も多かったようです。

マイク・リプリーもその一人でした。

リプリーは1989年にカナダ帰りの友人から"Frost at Christmas"を紹介され、ウィングフィールドの才能をその初期から高く評価していた数少ない評論家でした。

そのリプリーからしても、ウィングフィールドの描く、暗く、血なまぐさい事件が同時進行で起きるプロットライン、果てしなく下品で趣味の悪いブラックユーモアを連発するフロスト警部というキャラクター、これをテレビで放映する度胸のあるプロデューサーはいないだろう、と思ってたそうです。

上記のことをウィングフィールドのエージェントに言ったリプリー氏は、第三作"Night Frost"(邦題:夜のフロスト)が発売される直前に、そのエージェントからこんな話を聞かされます。

「ディヴィッド・ジェイソンならいける」

1992年、イギリスのテレビ業界には文句の付けようのない大スターが2人いました。一人はモース警部を演じたジョン・ソー(John Thaw)。もう一人がコメディドラマで名を挙げていたディビッド・ジェイソン(David Jason)で、人気絶頂の彼は、演じたい役があれば何でも演じることが出来る立場にあり、次回作に刑事ドラマを考えていました。

伝わってる話によれば、休暇でスキューバダイビングに出かけたディヴィッド・ジェイソンは3冊のミステリーを持って行ったそうです。その三冊のタイトルには諸説あり、一冊はリプリーのエンジェルシリーズだったのではないかとも言われてます(リプリー自身は信じてないそうですが)。そしてその三冊の中のひとつのタイトルが彼の興味を惹きました。それが"Touch of Frost"(邦題:フロスト日和)だったわけです。

そしてその後、ご存知のようにフロスト警部はイギリス中に大人気となります。

・ドラマ版に関するウィングフィールドの意見

ドラマ版フロスト警部について、作者のウィングフィールドは随分と不満を述べていたようです。いまちょっとググってみたところ、こんな文章を見つけました。

>同年から『フロスト警部』TVシリーズが放送されることになったが、自分の小説と微妙な点で異なること、影響を受けることを避けて、まだ観たことはないという。
http://www.alcine-terran.com/main/frost.html

wikipediaも同じこと書いてますね。ひょっとしたら翻訳版の訳者解説か何かにあった文章でしょうか。

ドラマ版にも大勢のファンがいる手前、こういう書き方になったのかもしれませんが、実際にリプリーがウィングフィールドから聞いたの発言は以下のようなものです。

「決してフロスト役のディヴィッド・ジェイソンに含むところがあるわけじゃない。ただ彼は私のフロストじゃないんだ」
“I have nothing against David Jason as Frost at all, he just isn’t my frost”

一説には、ウィングフィールドはドラマ版フロストのパイロットエピソードの脚本に酷く批判的だったそうで、1992年の12月にパイロット版が放送された後、もう二度と他のエピソードを見ることはないと宣言し、実際に2006年に放映された、TV番組に登場する名探偵を特集する番組への出演も断ったくらいです。

その後も新シリーズの放映が始まってることはTVアワードを見て知るくらいで、ディヴィッド・ジェイソンがまだヒゲを生やしてるかどうか、くらいにしか興味が無かったとのこと。

本人は不満だったようですが、とにかくテレビ版のフロスト警部人気のおかげで、フロストシリーズの続行が決まりました。ウィングフィールドは1988年に放送された"Hate Mail"を最後に、ラジオドラマの脚本を書くのを止め、嫌々ながらも小説に専念することになり、結果的に長編小説6冊と後述する短編を残すことになりました。

ここでようやく、マイク・リプリーがウィングフィールドと知り合います。

・ウィングフィールドとリプリー

マイク・リプリーがウィングフィールドと出会うきっかけになったのは、一冊のアンソロジーでした。リプリーはもう一人の作家とともに、イギリスの「気骨のある」新人ミステリー作家の短編を集めた"Fresh Blood"というアンソロジーシリーズを編集していました。そのほとんどは若い書き手で占められていました。

リプリーはウィングフィールドをこのアンソロジーに加えたらどうかと提案します。

その時点で、ウィングフィールドが出版していた本は三冊だけだったので、新人と言えないこともないっというのが根拠だったそうです。

その申し出に驚いたのはウィングフィールドでした。なんせ当時もう68歳。脚本家としては30年近くのキャリアを誇る大ベテランです。

ウィングフィールドのFAX番号を出版社から手に入れて、彼にオファーをしてみたところ、彼の最初の返答はこういうものでした。

「新鮮な血(Fresh Blood)?私が?誰かと間違えてるんじゃない?」

当時、アメリカの出版社から続編(後の"Hard Frost"(邦題:フロスト気質))の執筆をせっつかれていることを理由に、なんとか依頼を断ろうとするウィングフィールド。リプリーはFAXのやりとりを続けて説得に成功します。

そして出来上がったのが、フロスト警部シリーズの最初の短編"Just the FAX"(邦題:ファックスにて失礼)です。

ちなみにこの作品、全部で6行という非常に短いストーリーなのですが、事件の被害者はとあるミステリー評論家。

名前はリプリー。

・・・原稿の依頼人を殺してしまうあたり、なんというかウィングフィールドは当初本当に書くのが嫌だったのが良く分かります。っていうか、ひどい。←誉めてます。

この仕事をきっかけに、ウィングフィールドとリプリーの交流は主にFAXと電話で続いていき、友人としての付き合いが始まります。

一年後、日本の出版社(多分、ハヤカワミステリ)がウィングフィールドに"Just the Fax"の翻訳権を買いたいという申し出があったときにも、ウィングフィールドはリプリーに相談しています。

そして日本の出版社からの$200で買いたいというオファーに対して、リプリーは$300にしてもらえとアドバイスをしたそうで。

後日、その額で決まった時、ウィングフィールドはその半分をリプリーに渡すと聞かなかったそうです。なんだか良い話。

二人のエピソードは続きます。

この作品の映画化権はどうしようか、という話になったときのこと。

ウィングフィールドは映画化については明確な意見があったようで。こんなやりとりがありました。

「キャスティングは問題ない。アーノルド・シュワルツェネッガーが喜んで演じると思う。ただベラ・ルゴシが死んじゃってるからねえ。君の役を演じられる人がいない」

「ベラ・ルゴシが死んでる?なんでそんなことが言い切れる?」

一応説明しておきますが、ベラ・ルゴシはドラキュラ役で有名な俳優。ちなみにリプリーとは似ても似つきません。

“Hard Frost”(邦題:フロスト気質)を最後の小説として、自分の慣れ親しんだラジオドラマの業界に戻ろうとしていたウィングフィールドですが、世界中の人気に押される形で5冊目のフロストを執筆します。それが1999年のWinter Frost(未訳)。

このころ、リプリーは最初にウィングフィールドを知るきっかけとなったカナダ版ペーパーバックの"Frost at Chirstmas"を失くされてしまった話をしたところ、彼からサイン付きでイギリス版の初版ハードカバーをプレゼントされたそうです。

その時の彼曰く「ソファーの裏に落ちてたのを見つけた」とのこと。現在では£2,000の値がついてるそうです。

冒頭で書きましたが、ウィングフィールドは長年病気の奥さんの看病をしていたのだそうですが、奥さんが亡くなったのが2004年。

リプリーによれば、当時のウィングフィールドの受けたショックは凄まじく、もう立ち直れないのではないかと心配したくらいそうです。

その後、とある新聞にウィングフィールドが書いてもいないフロスト警部の短編(のちにテレビ版の脚本家の手によるものと判明)が掲載されたことによる大騒動などもありつつ、リプリーとウィングフィールドの友人関係は続いていきました。

時代とともに、FAX中毒からEmail中毒へと乗り換えていたウィングフィールドは、定期的に面白いと思った“今週のジョーク”や漫画、とんでもないインターネットリンクなどをリプリー送ってきたそうです。(大体どんな内容だかは想像がつきそうですが)

またウィングフィールドは、リプリーがウェブマガジンに連載している、イギリスミステリに関するゴシップエッセイ"Getting Away with Murder"の愛読者でもあったそうで、ちょくちょく洒落の聞いた感想なんかも送ってきてくれたとのこと。

ちなみに、これら大量のFax、Emailは今でもリプリーの手元で大事に保管されてるそうです。

リプリーが最後にウィングフィールドに会ったのは2005年。ウィングフィールドの誘いにより、ベイジルドンで昼食を一緒にした時だそうです。以下はその時の写真。

リプリーとウィングフィールド

向かって右側がマイクリプリー、左がウィングフィールドです。(提供:Mike Ripley)

既に75歳だったウィングフィールドは、体は弱っていたように見えたそうですが、精力とユーモアには満ち溢れており、リプリーに新作の準備をしていることを明かしました。そのタイトルは”An Autumn Frost” のちに”A Killing Frost”(未訳)という名前で発表されました。これが遺作となりました。

ここでまた余談ですが、”A Killing Frost”の中でフロストが見せるちょっと衝撃的なシーンがあるのですが、これはひょっとしたら2004年に奥さんを看取ったことが影響しているのかも知れない、と今回リプリーの文章を読んでいて気づきました。亡き妻への追憶というか、言葉にならない切ない想いが描かれているシーンで、私にとって、本作の一番印象に残った場面となっています。

ここらへん、どなたか他に読了された方がいたら、是非話してみたいです。

ちなみに、最後に会った時、リプリーはウィングフィールドが7年にも亘る闘病生活を送っていたということは知らなかったそうです。

そしてウィングフィールドは2007年7月31日、前立腺癌で78歳の生涯を終えます。

リプリーとウィングフィールドのメールのやりとりは死の1ヶ月前まで続いていました。

ミステリー作家として唯一葬儀に参列したリプリーによれば、ウィングフィールドのユーモアのセンスは最後の最後、葬儀の場でも発揮されたそうです。

彼の葬式のとき、式を執り行う司祭が参列者に伝えたところによると、彼は自分の携帯電話も一緒に埋めてくれるよう念を押していたとのこと。

曰く、「万が一のミスってこともあるから」

そして、このメッセージを伝えた途端、狙ったかのようなタイミングで、なんと携帯電話が鳴り出し、教会にいた全員が仰天したそうです。

結局、その携帯電話のベルはその司祭が自分の携帯電話の電源を切り忘れていたということですが。

参列者が教会を去るときには、故人のもう一つの要望として、フランク・シナトラの”マイウェイ”が流されました。

リプリーはどこかでウィングフィールドがクスクス笑ってるに違いないと思ったそうです。





と言う訳で、長々と書いてきましたが、如何だったでしょうか。

・・・正直なところ、リプリー氏の書いた原文のニュアンスというか、良い部分の1%も表現できてる気がしない上、いくつかエピソードも省いてしまってるので、興味のある方は是非原文にあたって頂ければと幸いです。いや本当に駄文でごめんなさい。

そして、もし私の文章に誤訳や勘違い、事実誤認、知識不足による嘘があるようでしたら、ご指摘頂ければ泣いて感謝します。

それでは。



関連エントリ

フロスト警部シリーズ「最新作」について
・フロスト警部シリーズの今後について、驚きのニュースを小耳に挟んだ。
・フロスト警部、シリーズ終了の危機?
・R.D.ウィングフィールド氏が亡くなりました。
【2010/04/05 01:02】 | 読書関連 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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