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ウォッチメンに登場するスーパーヒーローの元ネタについて調べてみた。
壁に注目


ウォッチメン映画版脚本の変更前と変更後についてのエントリを書いたところ、幸いにも色々なところでリンクを貼っていただいたようで、沢山の方々に来て頂きました。

日本でもウォッチメンの映画版に対する期待が高いようで、原作の(にわか)ファンとしても嬉しい限りです。

そんなわけで、感謝の気持ちも込めて、今日はウォッチメンに登場するスーパーヒーローのネタ元について書いてみようと思ったり。

有名な話なので知ってる人も多いとは思いますが。

そして、ひょっとしたら日本語版コミックや映画のパンフレットなんかで書いてあることばかりかもしれませんが、アメリカに住む身の辛さ、そこらへんの事情が良く分からないので、そのまま書いてみます。

※上の画像は先日放送されたサウスパークから。この日のエピソードはウォッチメンとかバットマンダークナイト、あと公開が近いザ・スピリットのパロディでした。




ウォッチメンという作品を語るにあたって、よく言われるのは「アメリカンヒーローの脱構築を目指した」ということです。

脱構築ってことは、その元が無いといけないわけで、ウォッチメンのヒーローにもそれぞれモデルというのが存在します。

モデルというとちょっと誤解を招きそうなのですが、そもそもウォッチメンはチャールトンコミックという出版社が持っていたキャラクターを「そのまま」使って作られるはずでした。

遡って話をすれば、チャールトンコミックの経営が悪化したために、キャラクターのライセンスをDCコミックが買ったので、そのキャラクターを使ってアラン・ムーア(ウォッチメンの原作者)が考えたのが「ウォッチメン」の始まりだったわけです。

しかしながら、アラン・ムーアのアイデアを聞いたDCコミック側からチャールトンコミックのキャラクターではなく、オリジナルキャラクターでやったらどうかということになり、「ウォッチメン」になったわけです。

なぜチャールトンコミックのキャラクターをDCコミックは使わせなかったのか?

これについては諸説あるものの、DCコミック側としてはこれらのキャラクターを将来的に使っていこうという意図があり、「ウォッチメン」のような一つの物語として完結してしまうストーリーに使われたくなかったというのがどうやらその理由のようです。

実際、チャールトンコミックのキャラクターは「ウォッチメン」出版以後DCコミック版としてリニューアルされて色々な作品が出ていますし、さっきTVをつけたらロールシャッハのモデル、「ザ・クエスチョン」がバットマンとアニメで仲良く競演していたので、この説はそこそこ信憑性があるのでしょう。

それでは、ウォッチメンのキャラクターの元ネタについてご紹介いたします。

各ヒーローの説明については、wikipediaその他から色々引っ張ってみました。

画像についても方々から持ってきていますが、フェアユースとして認識して頂ければ幸いです。

いつもながら誤解、誤訳などの指摘は大歓迎。ネットのCollective Intelligence頼みです。

あと、それぞれのキャラクターはDCコミック版になってからも活躍しているため、設定や見た目、ストーリーが変わってるのもいますが、このエントリではチャールトンコミック版を基本にしています。

それでは、ウォッチメン原作の登場順にご紹介。




コメディアン=ピースメーカー(Peace Maker)

comedian

ウォッチメンの中で、ある意味最も複雑なキャラクターであるコメディアン(上の画像)。彼の元ネタはピースメーカーというキャラクターです。

ピースメーカーの正体は外交官クリストファー・スミス(Christoper Smith)。こんな人です。
peace maker


元の絵を見ると全然違うじゃん!という声が聞こえてきそうですが、彼のキャッチコピーを知ればコメディアンとの類似性に気がつくでしょう。

ピースメーカーのキャッチフレーズとは、

"A man who loves peace so much that he is willing to fight for it!"

意訳すれば、

「彼は平和を愛する男。平和のためには喜んで戦う!」

なんだか「健康のためには死んでもいい」と同じくらいふざけた話ですが、実際メンタル面もかなり問題があり、その暴力的な志向には、ナチとしてユダヤ人虐殺に加担していた父親に対する恥の気持ちが大いに影響を与えているということで、暴力衝動過多なキャラクターのようです。

それだけではなく、イラストにもある妙ちきりんなヘルメットにはこれまでに彼が殺した、もしくは巻き添えになって死んだ人間の霊が篭っており、時折彼にアドバイスやコメントをしてくれると言う設定だそうで。

・・・なんだか全然ヒーローじゃない気がしてきた。電波系だ。

「平和」のためには人殺しを全く躊躇わないとか、アメリカ政府の下で特殊部隊としてテロリストを追い詰める仕事をしていたりするあたり、コメディアンの造形にも非常に共通するものを持ってますね。


ロールシャッハ=ザ・クエスチョン(The Question)

rorshach

我らが(笑)ロールシャッハ(上の画像)、なんだかんだ言って作品中、一番人気のあるキャラクターだと思いますが、ネタ元はザ・クエスチョン。見た目はこんな感じ。

the question


まんまですね。

スパイダーマンの作者としても知られるスティーブ・ディッコ(Steve Ditko)が創造したキャラクターで、後述しますがナイトアウルのネタ元、ブルービートルの作品に登場したのが初めてだそうです。

その正体はTVジャーナリストのヴィクター・セイジ(Victor Sage)。「顔なしマスク」に見えるのは元々医療用に開発された特殊な人工皮膚で、傷口につけると有毒という致命的な欠陥があるため開発が中止されたという物騒な代物ですが、かぶっても呼吸や視界をさまたげず、様々な変装に使うことが出来るものだそうです。

彼は哲学の客観主義(主観を排し、真理・価値・規範の存在を主張する哲学)をモットーとしており、社会の腐敗は絶対に許さず、悪人に対しても決して容赦をしないというのが特徴。ちなみに得意なことは調査と格闘。

その見た目だけではなく、悪に対しては絶対に妥協しないというところも、ロールシャッハに影響を与えてるのでしょう。

上述のごとく、ザ・クエスチョンは今でも元気に活躍してますが、哲学的には「禅」よりになってるようです。・・・禅問答をするロールシャッハってのも面白そうですね。間違ったら小指を折られそうで。

余談ですが、このクエスチョンのマスクをコスプレで使うための指南をしているサイトを見つけたのでリンクを貼ってみます。

アメリカのオタクも熱い。

ナイトオウル二世=二代目ブルービートル(Blue Beetle)

Niteowl-ii

映画版ではバットマンチックに格好良くなったナイトオウルですが、個人的には原作の中年太りっぽい方が好きです。

そんなナイトオウル、バットマンみたいな見かけとは裏腹に、元ネタはブルービートルと言われています。

blue_beetle_the_second

ナイトオウル二世と二代目ブルービートルの共通点としては、まずは両者とも先代がいて、その後継者であるということでしょう。そして初代ブルービートルの正体が警官であったことも初代ナイトオウルと同じですね。

二代目ブルービートルの正体はテッド・コード(Ted Kord)という天才的発明家。

スコープとか防護スーツなどの様々なガジェットを開発していたり、明らかにナイトアウルのアウルシップがモデルにしたであろう、"Bug"というエアシップ(上の画像でも写ってます)に乗ってることなんかもナイトオウルと共通しています。

Dr. マンハッタン=キャプテン アトム(Captain Atom)

drmanhattan

映画史に残るブラブラとして存在感とか色んなものを出しまくってるDr.マンハッタン。

彼の元ネタはキャプテン アトムと言います。

キャプテンアトムの正体はアレン・アダム(Allen Adam)という科学者。

captain_atom

彼がヒーローになったきっかけというのは、誤って閉じ込められてしまった実験用ロケットが大気圏で爆発したこと。

そのために一度は原子レベルまでバラバラになったのですが、再構成されてスーパーパワーを得たそうです・・・って自分で書いてて意味が良く分かりませんが、まぁそういう人だそうです。

彼のスーパーパワーとは、決して傷つくことがなく、呼吸すら必要じゃないので宇宙空間でも活動可能。空も飛べる上に意志の力で無尽蔵のエネルギーを操作できるという最強っぷりです。

当時、アメリカ人が原子力エネルギー(っていうか原子爆弾)に寄せる期待が擬人化したようなキャラクターと言えます。

見た目は随分と違いますが、Dr.マンハッタンとキャプテンアトムは成り立ちや能力についてはそのままですね。冷戦下で活躍したと言うのも一緒です。

ちなみにそのコスチュームは自分の体が発する放射能を周囲の人間から守る効果があるそうで、ここらへんの気遣いがDr.マンハッタンにあったら「ウォッチメン」ももう少し話が変わってきたことでしょう。

余談ですが、Dr.マンハッタンとキャプテンアトムの大きな相違点としては、Dr.マンハッタンが四次元で物事を認識しているということが挙げられます。

話が長くなるので割愛しますが、明らかにこれはSF作家カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」に出てくるトラルファマドール星人からインスパイアされたんだと思います。

トラルファマドール星人
<トラルファマドール星人>

「ウォッチメン」を読むなり観るなりして「Dr.マンハッタンは神様みたいな能力を持ってくるくせに、いまいち使えねえ」と思った方は、「スローターハウス5」を読むとそこらへんの理由というか、感覚が掴めるんではないでしょうか。

実際、原作者アラン・ムーアの他の作品には、まんまトラルファマドール星人というキャラクターが出てくるようですし、少なくともアラン・ムーアがヴォネガットを読んでることは間違いありません。

なお、このキャプテンアトムも後にDCシリーズで登場してますが、逆インスパイアということで見た目が全然変わってます。

captain_atom_new

こんな感じ。どうみてもDr.マンハッタンです。ありがとうございました。

シルクスペクトラ=ナイトシェイド(Night Shade)

silkspectra

ナイトシェイドはキャプテンアトム(Dr.マンハッタンの元ネタ)のパートナーで、本名はイヴ・エデン(Eve Eden)。

私生活でもしばらくの間キャプテンアトムの恋人でした・・・ってこれはほぼDR.マンハッタンとシルクスペクトラの関係そのままですね。本当はブロンドですが、変身時には黒髪のカツラを着用。敬虔なキリスト教徒。母親は異次元から来たそうです。

nightshade

ただし、アラン・ムーアがあるインタビューで言ってるのですが、このシルクスペクトラ=ナイトシェイドというのはほとんど思い入れがなく、女性キャラを一人くらい入れとかないとね、という程度で作ったものだったそうです。

なので説明はこれくらいで終了(おい)

オジマンディアス=サンダーボルト(The Thunderbolt)

Ozimandias

映画版では随分と優男になってましたが、原作ではいわゆるアメコミのイイ男っぽい見た目のオジマンディアス。

彼の元ネタはサンダーボルトと言います。

the_thunderbolt

サンダーボルトことピーター・キャノン(Peter Cannon)の両親は、アメリカの医師団としてチベットにやってきたものの黒死病に倒れ、残された彼は寺院で孤児として育てられました。完璧に鍛え上げられた肉体と強靭な精神を持つだけでなく、厳しい修行の末、脳のパフォーマンスを100%発揮することすらできるそうです。さらには古代から伝わる智恵も強力な武器だそうで。

私が悪人だったら全然勝てそうな気がしません。

完璧に鍛えられ、かつ調和した、肉体と精神と知能の持ち主。脳の潜在能力を100%まで発揮している男。そんなところがオジマンディアスそのものでしょう。

余談ですが、この赤と黒のコスチュームは寺院での修行用の衣装だそうです。ここらへんチベットの人たちは怒っても良いと思います。

更に余談ですが、ウォッチメンの中でオジマンディアスは、MATRIXのキアヌリーブスも仰天するようなやりかたで拳銃の弾に立ち向かいます。

それについては映画を観た人の中でも「あれは一体どういう仕組みなんだ?」と話題になってるようですが、アラン・ムーアのインタビューの中にその答えがありました。以下ネタバレとも取れるので白字にしてます。

ちなみにここらへんのネタ元はこちら。

インタビューの中で、銃弾を素手でキャッチするシーンについての話題が出たとき、アランムーアは「あれは可能だと思う」と言いきってます。

というのも、そもそも原作第5章、有名な見開きシンメトリーのシーンで、オジマンディアスは重そうな灰皿を持ち上げ、拳銃の弾をその弾道を予測した上で防いだ後に、暴漢をぶん殴っているんですが、アラン・ムーア曰く、そこまでの動きをオジマンディアスは2秒でやってのけてるそうで。

そんなことが出来る人間だから、銃弾を素手を受け止めることだって可能だと。

ウォッチメンのイラストを担当したデイブ・ギボンズは、その後に「まあ彼は金属製の鎧を着てるから、失敗しても大丈夫だったんじゃない?」とか言ってますが、あくまでアラン・ムーア御大は重ねて

「いや彼みたいに完璧な肉体を持ち、精神と肉体が調和していれば(銃弾を素手で受け止めるのも)可能なんだと思う」

と主張してます。

どうやら本気の模様。

流石"The idea is bullet-proof"(「弾丸で理念は殺せない)とVフォーヴェンデッタで主人公に言わせた人なだけはあります。

人間の可能性を信じるアラン・ムーアの熱い気持ちが伝わってきますね。・・・誰だ中二病なんて言う人は。

ここでひらめいたのですが、もしかしたらオジマンディアスのモデルはサンダーボルトじゃなくて、範馬勇次郎だったんではないでしょうか。

おお。そう考えると何もかも納得いきます。

いかないか。

でもきっとアラン・ムーアと板垣恵介は話が合うと思う。この部分に関してだけは。




ということで、だだだっと語ってきましたが、お楽しみ頂けたでしょうか。乱文失礼。

まぁ結局、こういうモデルの存在について知ってようがいまいが、「ウォッチメン」を楽しむにはさほど影響は無いでしょう。

ただ、少なくとも「ああ、ウォッチメン?Dr.マンハッタンはスーパーマンのパロディで、ナイトオウルはバットマンのパロディだよね?」とかあっさり言ってのける友達がいたら、親切に教えてあげると良いかもしれません。

とはいえ、相手が彼女や奥さんだったら、こんな話をしても全然盛り上がらないと思うのでお薦めしません。念のため。

長文に付き合って頂き、ありがとうございました。

ではまた。
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【2009/03/31 17:33】 | 布教活動 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ラジオを聴いてたら驚いた。
車の中ではよくラジオを聴いています。

放送局はほぼNPRで固定。NPRというのは、National Public Radioという公共放送局で、アメリカの小説なんか読んでると良く出てくるところです。なんて分かりにくい説明。

他のラジオ局に比べてニュースが大目なので、時事問題や交通情報を知りたいときにはよくチャンネルを合わせてます。

んで、今日もNPRを流しながら車を運転していたところ、なんだか聞き覚えのある声が。

ん?

おや?

あら!宇多田ヒカルだ!

どうやら米国進出第二弾アルバム”This is the One”のプロモーションのために出演したようで。

予想もしてなかったので、なんか知り合いがいきなり出てきたような驚きでした。いや知り合いじゃないけどさ。

"Tell Me More"というインタビュー番組だったのですが、その中で彼女は「良いポップ」と「悪いポップ」についてや、新曲のエピソード、英語と日本語での曲作りの違いなんかについて語ってます。

野次馬的にはコロンビア大学を退学した理由や、子供の頃ミュージシャンになりたくなかった理由なんかがとても興味深かったです。

宇多田ヒカルさんもとてもリラックスした感じインタビューを受けてて、なかなか良い感じのインタビューでした。

なんだか、日本の番組で見たときとちょっと印象が違いますね。本人も言ってたように、やっぱり英語と日本語でキャラクターがちょっと変わってるようで。

とても聞き取りやすい英語なので、もし興味のあるかたはNPRのサイトで聞いてみては如何でしょうか。長さは14分弱。

オバマ大統領のスピーチでリスニングを鍛えようとしたら意外に難しくて歯が立たず、「誰だ簡単なんていった奴は!」とお嘆きの方なんかにもお勧めです。

アドレスはこちら ↓ 

Singer Hikaru Utada Intent On Making 'Good Pop'

多分後日テキストに起こされた奴もアップされると思いますので、そういう意味でも勉強に最適かも。

ではまた。
【2009/03/26 23:11】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
ウォッチメン映画版について文句を言う前に、原作ファンが知っておくと良い(かも知れない)こと。
タイトル長くてごめんなさい。

simpsonmen


実は、このあいだ書いたウォッチメン映画版の感想では、当初はもっと文句を書こうと思っていました。あれが違うとか、これが余計だとか。

ところが、あるブログでザック・スナイダーが監督でなければ、とんでもない映画になる可能性が高かったと知りました。

そこに書かれていたのは、ザック・スナイダーが監督として変更する前のものと、変更した後の項目を並べたリストなのですが、これを見るとザック・スナイダーをけなすどころか、彼の功績を絶賛したくなったので、感想の中の文句はばっさり切ったわけです。

と言うわけで、他の原作ファンの方にも、映画版の文句を言う前にちょっと読んで欲しいと思ったので、その内容を駄訳して以下に転載します。

いつもより駄訳度が増してると思いますので、誤訳の指摘は大歓迎。

注意:一部ネタバレ全開です。恐れない人は白地反転でどうぞ。




スナイダーによる変更前のシナリオ

・時代設定は2005年。(訳者注:いきなり吹いた)

・コメディアンとDr.マンハッタンはオサマ・ビン・ラディンを追跡している。(訳者注:意味が分からない)

・モスマン、キャプテンメトロポリス、シルエット、フーデッド・ジャスティス、二人のバーニー、その他沢山の脇役は登場しない。

・サリー・ジュピターが暴行されかけた時、助けにはいるのはホリス・メイソン(訳者注:初代ナイトアウル・・・なぜ?)

・全キャラクターに新しい台詞が書かれている。それぞれは無茶苦茶に改悪されている。ロールシャッハが完全文で喋ったりする。(訳者注:原作が今手元にないので確認できませんが、ロールシャッハって完全文で喋ってないんでしたっけ?ヨーダ?あれは倒置か。)

・コメディアンの葬儀におけるフラッシュバックシーンは無し。火星でのマンハッタンのフラッシュバックもなし。ロールシャッハのセラピー場面でのフラッシュバックもなし。実は脚本に書かれていたものの、ワーナーが削除した。(スナイダー監督曰く、彼に対してもワーナーはこれらのシーンを外させようとしたらしい)

・ローリーはスリングショットと呼ばれており、マンハッタンからスーパーパワーを貰ったことになってる。(訳者注:何がしたいんだ)

・Dr.マンハッタン、正確に言えばジョン・オスターマンは黒人になるはずだった。(訳者注:黒人受けを狙ったんだとしたら無謀だと思う)

・二人のバーニーが登場しないので、Tales of the Black Freighter もなし。

・舞台の時間軸を変更したため、プロットは穴だらけになっていた。(訳者注:それはそうだろう)

・ブバスティスは登場しない。

エイリアンの代わりに、偽Dr.マンハッタンの変なナレーション付で偽装攻撃が行われる。カルナック(訳者注:ヴェイトのアジト)からこっそりとエネルギー攻撃が行われる。

ヴェイトは死ぬ。その為にストーリーのテーマも焦点も失われる。

・シーモア(訳者注:ニューフロイティアンズ紙のぼんくら)がロールシャッハの日記を取り上げるシーンがある。原作ではぼかされていたのに、その効果がフイになってる。

・映画はMTVスタイルのカット多用、ぶつ切りの編集になる予定だった。

・上映時間は2時間ちょっとの予定だった。




スナイダー版

・舞台は1985年。

・ミニットメンはミニットメンと呼ばれている。クライムバスターズという呼称は出てこないが、ワーナーの要望によりスーパーヒーロー一般を揶揄する呼び方としてウォッチメンという言葉が使われる。

・モスマン、キャプテンメトロポリス、シルエット、フーデッド・ジャスティス、二人のバーニーその他の脇役が脚本に復活。

・原作にある、二人のバーニーの全てのシーンは撮影された。(訳者注:多分ディレクターズカットに入ると思われる)

・Tales of the Black Freighterはアニメーションとなり、ディレクターズカットに含まれる予定。(訳者注:このアニメ自体は既に米国で発売中。私は未見ですが。)

・サリー・ジュピターの暴行場面で助けに入るのはフーデッド・ジャスティス。

・新しい台詞は最小限に抑えられ、ほとんどのものは原作からそのまま採用された。

・コメディアンの葬儀でのフラッシュバック、火星でのフラッシュバック、ロールシャッハのセッション場面におけるフラッシュバック、全てが元通りになっている。

・ローリーは二代目シルク・スペクトラとなっており、スーパーパワーも持ってない。

エイリアンの代わりに、マンハッタンを装った偽装攻撃が行われる(変なナレーションはなし)、カルナックからエネルギー攻撃が発せられることはなく、攻撃は目標にテレポーテーションでやってきたかのような表現になる。映画版を観た人は、この結末のつけかたはエレガントで、エイリアンが登場する原作が目指していたものと同様の効果とテーマを保っていると言っている。

・オスターマンは白人。

・時系列は原作と同じ。

・ブバスティスが登場する。

ヴェイトは死なない。

・シーモアの手がロールシャッハの日記の上に来たところで映画は終わる(原作と同じ)

・古典的なゆったりとした、堅実なアプローチで監督されている。

・上映時間は2時間35分(訳者注:実際は2時間42分)。ディレクターズカットはおよそ4時間になる予定。

引用元: GeekSexy

なお、引用元のブログのソースが不明なので、100%真偽のほどは確認取れませんが、内容の一部はザック・スナイダーがインタビュー記事で話していた内容と合致しますので、そこそこ信頼性はあるかと思います。

あと、これは別ソース(てか監督のインタビュー)からですが、当初スタジオ側はPG-13にしたかった模様。変更後は当然R指定です。

ひょっとしたらなっていたかも知れない映画版ウォッチメン。ニクソンが三期目に突入するよりよっぽど怖い話ですな。いやホント、どこかの「なんとかボール エボリューション」みたいなことに成りかねなかったわけで。ザック・スナイダー万歳!




ネタバレついでですが、イカ問題補足。

こないだあるフォーラムを読んでいて知ったのですが、なんと映画版にもイカはきちんと出ています。えええ?そんなの観てないよ?という人はイカ、いや以下を反転してください。




オズマンディアスが、マンハッタンに見せかけた主要都市同時攻撃を行うために利用した装置。その正式名称は

Sub
Quantum
Unified
Intrinsic field
Device

と言います。

それぞれの頭文字をピックアップすると・・・、"SQUID"! イカ

やるなぁザック・スナイダー。ってお前は2ちゃんねらーか!(笑)

ちなみにこの場面は、映画の比較的最初のほう(マンハッタンがブラブラブラブラさせてるあたり)にちらっと写るので、注意力が必要です。






まぁね、ここまでザック・スナイダー監督が健闘しても、文句を言いたくなるのが原作ファンと言うものですが、彼の努力(と原作に対する愛情)には敬意を表しても良いのではないかと思います。

ではまた。

追記(3/28) 訳し漏れに気づいたので一部修正。



関連エントリ
Watchmenの感想 (長文注意)
・ウォッチメンに登場するスーパーヒーローの元ネタについて調べてみた。
【2009/03/21 15:19】 | 布教活動 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
赤子と遊ぼう。
「わたし、メロンパンナよ!こんにちは!」

「ケメちゃん!元気?メロンパンナよ!よろしくね!」

甲高い作り声で、妻が娘に向かって話しかける。

娘の手には、アンパンマンのベビーせんべい(栗山製菓)の空き袋が握られている。

アンパンマンのベビーせんべいは娘のお気に入りのお菓子。離乳食を始める上で、最も活躍したお菓子と言えます。

このせんべいは2枚ごと小分けの袋に入っており、それぞれアンパンマンのキャラクターの顔が描いてある。

このキャラクターが実際に動いている姿を娘は見たことがないが、ベビーの心はがっちり掴んでいるようで。流石やなせたかし。

私は食器を洗いながら、台所のカウンター越しに娘と戯れる妻の姿を眺めている。

娘は来月には1歳。随分賢くなったとはいえ、どこまでコミュニケーションが取れているんだか分かったような分からないような。

妻は本当に赤ん坊と遊ぶのが上手い。そりゃあ生んでんだから当たり前かもしれませんが。

私の方は、未だに赤ん坊と遊ぶのが苦手。って上手い下手の基準がどこにあるかは分からないが、なんとなく印象で言えば、妻に負けてる。

この違いってなんなんだろう。こびりついた米粒をスポンジでこすりつつ、そんなことをぼんやりと考える。

もちろん、私だってこの約一年間で娘の世話は随分と慣れたし、今や娘と二人きりで一日過ごすことだって苦労は感じない程度のキャリアは積んだ。

娘のハイハイと並走して家中をうろつきまわるのもすっかり第二の本能。

他の人の目から見たら、それなりにきちんと娘と遊んでいるように見えるのでしょう。

それでもたまに、娘と遊びながらも、親である私のほうは心のどこかで途方に暮れたりすることもあるわけで。

絵本を読もうとすると、何度やっても途中でガッシと表紙を掴んで遠くに放り投げられたり、「さあさあケメちゃん!遊ぼう!イエー!」と盛り上げようとした途端、ガブリと鼻に噛み付かれたり、を繰り返されると、「一体どうしたいんだ君は」と娘を冷静に問い詰めてやりたくなります。

ベランダに向かう窓に掴まり立ちをして、ガラスに向かってぶちゅ~っと接吻。後に残った唾液がつつっと垂れるのを興味深そうに見つめながら、ムチムチしたちっこい指でその唾液の地図を拡げ始める娘。

そんな人にどんな言葉をかければ良いと言うのだろうか。親として。途方に暮れてしまいます。いや止めろよ>私

言葉らしい言葉をまだ喋らない娘にとって、親から掛けられる言葉と言うのは貴重な語学学習のソースのはず。なるべく沢山話しかけてやりたいとは思うものの、大の大人がまともな返答の無い相手にひたすら喋るってのはなかなか辛いものです。

こういうのはきっと向き不向きと言うのがあるのでしょうが、私はあんまり向いていません。

声掛けのはずが独り言、どころか自問自答、もしくは一人つっこみになってしまい、段々テンションが下がってきてしまいます。

「はいどーだ!面白いねー?って聞いてないか!そうか。そうですか。まぁね。私もこう色々喋ってるけど。そろそろ腹も減ってきたよ。寝ないか。まだ寝ないか。そうですか。あーそれはあんまり触るんじゃない汚いから。はいこうだ。どうだ。そっちいくか。なんでそれがそんなに気になるんだ。頭ぶつけるよ。本当にね。色々考えないとね。私もね。あメールの返事も書いてないや。ま、なかなか難しいよね。上手くいかないことも多いしね。いや幸せよ。幸せだけども。太るしね。やっぱりね。あれ洗っとかないと。だからそっちはいくんじゃない。駄目だって。あんまり禁止しても駄目か。サイエントロジーの育児法によれば。って俺はトム・クルーズか。いや立場的にはケイティ・ホームズか。あれお前ウンチしてね?ああしてないか。マボロシウンチですか。ふふふ。」

こんな一人ごとのような話しかけには、きっと効果がない。要反省。

一方で、繰り返しになるけれど妻は本当に子供あしらいが上手。傍から見ていると、なんかそれなりにコミュニケーションが成立してるかの如く、赤子の相手をしています。

赤ん坊の支離滅裂なリアクションに応じて、柔軟に対応や発言内容を変えては、長時間に渡って自由自在に娘と戯れている妻。

己が力量不足が身に沁みます。

この違いはなに?IQ?EQ?自意識?羞恥心?

ひょっとしたら、私はきちんと子供と向き合ってないのだろうか、とかそんなこと恐ろしいことすら考えたり。

でもねぇ、向き合うったって、本当に何と言うか、通じてるような通じてないような相手とコミュニケーションするのって大変です。少なくとも私にとっては。

ん?

これは内向的とか外向的ってのも関わってくるのかもしれない。

一般に流布してる胡散臭い内向的/外向的の定義を敢えて使って言うならば、

・赤子あしらいが上手い人

→相手を見て、レベルに応じてきちんとコミュニケーションが取れる人。>外向的

・赤子あしらいが下手な人

→相手のレベルに合わせることができずに、内にこもってしまう>内向的

とかなるのでしょうか。

だとしたら間違いなく私は後者。

これではいかん。

そもそも赤子と遊ぶだけなのに、自分のコミュニケーションパターンまで話が言ってしまうのがいかん。(←多分ここらへんが内向的)

皿を洗いながらそんな事を考えていると、また妻の声が耳に飛び込んできた。

「どーーもーー!あたしメロンパンナちゃんっどぇぇぇぇぇ~っす!!どぇぇぇぇ~っす!!どぇぇぇ~っす!!」

いや、メロンパンナちゃんはそんなんじゃねえだろ。

ではまた。
【2009/03/18 12:50】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
Watchmenの感想 (長文注意)
というわけで書いてみる。

ウォッチメンてそもそも何?とかそういうことは説明しないで進めていきます。それでなくても長いので。

watchpeanuts

まず、ウォッチメンの映画版について語る前に、奇才テリー・ギリアムが2000年に受けたインタビュー記事を引用してみる。

“The problem with Watchmen is that it requires about five hours to tell the story properly, and by reducing it to a two or two-and-a-half hour film, it seemed to me to take away the essence of what Watchmen is about.”

<駄訳>
「ウォッチメン(を映画化する上で)の問題としては、ストーリーをきちんと語ろうとすると約5時間はかかってしまうということ。じゃあそれを2~2時間半の映画にしてしまうと、僕にはウォッチメンの本質というものが消え去ってしまうように思えるんだ」

続けて彼は言います。

“I was happy when I didn’t get the money to make it because I would have been embarrassed if we’d done it.”

<駄訳>
「これを作るためのお金が集められなくて良かったよ。もし作ってたら恥を掻くところだった。」

「未来世紀ブラジル」や「バロン」、「12モンキーズ」と言った、それこそ「よくもまぁこんな映像が作れるもんだ」の代表格のような存在である奇才テリー・ギリアムさえもがサジを投げたこのウォッチメン。

それを今回、監督のザック・スナイダーはどう映画に仕上げたか。

結論から先に言えば、2時間42分という長いけれども限られた時間で、見事な映画にしています。いやほんと、原作ファンなら絶対観るべき映画です。

そもそもこの原作、一般の人が想像する「アメリカンコミック」というものとは異なり、その構造は非常に複雑で、並みの小説なんか相手にならないくらい巧妙かつ精密に作られています。

メインストーリーもさることながら、それ以外の部分も見逃すことが出来ません。

例えば、作品中にしばしばコミック内コミックとして挿入される「Tales of the Black Freigther」というアメリカンコミック。

これは一見単なる海賊をテーマにしたストーリーに思えますが、これはその都度のメインストーリーの登場人物の心情とリンクしていたり、未来の出来事の暗示になったりして、メタフィクショナルな効果を挙げています。

また、各章の最後に引用される文献は、登場人物の自伝、過去と現在の新聞記事やインタビュー記事、果ては精神分析鑑定書なんかが出てきて、世界観に奥行きを与えています。

更には、何気ない会話に隠されたメッセージ、作品中いたるところに隠された暗示やシンボル。

原作者のアラン・ムーア自身がウォッチメンは5・6回繰り返して読めるように出来ていると言ってるくらいで、本当に凄まじい密度の情報が一冊の中に詰まってます。

これら無数の要素のうち、どれを残してどれを省くか、というのが今回の映画化の肝だと思うのですが、監督のザック・スナイダーは素晴らしい仕事をしていると言えます。

ストーリーの本筋を追うために必要な部分と、ファンが待ち望んでいる「ビッグスクリーン」で観たい!というシーンを上手いこと取り出して纏めた手腕は本当に絶賛されるべきだと思います。

って言うか、このエントリの冒頭で引用したテリー・ギリアムの発言が本気だとすれば、この点において、ザック・スナイダーはテリー・ギリアムを超えたと言っても過言では無いでしょう。

この映画、基本的には極限まで原作を忠実に再現しつつも、独自の構成も付け足されているのですが、基本的にその付け足しの部分がまた非常に良い効果を生み出しています。

その独自色が最も強く出ているのがオープニングクレジット。


opening

ストーリーの舞台となる1985年までの前日譚、つまりミニッツマンの黄金期とその衰退を紹介しつつ、スーパーヒーローがアメリカの歴史にどのように関連していたかを表現しています。

原作では様々なシーンで断片的に語られていたものをひとまとめにしつつ、原作には含まれていなかった、ケネディの暗殺、アポロの月面着陸と言った史実とスーパーヒーローとの関連についても触れ、5分ちょっとという短い時間で私達の歴史とは別の歴史を語り下ろすという荒業に挑んで成功しています。いや本当に良く出来たパートだと思いました。

本編に入ってからも、原作のひとコマひとコマをそのまま映画にしたというシーンが展開。台詞もかなりの部分が原作から取り入れられており、安心して観る事ができます。

役者陣の演技、というかキャラクターの再現度も素晴らしく、オズマンディアス一人を除いて全員がもうそのままコミックから抜け出してきたよう。

特にロールシャッハは本当に素晴らしい出来です。

いやもう、最初のシーンで初めてロールシャッハが言う「HURM」と言う呟きの見事さと言ったらもう、原作ファンには感激モノでしょう。

hurm

なんというか、原作モノの映画化でよくある、「ああこの人があのキャラクターなのね・・・ふーん。まあ良いんじゃない」というレベルではなく、「あー!ロールシャッハってこれが実物なんだ!」と思わせるくらいの出来です。

原作には無くて映画で付け足されたものとしては、残虐描写と大人向けの表現(←穏当な言い方)が増量されています。これは・・・正直どうなんでしょうか。

こないだ新聞を読んでたら監督のインタビューがあり、「グロ表現とかそこらへん、ちょっとやりすぎちゃった(笑)」みたいなことを言ってましたが、ええ本当にやりすぎだと思います。

私自身はそこらへんに全然アレルギーがないのですが、駄目な人は駄目かも。

これらのシーンだけで「ウォッチメン」に偏見を持つ人がいるかもしれないので、それが心配になりました。

あとは原作と映画版の最大の相違点と言われている、ラストの改変。俗に言う「イカ」問題について。

実は映画評論家の町山智浩さんが、ブログの中で原作と映画版の相違点についてエントリを挙げていて

1 イカが出ない 

 これは正解と思う。原作読んだ時はイカが出た途端にシラけた



と書かれているのですが、すみません。私はイカが出てこなくてがっかりしました。

いや、わかるんです。映画にしたら多分台無しになるシーンだと思いますし、限られた時間の中でイカのいきさつについて語るスペースはないでしょう。(実際、監督はもしイカを入れようとしたら15分余計に長くなっただろうと言ってます。)

ただ、原作ファンとしては、ザック・スナイダーがここまで特攻隊精神で原作に忠実に映画化するのであれば、是非とも観たかったです。イカ。

ちなみに、上述のエントリの中で、町山智浩さんは、ウォッチメンのプロットのネタ元の"The Atchitects of Fear”を映画版ではしっかり写していることに、監督の真摯なオタク魂を感じる、と仰ってます。

・・・が、であればこそ、"The Archtects of Fear"の着ぐるみに敬意を表するという意味でも、敢えてイカが欲しかった。

まぁ原作ファンというものはどうしても100%満足はしないものですからね。すみません。

あと原作には無くて当たり前なんですが、付け加えられて少し気になったのが、音楽の使い方。

とても上手く使ってるとこもあったのですが、ちょっとだけ違和感があったのが、墓地のシーンのとベトナム戦争のシーンで流れた曲。

監督の狙いも分かるんです。

多分「如何にも」という曲を使うことで、何と言うか異化効果を出そうとしたんでしょうけど、如何なものか・・・ってまだイカに拘りすぎですねごめんなさい。

その狙いは分かるものの、それでもちょっと座席からズリ落ちそうになりました。

原作から抜け落ちているシーンは他にも色々あります。ニューススタンドの親父とコミック読んでる餓鬼、いわゆる「2人のバーニー」の掛け合いや、ロールシャッハ(の中の人)を分析しようとすることで、悪影響を受けてしまう精神科医のくだりは今回の映画版では省かれています

個人的には、この「2人のバーニー」は原作の中でも特に好きなシーンだったので、なんらかの形で残して欲しかったのですが。。。。噂では4時間を越すと言われる、ディレクターズカット版の発売に期待しましょう。

思いつくまま色々書きましたが、原作ファンとしてはこれ以上望めないくらい素晴らしい映画化だったと思います。

くどいようですが、原作が好きな人だったら絶対に観るべき。

原作なんて知らないよ、と言う人はとにかく映画を見て、少しでもセンサーに触れるところがあれば、是非原作を読んでみてください。読まないのは人生を損しています。

そして、映画を観たけど長いだけで話も小難しいしなんか血とかドバドバ出てるし青い人はパンツも履かずに始終ブラブラさせてるし何この変な映画と思った人は・・・・えーと。

ではまた。
【2009/03/12 17:28】 | 布教活動 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
五平餅と芋羊羹
娘がハイハイするようになった話はしたような。しませんでしたか。いやしましたね。

10ヶ月の月誕生日(ってそんな言い方するかは知りませんが)を目前に、ヨタヨタとハイハイをするようになった我が子ですが、その後彼女の行動範囲の拡大、移動速度の向上には目を見張るものがあります。

ちょっと前までは、置いたらそのままの姿勢を維持してくれる、よく言えばお人形のよう、悪く言えば生温かい荷物みたいにハンディかつポータブルな感じだったのに、今ではひとところに身を落ち着かせてくれることがありません。

どんな姿勢で置かれようと、常にハイハイの姿勢を目指し、すぐ実行。本人すら知らぬどこかへ疾走しようとする様は、何だか生命の成長しようと言う姿勢というか、生命力の暴走がビンビンに感じられて、そんな向こう見ずな元気をとうの昔に失った大人である私は羨ましい一方で、手を焼いています。

いや元気なのは良いんですがね。

何が厄介かと言うと。

娘が生まれてから私は一つのタスクを自分に課していました。

基本、オムツは私が替える。

つまらないことですが、それが父親として私が自分に誓った約束。矜持。ルール。

ほぼ完母(・・・って子供がいない方には聞き覚えがないかもしれないので説明すると、完全母乳育児のことです。日本郵政株式会社が運営する旅館はあんまり関係ない。)で育てている我が家にとって、基本、母親は大忙し。

生後間もない時は数時間おきに、それがおさまって復職しても、今度は仕事中に搾乳したり、母親は子供を生んだ次の瞬間からいつ終わるともしれぬ義務が発生するわけで。

それに対して、父親にはこれと言った義務はありません。家によってはお風呂に入れるってのがあるかもしれませんが、それだって一日一回でしょうし、そもそも我が家は風呂の構造上、私が娘をお風呂に入れるのは出来ない。

んで、出産する前後から決めていたのが、先にも述べた「基本、オムツは私が替える」というやつです。

授乳と同じくらいの頻度で発生し、「今日は疲れてるから・・・」と言ってパスできないタスクとしてはこれくらいしかなかったというのもありますが、とにかく、娘が生まれてからこの10ヶ月、デイケアに預けていないときは基本的に私が替えてます。

私が不在だったりして、全部を替えるのは無理なときもありますが、割合で言えば、娘が生まれて移行、多分全体の70%くらいは私が替えてます。

(主観的には90%くらいのつもりなんですが、妻からは70%くらいだと言われました。多分私が見てないところでウンコシッコしてるんでしょう。きっと。)

そんなわけで、今や活動的極まりない娘のオムツを替えるのが、本当に大変になってきました。

何故だかわかりませんが、今の娘は仰向けに寝かされることが大嫌いなようで、オムツを脱がすことすら一苦労。

アマレスの選手を思わせる首の力でブリッジをして体を捩じらせ、同時に驚嘆すべき上半身のひねりを加えて、必死でお腹を抑える私の手から脱出を試みます。

お前のためにやっているのに、何故そんなにじっとしないのだ娘よ。石の上にも三年という言葉を知らないのか。

うっかり手を離そうものなら、クルリと四つんばいでハイ着地。お尻に五平餅みたいなものをぶら下げたまま、スタタタターッと駆け去っていく始末。

ああああっ!ちょっと待って!うちは全部屋カーペット!

お尻拭きを片手に、追っ駆けっこをする親子。娘は笑顔ですが、こっちは全然楽しくありません。

一応、気をそらすアイテムとして、携帯電話や家の鍵を渡して、それに夢中になってる隙にオムツ替えを終了させるということもやってみたりしました。

これが成功する日もあるのですが、娘の興味の対象は日々移ろい易く、昨日効いた手が通用するとは限りません。

駄目なときは何をしても駄目。

しばらく検討した結果、このままでは親としての威厳が保てないので、父親らしく力で言うことを聞かせる事にしました。

全然知恵を使ってない感じもしますが、きっと気のせい。

所詮は生後10ヶ月、力で大人に適うわけがありません。

首ブリッジしようが、上半身を捻ろうが、グイッと押さえつけてしまえば動けないに違いない。

なんてったって腰は体の重要ポイント。字面を見ても、「にくづき」に「要」ですからね。それを抑えちまえばこっちのものよ。ふふふ。

というわけで、今度は左手で娘の腰骨のあたりを今まで以上にしっかり抱えてみることにしました。

右のわき腹は人差し指から小指までの4本指で、左のわき腹は残る親指を使ってガッチリと。

そう考えて、左手で娘の動きを封じつつ、空いた右手でオムツをはずします。

娘が泣くのもかまわず、両脇のマジックテープをペリリペリリ。無駄な抵抗はやめろ!

娘は上半身をそらしたり捻ったり、なんとか脱出しようとしますが、私の左手のホールドは完璧。腰は床にくっつけたまま微動だにしません。

よし、これだ!完全に極まった!

芸術的なまでの間接技を誇った、往年のヴォルク・ハンを思わせる私のオムツホールド。

コツをつかんだ私は大喜び。

これを極められて逃れた奴はいないぜベイベー。観念するのだ!

よく分からない独り言をブツブツ言いながら、右手でお尻拭きを取り出す私。ハタから見たら馬鹿みたいでしょうが、やってる方は勝利感に酔いしれていました。

と、その瞬間。

それまで、無防備にブラブラさせていた娘の両脚が、がっしと私の左手に絡みつきました。

お。何のつもりだ。と思う間もなく、娘は私の左腕を両脚でグイグイと絞りあげてきます。

娘の姿勢だけを取り上げてみたら、それはまるで腕ひしぎ十字固めをしているような感じ。

こんな感じ
<イメージ画像>

クロスした娘の両脚は、的確に私の前腕部を圧迫し、てこの原理を利用して私の体のバランスを崩そうとしてきます。

合気道や護身術を齧った人なら分かると思いますが、人間の腕はある方向からの圧力には大層弱い構造になってます。

たった今、娘がやっているのがまさにそれ。

あだだだだ!

あれほどガッチリと娘のお腹をホールドしていた私の左手が、一瞬外れてました。

その機を逃さず、グルリンと寝返りをして四つん這いになった娘は、さっきまで泣き叫んでいたのが嘘のようにスタタタタッ!

その裸のお尻には踏み潰した芋ヨウカンのようなものがブラブラブラブラッ!

オムツ拭きをもって追っかける私。

ああ!今日も負けた!

日々、こんな感じです。

ではまた。
【2009/03/07 23:50】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
Watchmenを観てきました。
今日は"Watchmen"の封切り日だったので、育児を若干放棄気味にして、一人で映画館に行ってきました。

poster

詳しい感想は後日また書くかもしれませんが、大変良く出来た映画だったと思います。

原作が大好きな私としては、色々と文句をつけたくなる部分もありますし、映画としてもそれはどうなんだ、という所もあるのですが、原作のエッセンスをこれだけ忠実に映画化出来たと言う点においては、監督のZack Snyderは素晴らしい仕事をしたと思います。

どうも日本では近年、先人が生んだ優れた原作をことごとく台無しにしようという動きが盛んなようですが、なんというかそういった蛮行をする人に爪の垢を飲ませてあげたい気分です。ていうか飲め。

でも2時間40分は長い。膀胱が破裂するかと思いました。

余談ですが、今回原作を読み直して思ったんですが、あらためて"Mr. インクレディブル"との関連性の強さに驚きました。あの映画はWatchmenからすっごい影響受けてんですね。”スーパーヒーローが引退した時代”という設定だけじゃなくて、その他色々の部分で。詳しくは書けませんけれど。

かといって"Mr.インクレディブル"が大好きな人がWatchmenを見て気に入るかというと、、、かなり微妙です。こっちはR指定だしね。

日本での公開は今月の下旬からだそうです。

取り急ぎ。

MAD version
画像はWatchman特集のMAD誌の表紙から。大変気持ちが悪い。
【2009/03/06 20:43】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
グランマインダハウス!
久々の更新でございます。

娘の三度目の中耳炎をきっかけてに、我が家を襲ったウィルス地獄ですが、緊急措置を適用した結果、何とか終息しました。

今日は、前のエントリで書いたその緊急措置について。

アメリカで家族三人、これまで頑張ってきました。

海外で生活する上で、頼れる身寄りが近くにいないというのは、私達夫婦にとって常に不安要素として心の片隅に影を落としています。

今の妻の仕事が在宅勤務がしやすい職種であることや、現在私がパートタイマーであることなんかは、他のフルタイムで勤務している共働き夫婦よりは恵まれていると言えるのでしょうが、それでもやはり娘の病気が続いたり、それが両親にまで罹ったりすると、頼れる人がいない心細さというのが身に沁みます。

二週間ばかり前の我が家は、二人とも仕事が忙しく、娘も次から次に病気を持ってくるので、生活のクオリティは落ちていく一方でした。(主に)私による手抜き料理、もしくは外食が続く日々。

簡単料理も外食も、たまにだったら別に良いのでしょうが、こうも続くと病による肉体的/精神的な辛さに加えて、内蔵の疲れまで感じ始めてしまい、家中がどんよりした空気に支配されます。

更には病気のためか、頻繁に夜中に泣き叫びながら起きる娘。

たまに、今日の娘は良く寝るなぁと思っていたら39度を超す熱を出していた、なんて時には、本当に肝が冷えました。

すると天から救いの手が。

先週、妻の母親が緊急渡米して来てくれました。娘は叫びます。イエーグランマインダハウス!いやまだ喋れないけど。きっとそう言ってる筈。グランマと呼ばせるつもりも無いけど。きっとそう言いたい筈。

それから一週間、三度三度素敵な手料理を作ってくれる義母のおかげで、我が家は元気を取り戻すことが出来、娘の中耳炎も、今日の診断の結果とりあえず完治したようです。よかったよかった。

好きでアメリカに住んでいる癖に困った時は、日本の家族に頼っているんだから、みっともないことこの上ないのですが・・・いや本当に助かりました。それが正直な気持ちです。

日本でも決して暇をしているわけでもないのに、わざわざ来てくれたお義母さんには感謝感激雨あられでございます。

あと、日頃いい加減な兼業主夫としては、眼前に繰り広げられる、長年の経験で培われた様々な家事テクニックを見るにつけ、専業主婦って凄えなぁと勉強させて頂いております。

昨日使ったスープの残りが、今日のこんな料理に!とか、一昨日作ったあの料理が、今日はこんな形に!まさかあの野菜を茹でた汁が、こんな素敵なダシになるなんて!とか、まるでよく出来たミステリ小説の伏線回収を見ている心地です。

いや本当、真似しようったって一朝一夕じゃ無理ですね。私がやろうとしたら、まず一週間の献立を考えた上で、PERT図とか書かないと無理。クリティカルパスとか探してるだけでご飯の時間になってしまいますよ。PMBOK片手に料理するわけにもいかないし。って意味わかんないけど。

とにかく、ここ最近、心の中でシャッポを脱ぎっぱなしで歓声を上げる私がいます。グランマインダハウス!グランマインダハウス!

・・・ああすみません、私から見たらグランマじゃありませんね。このブログを読まれる前に、お詫び申し上げておかなくちゃ。

とにかく、家族の有り難味と自分達の至らなさを実感したここ最近でした。

えーと、落ちはありません。ひたすら感謝感謝。

ではまた。
【2009/03/05 18:01】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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