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豚インフルエンザ、改めH1N1A型インフルエンザ
このブログは生存報告も兼ねているので、一応書いておこう。

最近、日本にいる家族や友人との間で話題になる豚インフルエンザ。

メキシコはシアトルから遠いから大丈夫じゃない?

なんて呑気なことを言ってましたが、ローカルニュースによれば、今日までにシアトルを含むワシントン州において6件の疑わしい症例されているそうです。あらまぁ。

,※追記 本日9:00 p.m.の段階で13人にまで増えました

これらが本当に豚インフルエンザか、という検査にはあと数日かかるそうですが、まず間違いなだろうとのこと。

ただし、どの症例も比較的軽く、生命に危険があるようなものではないようです。

安心して良いのやら、悪いのやら。

一応、専門家によれば

「ワシントン州で豚インフルエンザに罹る可能性は低く、またそれが生命に関わるような重篤なものになる可能性は極めて低い」

とのことなので、我が家も赤子がいるからと無駄にパニックになったりせず、冷静に予防に努めたいと思います。

ちなみに、昨晩ラジオで聞きましたが、この豚インフルエンザ、英語ではSwine flue(swine=豚)というのですが、風評被害を避けるために、H1N1 Influenza Type Aと呼ぶことにしようとWHOが言ってるそうですね。

日本で狂牛病をBSEと言い換えてるの(注1)と同じなんでしょうが、いまさら言ったところで一度「豚インフルエンザ」という名前で有名になったものを、後から変えようったって無理があるのではないでしょうか。

それよりも「豚インフルエンザは豚肉食べても伝染らない」と言った知識を正確に伝える努力をした方がいいと思うんですが。そういうもんではないんですかね。そんなに僕ら一般大衆は馬鹿かと。

でも、もし彼らの推測どおり僕らがそんなに馬鹿だとすれば、それこそH1N1 Influenza Type Aなんて長い名前を覚えることが出来ないと思いますがね。

かえって「豚フル」と言った略称が流布するだけじゃないでしょうか。

そんなことを言っていても仕方が無いので、WHOの薦めに従い、私もこれからは豚インフルエンザという言葉は軽々しく使わず、嫌いな人間がインフルエンザに罹って、そいつが太ってる場合にのみ、

「この豚インフルエンザめ!」

と思うことにしようと思います。


まずは自分がそう呼ばれないようにしないと。


ではまた。

※1 アメリカのニュースでもBSEと言ってますが、大概その後に「いわゆる狂牛病(Mad Cow Disease)として知られる」とか補足されてます。
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【2009/04/30 12:14】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
「おあぁーじゃー!」
ケメ(←娘の仮名。あんまり使わないから忘れてますね。)も、まもなく1歳と1ヶ月。速い。速すぎる。

ってこればっかり言ってますが、本当にそうなんだから仕方がありません。

こないだまでハイハイで爆走していたのが、最近は少しずつ歩き始めました。

歩くというとまだ語弊があるのかな。あくまで親の助けが必要ですが、両手を持てばスタスタと、片手を持てばヨタヨタと、そりゃあもう満面の笑みで歩いていきます。たまにその場でスクワットとかしたり。

これだけ二本足で移動できれば、もう一人で歩けるものだろうと思ったりもしますが、なかなか完全独立歩行は難しいらしく、いまだ伝い歩きを続けています。

娘よりも年下(って言っても数ヶ月ですが)の男の子が既に二本足でズンズン歩き、頭や顔を傷だらけにしているのを見ると、成長のスピードの違い、生まれもった性格の違いなのが分かって面白いです。

さて、身体能力の成長も気になるところですが、最近では言語能力の発達も気になります。

いまだ言葉らしい言葉を発してない娘。最初に喋る言葉は何になるのだろうか。

私達両親からは基本的に日本語、デイケアでは英語の環境・・・のはずですが、先生はブルガリア出身の人が多いので、ブルガリア語も多少は浴びてるはず。

やっぱり日本語か。でも英語かも。よく分かりません。ブルガリア語?喋ったとしても認識できません。

ただ、最近あんぱんマンを見かけると、決まって

「あんふぁんふぁんあん」

「まんふぁんあんあん」

らしき呟きを漏らしているような気がします。

妻はこれを「『あんぱんマン』って言ってる!間違いないよ!」

と言ってるんですが、本当のところは良く分かりません。

「本当だ!」と思う一方で、なーんか音が多い気もするんですよね。

「あんぱんマン」を正しい発音とすれば、娘が言ってるのは「あんぱんマンマン」というか、「あんあんぱんぱん」というか、そんな感じに聞こえます。

もしかしたら「安貞桓(アン・ジョンファン)ファン」とか言っている可能性もあるわけで。

この見解が親の欲目かどうかは、将来もう少し大きくなったら娘に直接聞いてみようと思います。

「お前どこでサッカー観てたの?」とか、そんな感じで。「簡単!ワンタン!」てのも捨てがたいかな。

この「あんふぁんふぁんあん」とは別に、一つだけ以前からよく叫んでいる言葉があるんですが、それがタイトルにも書いた、

「おあぁーじゃー!」

というもの。

意味が分かりません。

玩具を振り回しながら、

「おあぁーじゃー!」

ハイハイしながら後ろを振り向き、

「おあぁーじゃー!」

何かの呼びかけのようでもあり、感情がほとばしった叫び声のようでもあり。

妻によると、これはもう間違いなく、

「おかーさーん!」

が訛ったものだと言っています。

まぁね、私の耳で聞いても、最初の「オ」は間違いないし、そのあと「ア」の音がが引き伸ばされてるのも確か。

だからこの時点で、「おとーさーん!」という線も無い。大変残念ですが。

ただねえ。「ジャー!」が「さーん!」かというのは、ちょっと牽強付会というか、母親の願望が入りすぎじゃないかと。

大体、最初に喋ったのが「おかーさーん!」てのが引っかかります。

確かに、大変な思いをして出産して、延々と授乳をしたり風呂に入れたり、寝付かせてきた妻に対して、娘が親愛の情を持つのは当たり前かもしれません。

どうも私より母親に懐いてるような感じもするし。

それでもなお、自分で言うのもなんですが、父親としてこれだけ子育てに参加した挙句、最初に喋った言葉がぶっちぎりで母親向け、ってのはアンフェアな気がしてしまいます。

父親としての願望はさておき、個人的には、あの叫び声私にはこう聞こえるんですが、どうでしょうか。

「おFather!」


ではまた。
【2009/04/29 23:43】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アメリカ人と靴
plz take off your shoes


今回も靴ネタ。

大学院に通っているとき、チームプロジェクトの打ち合わせでクラスメイトの家に行く機会が度々ありました。

靴を履いてそのままどうぞ、という家もあれば、玄関先に靴が並べてあり、入る人も靴を脱ぐべきなんだろうなと思わせる家もあり。

でも基本的に「靴、どうすれば良いかな?」と尋ねるのは変わらない。

ところが、たまに、「え?」と思わされる返答をされることがあります。

というのは、「どっちでも居心地が良い方で良いよ」という返答があるので。

いや日本人だからね、そりゃ脱ぐさ!ってんで元気良く靴下になったものの、盲点だったのは、後から来る人の中には「靴を履いてるほうが楽チン」という人もいたわけで。

ある時なんかは、気が付けばそこの家の人+私だけ靴下、残りは全員靴を履きっぱという、当初の思惑とは別に、大変居心地が悪い状況になったこともありました。

私の限られた経験で言えば、最近ではアメリカ人でも家で靴を脱ぐという人が増えている印象を受けます。

が、その一方で、屋内で靴を脱ぐということにどうしても抵抗がある人もいるようで。

ひょっとしたら、ここ数年は特にその習慣が変わっていく過渡期にあるのかも知れません。

こないだのエントリを書きながら、そんなことを思っていたら、丁度アメリカ人と靴について、面白いエントリを発見したのでご紹介することにします。

そのブログというのは、"Miss Conducts's blog Mind Over Manners"というもので、筆者はボストングローブ紙でマナーについてのコラムを書き、本も出しているというRobin Abrahams。

このブログでもマナーについてのちょっとしたエッセイを書いてたり、次回のコラムに向けて読者からの意見を求めてたりするのですが、彼女が挙げているテーマだけでも面白い。

例えば、

・友達のブログを読むのは義務?

・レイオフされた友人や家族にどう接すれば良いか?

という具合。

こういう問題に関する悩みは国が変わっても同じですな。

ちなみに、特に後者は最近特に気になる話題らしく、このコラムニストもこの件でニュース番組にゲスト出演しているようです。

とにかく、こういったお題に対して、読者が様々なコメントを書き込み、後日彼女がまとめをしたり、しなかったりしています。

んで、靴について先日読者に提示されたのが、こんな質問。

タイトルは"To Shoe or not to shoe"。

あなたがホームパーティーをするとして、訪れたゲストに靴を脱いでもらうようお願いするのは失礼か?

このエントリ、どうやらアメリカ人の価値観を随分と刺激したらしく、コメント欄は大論争。

他のエントリに対するコメントは精々10数個なのに比べ、今日時点で130個のコメントが入っています。

全部のコメントを紹介するのはかなり面倒くさいのでやめますが、これを読むとアメリカでも依然、「どうしても靴は履いていたい!」という人が根強く存在するのが分かります。

というのは、上記の問いに対して、「それは失礼だ」と答えるコメントが結構あるので。

いくつかのコメントを紹介すると、こんな感じ。

(※以降のコメントの中には意訳/要約したり、複数のコメントをまとめてるのもあります。誤訳があったらお許しを。)

・私達は家では靴を脱ぐけど、ゲストにそれを要求するのはちょっとやりすぎだと思う。

やりすぎですかそうですか。

・たとえどんな状況であっても、ゲストに靴を脱ぐように言うのは信じられないくらい無礼だ。

信じられないくらい無礼。incredibly rudeですってよ奥様。例外は認めないんですって。

「靴を脱ぎたくない/脱がない派」の方々の理由は様々。

・靴も服装の一部だから。

こういうのは結構多い。

まぁね。分からなくはない。確かに日本と違って、きちっとした形のホームパーティーなんかもあるこちらの国では、着飾ったドレスだけど足元はストッキング、タキシードだけど足は靴下、ってのは居心地が悪いのかもしれません。実際、

・カジュアルな時だったら、靴を脱ぐようにお願いしてもいいけど、パーティーでそれをやったら失礼。

というのは根強い気持ちのようで。そういえばSex and the Cityにも似たようなエピソードがありましたっけ。うろ覚えだけど。

他にも、

・自分の意思に反して、靴下、ストッキング、つま先などを露出させられるべきじゃない。足というのはプライベートな事柄だから。

という、日本人とアメリカ人の足先に関する価値観というか羞恥心の違いを考えさせられるものも。

・家の中で靴を履くって言うのは、衛生的な問題もそうだけど、安全上の問題。失くした針やガラスの欠片、こぼれた冷たいジャムを踏んづたりするのが嫌。
 
という、価値観とか羞恥心どころか、衛生観念としてこちらの理解の範疇を超えたコメントもあったりします。

あと、これまた結構多い意見としては、

・どうせパーティーやったら掃除しなきゃいけないんだから、靴の汚れくらい気にするな。

というものや、似たようなものとして、

・友達との楽しい時間と、自分の家の中の清潔さのどっちが大切なんだ!

みたいのもありました。段々極論じみてきたな。

あと、妙にイメージとしての「アメリカ人」らしいと思ったのが、こんなの。

・礼儀正しく『お履物、脱いで頂いけますか?』と聞くのは全くもって失礼に当たらない。同様に、『いえ、履いているほうが良いので」とこれまた礼儀正しく答えるのも、問題にならない。

いや、問題になるだろ。喧嘩になるぞ。

まぁこんなコメントは極々少数派でしたが。

あと、これまた日本人の感性からして、別の意味からぎょっとさせられたのはこういうコメント。

・脱ぐように言うというのはゲストに対して100%の歓迎をしてるわけじゃないのよ、ってメッセージを与えがちだと思う。

・脱ぐように頼んだり、期待したり、ほのめかしたりするのすらとても失礼だ。実際、私は「家では靴を脱いで欲しい」というルールがある家からの招待を断った。歓迎されてない気がする。

たかだか「靴を脱いでもらえる?」と言われただけで傷つく人も結構いるようで。これは驚き。

他にも、

・足が凄まじく臭い人がいるがどうする?

とか、

・靴下に穴が開いてたらどうする?

と言った意見も散見されますが、それに対して

・足の臭いは消臭剤とか使ってみろ

・靴下に穴が開いてたら・・・?そんなもの履くな。捨てろ。

という的確なツッコミが入ってて笑いました。

もちろん、コメント欄全てがこんな「俺は靴を脱ぎたくないのだ!」で占められているのではなく、そもそもアジアやイスラム文化では屋内は靴を脱ぐのが当たり前だからそれは尊重する、とか、スリッパがあれば許す、とか、嫌だけど、人の家のルールには従うよ、といった冷静な意見も多くあります。

ただやっぱり「脱ぐよ派」よりも「脱がない/脱ぎたくない派」の方がヒステリックな書き込みが多い印象。

やっぱり自分の長年の習慣というものを変えさせられるというのは、嫌なものなんでしょうね。

当初、「脱がない/脱ぎたくない派」の中には、

・別に田舎に暮らしてるわけじゃないし、そんなに俺の靴底って汚れてないよ?ドアマットできちんと拭くし。衛生上なんか問題あるの?根拠ないでしょ?

というようなコメントもいくつかありましたが、その後、他の読者が、住宅内の埃やチリのうち85%は外で履いていた靴やペットの足から来るということ、環境保護庁(EPA)が鉛被害を防ぐためにも靴は屋外に置いたほうがよいと警告していることなど紹介すると、そう言った声は沈黙しました。

結局は好き嫌いの問題なんですな。

余談ですが、ネットに限らずマナー論争ではありがちだよなぁ、と思ったのがこういうエントリ。

もしあなたが家の中で靴を脱ぐ人だとしても、どうか分かって欲しいのは、人によっては絶対に靴を履いてなきゃいけないってことなんだ。というのは僕は足に障害があって矯正器具をしてるから、裸足で歩くのは苦痛なんだよ。

出ました。こういう議論では必ず出てきますね。

いやもちろん障害を持つ人に配慮するのはどんな時でも重要ですが、こういう一般的なエチケットやマナーの話をしてるときに、特殊な例を持ち出すときりが無いと思うんですがね。

てかそういう人に配慮するのはマナー以前の問題だろうと。

それが極端になった例としては、こんなのも。長いけど引用。

糖尿病患者は、裸足を傷つけたりしないように、家の中では常に靴を履くように訓練されている。
糖尿病患者はたとえ小さな切り傷でも、本人も気づかないうちに、あっという間に、重大な感染症にかかる可能性があるのだ。

そしてその感染症が元で、手足を失うことだってある!

なので、家で靴を履かないっていうのは、誰にでもできる話じゃない。

そしてもしあなたが、ゲストにも家では靴を脱いでもらうという、そんなルールをもっているなら、それは糖尿病患者にとって、あなたをハッピーにするために健康上のリスクを背負うか、本当は言わずに済ませたいことを言うべきか、という選択を迫って、居心地の悪い思いをさせているかもしれないんだ。


パーティーで靴を脱いで貰う話をしてただけのはずなのに、なんだか凄いことになってます。

「ペースメーカーと電車内での携帯電話の使用」に通じる展開ですな。いやちょっと違うか。

延々とコメントを紹介してきましたが、このエントリで役に立ったのは、我が家にとっても今後改善を検討した方が良いかもしれないという項目が分かったこと。

コメントの中には、靴を脱がない/脱ぎたくない派からの、「せめてこんな気遣いがホスト側にあれば」という意見がいくつかありました。要約するとこんな感じ。

・事前に「我が家は靴を脱いでます」とお知らせする。

・座って靴が脱げるスペースを用意する。

・ゲスト用の靴ラック、靴箱などを用意する。

・サイズや柄が色々なスリッパを用意する。


なるほどね。我が家でも気をつけよう。パーティーやる予定なんか無いけど。

まぁ、こんな気遣いをしてもなお、

・誰が履いたか分からんようなスリッパは履きたくない。

とか、

・靴で自分の家の中に入って欲しくないなら、なんでそもそも自宅でパーティーやろうとするんだ。レストランを予約しろ。

という人もいるので、今後もしばらくの間は、アメリカでこの手の議論が尽きることはないのでしょう。

ではまた。

plz plz remove your shoes
【2009/04/27 18:06】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
靴を脱げ。話はそれからだ。
アメリカに来たばかりの頃、こんなエントリを書いた。

IKEAで配達を頼んだ荷物がてんやわんやの末、やっと到着した日の話。

<以下抜粋>

南米系の男性2人ととも荷物をエレベーターに運び。よろよろと家の前に。

土足で運びこもうとする彼らに、一言。

私「靴脱いで貰える?」

男「それは出来ない」

嘘。拒否された。おいおい。人ん家のルールに従えよ。

もう一回繰り返すが、訛りの強い英語で言い返される。よく分からんが、出来ない(can't)らしい。なんでだよ。靴履いたまま生まれてきたのか? ふざけんな! 私はキレた。

(中略)

実際、反駁する気力も度胸もすり減った私は、こう言った。

「・・・・・・オーケー。じゃぁ家に入らなくていいから、荷物は玄関に置いてってくれ」

はい。ワタクシ負けました。非常に残念です。


<抜粋終わり>

こちらで生活していると、ちょくちょくこんなシチュエーションに遭遇する。

ちなみに、ゲストが来た場合はこんなやりとりが発生することはない。大概、相手が日本もしくはアジアの文化に理解のある人だったり、その人自身が家に入るときは靴を脱いでくれる人だったりすることが多いので。

上記のエントリの場合は、結局彼らを家に入れないということで諦めたが、世の中には家の中に入ってもらわないとサービスを受けられないときがある。

ケーブルテレビの設置だったり、家の中の配線や水道の修理などがそれ。

前回のとき以来、幸いなことに「絶対脱がないもんね」という人は居なかったので、拙い英語で交渉する必要がなかったのだが、こないだとうとう同じシチュエーションに陥った。

我が家のエアコンはリビングに2つ温風が吹き出す口があるのだが、そのうち一つが動かなくなった。

今まではドライバーを使って、自分でカバーを取り外し、中のスイッチをぐりぐりやると再び動き始めていたのだが、今回はその対策が通用しない。

いや、一応、ノロノロと動き出すのだが、10分もすると沈黙。

またカバーをはずして再起動。すぐに沈黙。

カバーについてる4箇所のねじを外す/付け直すのにいい加減嫌気がさしたので、管理事務所に連絡してメンテナンスの人を寄越してもらうことにした。

来たのは中東系移民らしき兄ちゃん。ハーイサンキューフォーカミング。

ハウズイッゴーイン。グレート。そりゃグーね。

などと、どうでもいい挨拶をしながら兄ちゃんを招き入れる。

彼がノシノシと入ろうする直前、私は笑顔でお願いする。

「悪いんだけど、靴脱いでもらえるかな」

「それは出来ない」

おっときた。まるでデジャブ。Can'tですかそうですか。

んーどうしよう。まさか久々に断られるとは思ってなかったので事前に戦略を練ってなかった。

しかし渡米してもう早4年以上。枕で涙を濡らした俺じゃないもんね。いまだヘロヘロとは言え、英語だって少しは喋れるようになったもんね。

絶対諦めるものか。

緊張を悟られないように、笑顔をキープ。

するつもりがなんだか強張った笑顔になった私が尋ねる。.

「・・・ん?脱げない?脱げないって言った?」

「そう脱げない。だから靴で入るよ」

そのまま入ろうとする兄ちゃん。

「ちょ。まままま待って!待った!ステイヒア!・・・なんで脱げないの?」

先程、挨拶したときのフレンドリーな感じが、あっという間に消えうせた兄ちゃんが答える。

「それはね、うちのコーポレートポリシーなんだ。悪いけど」

でたよ。なんだそりゃ。

「コーポレートポリシー?なんだそれ。いやコーポレートポリシーが何かってのは知ってるけど。なんのための?」

食らいつく私。

「俺達はね、仕事中に靴を脱いじゃいけないことになってるんだ。従業員の安全を守るために。ちゃんと会社のポリシーとして書いてあるんだよ。靴を脱がないと入れないってことだったら、家に入れないな。ということは、修理が出来ないね」

おいおいちょっと待てよ。そんなポリシーあんのか。本当かそれ。

俺が外国人だと思って馬鹿にしてんのか。

これは後日談だが、ちょっと調べてみたら、電気会社や水道会社、引越し業者にも本当にそういうポリシー(というかルール)を従業員に課している会社は結構ある模様。

でもそのときはそんなこと知らない私。疑心暗鬼のままで再度お願い。

「そうは言ってもさ、靴脱いでよ。」「いや脱げないんだってば。靴を脱いだら会社にクビになるし」

なんだそれ。あんたはマグロか。泳ぎ続けないと溺れるのか。

さてさて。どうしたもんか。

「で?どうする?修理する?しない?」

そんな感じでこちらの様子を待つ兄ちゃん。

なんとかして靴を脱がさないと。

「いやいやいや、会社のポリシーもいいけどさ、お客の価値観というか生活のルールを重視するのも大事じゃない?」

そんなことを言おうとするが、どうせまたポリシーを持ち出すだろうし。

どうしたものか。

まぁ最悪、カーペットが多少汚れても、後で泣きながら掃除すれば良いか・・・という弱気の虫が顔を覗かせる。

と、そのとき。

視線の隅に、「んじゃんじゃんじゃ」という声とともに、元気にハイハイしている娘の姿が飛び込んでくる。

駄目だ。今はこの子がいるではないか。この子を守るのは誰だ?今は俺しかいないではないか。しっかりしろ。4年間で培った英語力を見せてやれ!

息をひとつ吸ってから、私は娘を指差しながら兄ちゃんに向かって言う。

「良い?ほら、うちには女の子がいるんだよ。1歳でね。ハイハイしてるの。カーペットとか始終ベロベロしてるわけ。貴方が靴を履いたままうちに入ったら、結果的に娘は貴方の靴の底をベロベロすることになるよね?それはワタシ望マナイアルヨ」

後半英語がメタメタになったが、今は気にしないでおこう。

それを聞いた兄ちゃん。ちょっと考えてる。

さあどうでるか。

「・・・オーケー。ちょっと待ってて。すぐ戻る」

兄ちゃんはそう言うと、玄関から外に向かっていった。どこ行くの?

数十秒後、帰ってきた兄ちゃんの手には、なにやらくしゃくしゃな青いビニール袋が2つ。

それか!その手があったか!

彼はその青い塊を広げると、履いている安全靴に被せ始めた。

日本ではあまり見かけない(と思う)が、それはShoe coverと呼ばれるもの。

装着するとこんな感じ。

Shoe cover


衛生上の理由から、土足で入って欲しくない施設には常備しているこのアイテム。そういえば娘のデイケアにもあった。

これを履いて貰えば、向こうは靴を脱がずに済むし、こちらもカーペットが汚れない。

15分後、無事エアコンの修理は完了し、兄ちゃんはShoe coverを「また来るかもしれないから」ということで置いて帰った。

その日から、我が家の玄関には将来の「私、靴脱げません」族の来襲に備えて、このShoe coverを保管している。

今回の件を振り返ってみると、私はどうにかして「靴を脱がすか」にばかり心が囚われていて、「更に履かせる」という発想はなかった。

なんたる盲点。

・・・てか、そんなもの持ってるんだったらさっさと出せよ!

と思ったが、私が聞いたのは「靴脱いでくれる?」であって、「カーペットを汚さないでくれる?」では無かったわけで。

正しい答えを得るには、正しい質問が必要という良い例かもしれない。

それよりなにより、きっと私が娘の話を持ち出さなかったら、彼は取りに行くのが面倒くさいという理由で、乗ってきた車にShoe coverを常備していることすら明かさなかったに違いない。

結論: 私が英語力で娘を救ったのではなく、娘の存在に私が救われたという話。

情けない。

ではまた。
【2009/04/21 14:02】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
ほんとどうでもいい。
こないだyoutubeで適当に動画を観ていたところ、久しぶりに伊集院光を見かけました。

相変わらずトークは上手いけど、しばらく見ない間に、随分芸風が変わったんだなぁ・・・と感心していたら。

マツコデラックスという人でした。

油断も隙もありません。(なにが)

ではまた。

テーマ:どうでもいいこと。 - ジャンル:日記

【2009/04/14 16:32】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1歳になりました。
諸般の事情で、ちょっとエントリが遅くなりましたが、先週娘が1歳になりました。

ケーキ風ホットケーキ


あれからもう1年とは。速い。速すぎます。

こんなに速いなんて思いませんでした。

だって、これ20回やったらもう娘は成人ですよ?

30回やったらもうアラサーで婚活なんかしてますよきっと。

本当に人間の一生なんてあっという間なんですねぇ、などと感慨に耽ってしまいました。

生まれたばかりの頃は、ギャアギャアと泣くばかりだった娘も、この1年でいろんなことが出来るようになりました。

意思表示をはっきりとするようになりました。

託児所で覚えたバイバイや投げキッスも随分上手になりました。

まだ良いタイミングでは出てこないけど。

伝え歩きでひょいひょいと移動し、照明スタンドを両手で掴み、倒れよとばかりにグイグイと前後に揺らす。

気に入らない離乳食には眉間に皺を寄せながら指で掻き出す。

気になるものは指差し確認。手に入るまでは絶対に諦めない。

そんな姿には、既に若者らしい破壊衝動と反抗的態度の萌芽が見て取れます。

ウィーウィルロックユーって感じです。いやぁ頼もしい恐ろしい。

親は無くても子は育つというのは、本当かもしれませんね。

そんな娘に、私達夫婦が出来ることといえば、精々娘の成長を邪魔しないこと。

あとは安売りで買ったハロウィーンの衣装を無理矢理着せて、娘に嫌がられることくらいでしょう。

ああ親って無力。

ではまた。

パンダ
【2009/04/08 13:43】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
元に戻す、その前に。
ウォッチメンも日本で公開され、色々な感想が出ているようですが、まぁ予想通りというかなんというか、好きな人と嫌いな人に結構、綺麗に分かれている感じですね。

なんであれ物事には「合う・合わない」って言うのがあるので、ウォッチメンが合わない人っていうのがいるのも良く分かります。

ただ、一部に「分からないから、詰まらない」というのもあって、それはちょっと待ってくれ、と言いたくなったり。

「合わないから、詰まらなかった」と言うなら良いんですが、「わからなかった」というのから、即「詰まらない」と言い切ってしまうのは、なんというか自分の脳みそ、は言いすぎか、知的好奇心の足りなさを露呈しているだけに見えてしまったり。

偉そうなこと言ってるけど、社会の窓開いてますよ、みたいな。

まぁ人それぞれなんでね。別に全ての人がウォッチメンに興味をもつべきだ!と力むつもりはありません。世の中にはもっと大事jなことがあるしね。

でもなぁ・・・そういう方には筒井康隆の「読者罵倒」とか読んで欲しい。いや悪気はないです。ないけどね。まぁいいや。

あと、これまでネットで見た範囲ですが、日本の映画評論家できちんとしたレビューを書いている人がほとんどいない印象を受けました。

気になったのをちょっと挙げると、

ネットで有名な某映画評論家の前田有一氏は、

>この映画版は、原作に驚くほど忠実に作られているが、ここであえて私は断言する。
>この映画の完成度は、原作を超えている、と。

それはなんつーか、「あなた原作ちゃんと読んでないだろう」と思ったり。

コミックである原作と、今回の映画版、元から媒体が違うものを、一体どんなものさしで、どうやって比較した上で「超えた」と言ってんだか氏の感想ではさっぱり分かりませんが、勇み足って奴でしょうかねそうですかね。

他の映画評論家では、岡本太陽氏は、

>冷戦の話はいまさらピンと来ないし、例えば原作とは異なるが現代を舞台にして、ブッシュが
>第3期大統領を務める世界を描き、核戦争危機を背景にした映画でも良かったのではないだろ
>うか。

と書いてましたが、うーむ。製作側がそういうことを考え始めると、以前のエントリで紹介したようになるんじゃないかと思ったり。

特に、ウォッチメンみたいに、テーマと時代背景が密接に組み合わさってるような作品の場合、そういう余計な改変がどれくらい致命的になるか分かりそうなもんですけども。

大体、たとえ話にしても、ブッシュが三期大統領を務めたぐらいで、核戦争の危機がどれくらい「ピンと」くるようになるのでしょうかね。よく分かりません。

・・・また熱くなってきたので、ここらへんで止めときます。

ああでもこれだけは書きたい。上記のお二方よりも段違いに酷いのは、映画ライターの福本次郎氏のレビュー。

この方に比べたら、前田氏なんてまだまし。岡本氏なんて立派なものです。

そもそも、わざとやってんのか?というくらいに映画の内容が分かってません。

>米ソ冷戦を和平に持ち込むにあたって、エイドリアンという「天才」とDrマンハッタンという
>「神」が主導権争いをしていたというオチ。

・・・そんな話じゃねえよ!

いやつい言葉が悪くなってしまいました。でも、本当に何を観たんでしょうか?大丈夫?それ私が観たのと同じ映画ですか?

こんなに映画が理解できてなくて、よくまあ映画批評家だかの看板下げていられるのかが不思議です。本当にびっくりしました。

まぁそんなわけで。

ってどんなわけでもありませんが、しばらくウォッチメンづいていたこのブログ、とりあえず元のペースに戻そうと思います。

次回ウォッチメンで何か書くとしたら、噂のディレクターズカットが出てきたときでしょうか。

ではまた。
【2009/04/07 13:42】 | 布教活動 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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