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赤子と遊ぼう。
「わたし、メロンパンナよ!こんにちは!」

「ケメちゃん!元気?メロンパンナよ!よろしくね!」

甲高い作り声で、妻が娘に向かって話しかける。

娘の手には、アンパンマンのベビーせんべい(栗山製菓)の空き袋が握られている。

アンパンマンのベビーせんべいは娘のお気に入りのお菓子。離乳食を始める上で、最も活躍したお菓子と言えます。

このせんべいは2枚ごと小分けの袋に入っており、それぞれアンパンマンのキャラクターの顔が描いてある。

このキャラクターが実際に動いている姿を娘は見たことがないが、ベビーの心はがっちり掴んでいるようで。流石やなせたかし。

私は食器を洗いながら、台所のカウンター越しに娘と戯れる妻の姿を眺めている。

娘は来月には1歳。随分賢くなったとはいえ、どこまでコミュニケーションが取れているんだか分かったような分からないような。

妻は本当に赤ん坊と遊ぶのが上手い。そりゃあ生んでんだから当たり前かもしれませんが。

私の方は、未だに赤ん坊と遊ぶのが苦手。って上手い下手の基準がどこにあるかは分からないが、なんとなく印象で言えば、妻に負けてる。

この違いってなんなんだろう。こびりついた米粒をスポンジでこすりつつ、そんなことをぼんやりと考える。

もちろん、私だってこの約一年間で娘の世話は随分と慣れたし、今や娘と二人きりで一日過ごすことだって苦労は感じない程度のキャリアは積んだ。

娘のハイハイと並走して家中をうろつきまわるのもすっかり第二の本能。

他の人の目から見たら、それなりにきちんと娘と遊んでいるように見えるのでしょう。

それでもたまに、娘と遊びながらも、親である私のほうは心のどこかで途方に暮れたりすることもあるわけで。

絵本を読もうとすると、何度やっても途中でガッシと表紙を掴んで遠くに放り投げられたり、「さあさあケメちゃん!遊ぼう!イエー!」と盛り上げようとした途端、ガブリと鼻に噛み付かれたり、を繰り返されると、「一体どうしたいんだ君は」と娘を冷静に問い詰めてやりたくなります。

ベランダに向かう窓に掴まり立ちをして、ガラスに向かってぶちゅ~っと接吻。後に残った唾液がつつっと垂れるのを興味深そうに見つめながら、ムチムチしたちっこい指でその唾液の地図を拡げ始める娘。

そんな人にどんな言葉をかければ良いと言うのだろうか。親として。途方に暮れてしまいます。いや止めろよ>私

言葉らしい言葉をまだ喋らない娘にとって、親から掛けられる言葉と言うのは貴重な語学学習のソースのはず。なるべく沢山話しかけてやりたいとは思うものの、大の大人がまともな返答の無い相手にひたすら喋るってのはなかなか辛いものです。

こういうのはきっと向き不向きと言うのがあるのでしょうが、私はあんまり向いていません。

声掛けのはずが独り言、どころか自問自答、もしくは一人つっこみになってしまい、段々テンションが下がってきてしまいます。

「はいどーだ!面白いねー?って聞いてないか!そうか。そうですか。まぁね。私もこう色々喋ってるけど。そろそろ腹も減ってきたよ。寝ないか。まだ寝ないか。そうですか。あーそれはあんまり触るんじゃない汚いから。はいこうだ。どうだ。そっちいくか。なんでそれがそんなに気になるんだ。頭ぶつけるよ。本当にね。色々考えないとね。私もね。あメールの返事も書いてないや。ま、なかなか難しいよね。上手くいかないことも多いしね。いや幸せよ。幸せだけども。太るしね。やっぱりね。あれ洗っとかないと。だからそっちはいくんじゃない。駄目だって。あんまり禁止しても駄目か。サイエントロジーの育児法によれば。って俺はトム・クルーズか。いや立場的にはケイティ・ホームズか。あれお前ウンチしてね?ああしてないか。マボロシウンチですか。ふふふ。」

こんな一人ごとのような話しかけには、きっと効果がない。要反省。

一方で、繰り返しになるけれど妻は本当に子供あしらいが上手。傍から見ていると、なんかそれなりにコミュニケーションが成立してるかの如く、赤子の相手をしています。

赤ん坊の支離滅裂なリアクションに応じて、柔軟に対応や発言内容を変えては、長時間に渡って自由自在に娘と戯れている妻。

己が力量不足が身に沁みます。

この違いはなに?IQ?EQ?自意識?羞恥心?

ひょっとしたら、私はきちんと子供と向き合ってないのだろうか、とかそんなこと恐ろしいことすら考えたり。

でもねぇ、向き合うったって、本当に何と言うか、通じてるような通じてないような相手とコミュニケーションするのって大変です。少なくとも私にとっては。

ん?

これは内向的とか外向的ってのも関わってくるのかもしれない。

一般に流布してる胡散臭い内向的/外向的の定義を敢えて使って言うならば、

・赤子あしらいが上手い人

→相手を見て、レベルに応じてきちんとコミュニケーションが取れる人。>外向的

・赤子あしらいが下手な人

→相手のレベルに合わせることができずに、内にこもってしまう>内向的

とかなるのでしょうか。

だとしたら間違いなく私は後者。

これではいかん。

そもそも赤子と遊ぶだけなのに、自分のコミュニケーションパターンまで話が言ってしまうのがいかん。(←多分ここらへんが内向的)

皿を洗いながらそんな事を考えていると、また妻の声が耳に飛び込んできた。

「どーーもーー!あたしメロンパンナちゃんっどぇぇぇぇぇ~っす!!どぇぇぇぇ~っす!!どぇぇぇ~っす!!」

いや、メロンパンナちゃんはそんなんじゃねえだろ。

ではまた。
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【2009/03/18 12:50】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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