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ディーバーのサイン会に参加したこと(本編)
まぎらわしいタイトルの前回のエントリはこちら

というわけで、サイン会の会場であるSeattle Mystery Bookshopに到着。

既にディーバーは長机の向こうに座り、既に10人程のファンが行列を作っていた。

レジでそそくさと新刊「The Broken Window」を購入し、娘を抱いた妻とともに列に並ぶ。

あっという間に私の番だ。

サイン会

ディーバーは笑顔で迎えてくれる。

「ああ、またあったね。さっきはありがとう」

視線は心なしか妻のほうに向いてる気が。

いやだからディーバーさん、ここで愛読者ナンバーワンみたいな顔をしているのは偽者です。私が本当の愛読者ですってば。

そんな私の複雑な心境はさておき、妻に抱かれた娘に向かって、ディーバーが声をかける。

「やぁやぁ名前は何ていうんだい?僕はジェフだよ。こんにちは」

相変わらず良い人だ。

娘はせっかく声をかけてくれているディーバーを尻目に、ディーバーの横に詰まれたマイクル・コナリーの新刊を見ている。

「・・・なんだか僕のコンペティターのほうに興味があるみたいだね」

いやいや。すみません。

「よし。じゃあ、犬は好きかな?ほらほら」

ディーバーは"The Spleeping Doll"の裏表紙に写っている、自分の愛犬の写真を振り回して、娘の興味を惹こうとする。

ファンを増やすためには手段を選ばないプロ根性を見たような気がする。

ここまでのところ、娘と妻に良いところを奪われっぱなしの私。形勢を挽回しようと、事前に準備していた質問をぶつけてみる。

「Mr. ディーバー。この子にも近い将来本を読んであげようと思ってるんですが、あなたが子供の頃好きだった本で、何かお奨めはありますか?」

結局、娘をダシにしてるような気がするが、まあいいや。

ディーバーは私の質問に少し考えると、先ほどカフェで一緒だった、そして今はディーバーの隣に座ってる女性のほうを指差しながらいう。

「そうだねぇ。Make Way for Ducklings は子供の頃好きだったな。・・・でも、そういう話だったら彼女のほうが適任かもしれない」

どうやら彼女は編集者か何かのよう。彼女が妻に話しかける。

「どんな本がいいのかしら?」

言うまでもなく、私の興味はぶっちゃけディーバーと会話をすることだったので、プロの編集者からのアドバイスはそれほど必要としていない(←おい)。妻が編集者と話し始めるのに任せて、質問を変えてみる。

ちなみに"Make Way for Ducklings"は、日本でも「かもさん おとおり」というタイトルで有名。

make_way_for_ducklings


「えーと。じゃあ、絵本じゃなくて、あなたが少年時代の頃好きだった作家って誰でしょう?」

「好きだったのはイアン・フレミングとか、トールキン、ドイルとかかな・・・。そう言えば、僕が子供の頃、両親は教育上の理由で、特定の作家しか読むことを許してくれなかったんだ。ところがね、面白いのは映画については何を観ても良かったんだ(笑)。なんといっても60年代のころだからね。本なんかより、よっぽど教育上ふさわしくない映画を観ることができたよ(笑)」

「そうだ、日本の怪獣映画でとても面白かったものを覚えてるよ。『ロダン』というタイトルだった。ガジラみたいな奴なんだけど」

「『ロダン』・・・聞いたことないですね。どんな映画ですか?」

「うん。でっかい鳥みたいな奴でね。ビルなんかより大きんだけど、それが大暴れするんだ。」

「ひょっとして・・・『ラドン』ですか?」

radon

「あーうんうん。そうだったかもしれない」

その時はディーバーの記憶間違いかと思ったものの、後で調べてみるとあの『ラドン』、アメリカでは『ロダン』というタイトルだったこともあるようで、合ってましたね。大変失礼をば。

rodan

どうでもいいが、『ラドン』はあの世界的ホラー作家、スティーヴン・キングも名作"IT"の中で触れていたはず。そういえば、キングもディーバーも同じくらいの年齢。この年代のアメリカ人にとって、ひょっとしたら、とても強い印象を与えているのかもしれません。いつかゴジラみたいに、ハリウッドでリメイクされたりするのでしょうか。

その後、ディーバーは昨日、宿泊していたホテルの近くで寿司レストランに行ったらしく、そこが大変美味しかったと話題を振ってくれました。

そこの日本酒が高かったけど、大変美味しかったそうで。

「Mr. ディーバー、もし日本酒お好きなら、今度サイン会でいらっしゃるときにはプレゼントしますよ。来年もシアトルにいらっしゃいますよね?」

「サケが飲めるのかい?僕も行っていいかな?」

いきなり私の後ろにいた男性が話しかけてきた。あんた誰。いや良いんだ。会話に入りたい気持ちは良く分かるよ。

「あはは。今度来るのは、そうだねぇ。ノンシリーズ物の新作("The Bodies Left Behind ")が秋に出るから、ひょっとしたらシアトル近くで行われるブックフェスティバルには行くかもしれない。来年キャスリン・ダンスの続編が出るときには、間違いなくまた来ると思うよ」

その後、昨年サインを貰うことが出来なかった"The Sleeping Doll"と今回の新作、両方にサインをしてもらい(前回同様"Domo Arigato!"付き)、一緒に写真を撮ってもらいました。今年は娘も一緒に。

というわけで、私の年中行事(ってまだ二回目だけど)は終了。

事前の準備もむなしく、いまいち私の質問は空振り気味だったような気がする。残念。

果たして来年、もしくは今年の秋にまたディーバーに会えるかどうかは分かりませんが、次回も出来る限り努力するつもり。

そして今度こそ、一緒にトイレに行けるように頑張ろう。

ではまた。
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【2008/08/27 01:38】 | 読書関連 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
ディーバーのサイン会に参加したこと(心の準備偏)
まず最初に言っておかなければならないことが。

cyberbabeさん、遅くなって本当に御免なさい。




では本題。

いきなり憧れの有名人に出会ったとき、人の反応はさまざま。

ンキャー!と叫んで昏倒する人から、如才なく近づいて、一ファンとしての親愛の情を表明する人、物陰に隠れて生暖かい視線を送る人、はたまた「お前知り合いか?」といわんばかりに慣れ慣れしくする人。

さて私はどうだろう。

というわけで、いまさらシリーズ第二弾。6月にシアトルはダウンタウンで行われた、ジェフリー・ディーバーのサイン会に参加したことについて書く。


ジェフリー・ディーバーはアメリカのミステリ作家。ご存知ない方はこちらをご覧下さい。

四肢麻痺の犯罪学者リンカーン・ライムを主人公にしたシリーズの作者として有名で、私が原書でミステリを読み始めることのきっかっけになった作家の一人です。

ちなみに、2年前に"The Cold Moon"(訳題 ウォッチメイカー)が発売されたときのサイン会にも参加しました。(過去エントリはこちら。)

昨年、"The Sleeping Doll"が発売されたときには、シカゴでサイン会が行われたのですが、そのときは妻の卒業式が重なってしまい、泣く泣く諦めたました。

要するに、私にとっての憧れの有名人だと思って下さい。

というわけで、サイン会当日。

妻と娘、それに孫の顔(とついで私の卒業式)を見に来た両親とともに、シアトルのダウンタウンに到着。

ディーバーに何の思い入れのない家族はさておき、私一人なんだか興奮しています。

気持ち良い初夏の日差しの下、風に揺れる緑の葉のように、私の心臓はざわざわと波打ち、鼻息は荒め。足の裏がむずむず。

家族と交わす会話にも上の空、頭の中では、サイン会でディーバーと話そうと思う内容について、シミュレーション英作文教室が開催中。

これに近い気持ちはなんだろう。あれだ。絶対に授業で発言しようと決めた日のようだ。予想される流れの中で、何をどういう風に喋るか、そのために必要な言い回しは何か、あの単語って英語で何ていうんだっけ。仮想の会話がグルグルと。

瞳孔から入ってくるダウンタウンの景色は視神経あたりでシャットアウトされ、代わりの心象風景では2年前に訪れたサイン会の様子が繰り返し巻き戻され、一時停止され、再生されている。

大して歩いていないのに、ンフーンフーと鼻息が荒くなるのはきっと気のせい。最近運動不足だったからだな。

2年前の教訓から、サイン会自体はそれほど混まないことを知っているので、ゆとりをもって会場となるシアトルミステリーブックスの付近まで。

それでも30分ほど前には着いてしまった私達一行。近所のカフェでコーヒーを飲むことになった。

めっきり口数が少なくなってしまった私をわき目に、妻と両親の会話は弾む。

店内に入ってきたホームレスに、コーヒーとマフィンを買ってあげた男性を目撃して、アメリカ人のホスピタリティについてなど。

私はと言うと、引き続き英文綴り方教室ならびに心理的ウォームアップに余念がありません。

パソコンだったら画面はスクリーンセーバーなのに、ハードディスクが激しくカチャカチャ言ってるような感じ。大丈夫?ウィルス入って無い?

うつろな眼差しのまま、ぼーっと店内を見回してみる。

と。

私達の座っているテーブルの向こう、男性が、女性と談笑しているのが目に入る。

なんだろう。凄く見覚えのある後姿。

その男性の顔は見えませんが、長身で細身。そして何よりあの印象的な髪型は。

うわ。ディーバーだ!

サイン会に行く前に出くわすとは思ってもみなかった。

昔のRPGで言えば、セーブポイントの前にラスボスと遭遇するようなものではないか。

「俺の人生はクソゲー」という至言があるが、私の人生のゲームバランスもちょっと問題があるような気がする。

相変わらず会話に花を咲かせ続ける家族を尻目に、私の視線はディーバーの後姿に釘付け。

あの女性は誰だろう?エージェントか何かだろうか。それとも編集者。

じぃっと見つめる私の視線が何らかの影響を及ぼしたのか、いや多分サイン会の時間が近づいたからだが、ディーバーらしき男性と連れの女性は席を立つ。

振り返った姿をみると、少し髭をたくわえているが、やっぱりディーバーその人。

人は突然訪れた出来事に対して、以下に対処するかでその真価が分かると言う。

そして、ここでとった私の行動とは。

「見てみぬ振りをする」

チキン野郎と言わば言え。私はまだ予習が終わってないのだ。始業のベルが鳴ってないのだ。だから良いのだ。

戦略的撤退。そんな私の内向きな論理を邪魔するものはいない。いや、一人いた。

私のほかに、妻がディーバーの顔を知っている。

もし彼女がディーバーに気づいたら、きっと「あれ?あのひとディーバーじゃない?ちょっと話しかけてきなさいよほら」とか言うに違いない。

それは避けたい。いきなりは苦手なんだよう俺。

ディーバーは、連れの女性を先頭に、私達のテーブルの横を通り過ぎる。

息を詰め、身体を強張らせる私。

どうか妻が気づきませんように。

分からない人にはこの私の心理状況は全くもって理解不能だと思いますが、分かってくれとも言いません。

でも、人生は上手く出来ている。いや上手くない方に良く出来ている。

妻が不意に顔を向けた。

「あれ?あの人ディーバーじゃない?」

おう。

「なんだ?あの人がお前の好きな作家なのか?」

「あらあの人なの?」

「あうー」

それぞれにコメントをする父、母、娘。

うわあ気づかれた!動揺する私。

「・・・う。そうかもね。いや。そうですね。あのひとですそうそう」

そのままカフェを早足で店から出ようとするディーバー。ほっとする私。よかった。間に合った。て何が。

と、店を出るほぼ三秒前、突然立ち止まったディーバー。そして、連れの女性に一声掛けると、なんと踵を返してこちらに向かって来た。

そのままトイレに向かって一直線。

そのトイレの扉は、私達のテーブルの真横になる。

ディーバーはトイレのノブをガチャガチャと試すと、開かなかったらしく、そのままトイレが空くのを待ち始めた。

ここで追加の説明が必要だろう。

アメリカの、日本でも一部はそうだと思われるが、カフェやガソリンスタンドのトイレに入るときには、鍵を借りなければいけない時がある。

そのカフェも例外ではなく、トイレを使う場合には店員に言って鍵を貰わなければいけない仕組み。

ただ、今回の場合、問題がひとつ。

普通、鍵が必要なトイレの場合、扉に「使うときは、鍵を受け取ってからにしてね」というようなことが書いてあるか、トイレの使用状況が一目で分かるようになっている。

中から鍵がかかると、赤で「OCCUPIED」と出たりね。

なので、例えば私がカフェなりガソリンスタンドでトイレに入ろうとして、扉が「VACANT」となっているのに、扉が開かない場合は、鍵が壊れてるとか、扉を逆に開こうとしているのでないかぎり、店員に鍵を貰わなければいけない方式だと思って間違いない。

ところが、なぜかその店のトイレはちょっと違った。

店員から鍵を受け取らなければいけない方式なのに、見ただけでは空いてるかどうかも分からないのだ。

なんたる不親切。

読者をトリックにひっかけるのはお手の物のディーバーでも、まさかそんなトリックがあるとは気づかなかった模様。

トイレのドアが開かず、「鍵を受け取ってね」とも書いてない場合、「これは誰かが入ってるんだな」と思うのが当然。

私達のテーブルから1.5mのところ。

待ってても開かない扉を前に、ディーバーが立っている。

うわ。ピーンチ!ってなんで俺はこんなに動揺。

よく考えてみれば、ピーンチなのはある意味ディーバーのはずなのだが、そのときはそんなことまで頭が働かない。

予想通り、妻がこう言い出した。

「ねぇ。話しかけてみれば?」

「え。いいよ。トイレに入ろうとしてる人に声かけたくないし。」

本当の理由はそれだけでないが、今言って恥ずかしくないのはこれしかない。

「大丈夫だって。話しかけてみれば良いじゃない」

「だからいいって」

「なんで。良いじゃない?」

「いいったらいいのです。僕は現状に満足してるのです」

公園で子供が母親に「あの子達と遊んできなさい」と言われてイヤイヤをするが如く、恥ずかしさ60%、情けなさ30%を不機嫌さ10%でカバーしながらリアクションする私。

「なんだなんだ。恥ずかしいのか。」

妻だけでなく、追い討ちをかけてくる父。

「恥ずかしい」と言われて、「うん。恥ずかしいんだ」とは言えない。だって恥ずかしいじゃない。

「ねぇねぇ。ここのトイレって店員から鍵を受け取らなきゃいけないんじゃなかったっけ?」

なんか攻め方を変えてきた妻。

「そうですね」

「それとも誰か入ってた?あのトイレ」

「いや。さっき出てくの見たから、多分空いてると思うよ」

「じゃあ教えてあげなきゃ!ついでに、彼の大ファンで二年前にもサイン会に行ったこととか言えばいいじゃない!」

「え。いいって。いいってば。なんでトイレ待ってる人間にファンをアピールすんのよ」

なんだか泣きそうになってきた。

私が言われたくない台詞を、まるで私の脳みそを覗き込んで朗読してるのかのように、妻は的確に言ってのける。

「じゃあ私が言おうか?あなたが恥ずかしいなら」

「いや、やめなよ。やめようよ。そういうのは」

我ながら、30半ば過ぎた大人のリアクションとは思えない。

父が弱った鼠をもてあそぶ猫のような声で言う。

「へー!意外とシャイなんだなお前。俺だったら全然大丈夫だけどな。『よかったら御一緒しましょうか?』とか言っちゃうぞ。きっと」

何を言ってるんですかお父さん。

「まぁまぁ。恥ずかしいなら仕方がないじゃない。ねえ。」

とりなそうとしてくれる母の気遣いがまた恥ずかしく情けない。

一度「恥ずかしい」という袋小路に引きこもったら、そこから出ることは中々難しい。

自分の身内3人に、ジリジリと火で炙られてるような気分を味わいながら、ひたすら小声で「いいって。いいってば」と言い続ける私。

乳母車の中から、こちらを見つめる娘の視線までが、私を咎めてるような気がしてきた。

ジュウジュウと肉汁ならぬ冷や汗を流し続ける私に業を煮やしたのか、妻は不意に立ち上がると、ディーバーに近づくと話しかけた。

私には果てしなく遠く見えた距離を、たった3歩で詰めて。

「Mr.ディーバー。そこのトイレは店員に鍵を借りないと駄目みたいですよ」

一瞬驚いた様子で振り向いたディーバーに、妻は続ける。

「Mr. ディーバーですよね?実は私、二年前にサイン会でお会いしたんですよ」

あ。なんだなんだ。なんだその熱心なファンみたいな言い方は。俺に付き合って来ただけじゃないか。ディーバーの本も二冊くらいしか読んでないじゃないか。

ディーバーは笑顔で妻と握手をしてる。よく聞き取れないが、談笑すらしているではないか。

嫉妬が私の心をぐらぐらと煮え立たせる。

敗戦処理以下の行為と認識しながら、おずおずと妻の後ろに立つ私。

さも最初からいたような雰囲気で。負けられん。

いやもう負けてるんだけど。

「ミスターディーバー。お会いできて嬉しいです。私もファンです。」

「ああどうも。じゃあ後ほどまた」

トイレの鍵を手に入れ、扉の向こうに消えていったディーバーを見ながら、なんだかひどく惨めな気分な私がいた。

サイン会の様子については明日。

おいおい。>自分
【2008/08/25 15:18】 | 読書関連 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
子別れと脱構築
長いようであっという間だった、妻の産休は昨日で終了。今日から妻は職場に復帰しました。

同時に、娘のデイケア(託児所)も始まりです。

なので、今日は朝から娘をアメリカ人の赤子の群れに放り込み、そのまま妻をオフィスまで送って、こちらもアメリカ人の群れに放り込んできました。

なんだか手配師になった気分。

ロシア系と思しき、エライ訛りの強い保育士に抱かれた娘。そして、それを見つめる妻の心細そうな顔が印象に残ってます。泣きそうなのは後者の方でした。どっちかと言えば。

とにかく、お蔭様で、この約5ヶ月近くの間、私が無職なのを良いことに、生まれたばかりの娘と親子三人、とてもとても濃密な時間を過ごすことができました。

日本に一時帰国していた際の数日間を除き、文字通り四六時中一緒というのは、何とも得がたい経験。

惜しむらくは、肝心の娘がこの期間のことを全然覚えてないだろうということ。まだホヤホヤですからね。脳みそが。

そして、睡眠不足が続いたせいか、私達の記憶すら曖昧で、残ってるのはアホみたいに撮ったデジカメの写真の束くらいでしょうか。

話は変わりますが、妻がシカゴに留学してからの2年間というものは、私達夫婦としての絆をとても強くしてくれました。

異国の地、身近で頼れる人は配偶者のみという経験は、私達夫婦の関係を「パートナー」から「戦友」とでも言うべきものに変化させた気がしてます。

ちょっと言い過ぎかもしれませんが。ええ。ノロケてます。

まぁ実際、海外に住むことで夫婦の関係と言うものは変化しがちで、幸い私の身近ではありませんが、人によっては海外駐在やら留学によって、配偶者が「戦友」どころか「仇敵」とか「障害物」になったりしてさあ大変、という話もちらほら聞いたことがありますので、そういう意味では私達夫婦はラッキーだったのでしょう。

そして今回の産休。

いまふと考えてみるに、私達夫婦の関係は、この5ヶ月間の間でまた変わったような気がします。

ただ「家族」とだけ言ってしまうと、2サイズくらい大きいジーパンを履いた気分です。ベルトが必要。

娘を中心に再構築されたその関係は、何と名づけてよいのやら。

ぱっと頭に浮かぶのは、「殿の寵愛をめぐって争う大奥のおんな達、みたいな関係」という比喩ですが、なんか余りハッピーな絵ではないので見なかったことにします。

とにかく、私はこれから地下活動の続きにはいります。

取り急ぎ。

ではまた。
【2008/08/21 15:43】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
卒業式の思い出(2日目)
すっかり過去の話となった気もする卒業式。
もう書く時期を逸したように思えたので、いっそアップするのをやめようかとも思いましたが、諺にいわく、Better latte than never、飲まないくらいならラテでもいいじゃん、と申しますので、続きも書いてみる。

最早ディティールは記憶の彼方へ去ってしまいましたが、それでも残ったものにこそ何らかの価値があるのかも知れない。

多分無いけど。
ま。備忘録として。

<2日目>

今日は学部別卒業式、ようやくディプロマがこの手に入ります。

式は9時からですが、卒業生は写真撮影のために8時にはキャンパスに着いてなければなりません。

4時間という微妙な時差ぼけで体内時計が狂い気味の私は、両親とともにタクシーでエヴァンストンへ。

やや曇ってるものの、キャンパスは緑に包まれ、とても美しい風景。

去年は毎日色々な感情に揉まれながら歩いた道ですが、今ではここで学生をしていたことすらちょっと信じられない。

今こうしてガウンを着ているのすら、何かの悪い冗談のような気がしてくる。

それでも、集合写真を撮る場所に行くと懐かしい顔が。クラスメイトのAが受付をやってました。

「あらーtwitetta!久しぶりー!」

ハグとともにコングラッチュレーションでこんにちは。

「みんなあそこにいるわよ!」

指をさされた方向を見れば、見知った顔がいくつも。おお、やっぱり俺はここの学生だったのか。

小さな輪となって談笑している、クラスメイトの方に向かい、恥ずかしさを隠しながら挨拶してみる。

入学当初から良くしてくれたT、チームプロジェクトでいつも一緒だったS、辛いときに励ましてくれたS、
留学生にとことん不親切だったR、親切そうで、全然そうでなかったSなどなど、好悪入り混じる面々と抱擁の数々。

たどたどしい英語で久闊を叙してみる。

ちなみに「久闊を叙する」excite翻訳すると、"Hisashi is depicted."と出る。ヒサシ君て誰。

卒論どうだった?

3日前にOKもらった。サマリー送ったの昨日。

おお。私より重症がいた。

んな話をしているうちに、写真撮影の準備が始まった。

前列にドクター、中ほどにマスター、最後列にバチェラーという順序で並ぶ。

集合

どんな理由かは分からないが、個人個人で並ぶ位置すら指定済み。

白髪の中年カメラマンが、小さい脚立にのって叫ぶ。

「オーケー、じゃあとるよー。セイ セスピー!」

セスピ?なにそれ?

それが私の所属するSchool of Education and Social Policyの略称、"SESP"の正しい呼称と初めて知った。

ち、いままでずーっとエスイーエスピーとか言ってたぜ。

余談だが、私の学部はLearning and Oranizational Changeというのが正式名称。よって、以前も書いた気がするが、おなじNUの学生と話していて、どこの学部に通ってるのと聞かれようものなら、スゥと息を吸ってから、

School of Education and Social Policy のMaster of Learning and Organizational Change.

と一気呵成に言う必要があった。

まぁ大体の人はSchool of Educationあたりで聞く気を無くしたのか、じゃあ「先生になるんだ?」とか見当違いのコメントをくれたものだった。まあ良いんですがね。

写真撮影を終えて、そうかーセスピかぁと思ってる暇もなく、今度は卒業式の会場に向かう私達。

なんとなく心細かった昨日とは違い、クラスメイトと分かったような分からないような会話を楽しくしながら歩いていく。

心なしか、袖のビラビラも今日は風にそよいで明るい気分。

会場は初めて入る建物。てか、この広大なキャンパス、自分と関わりの無い建物以外は入ったことがないので、それも当たり前。

既に会場には卒業生の関係者が座っており、舞台もきちんとセッティングされている。

あの壇上でディプロマを受け取るわけね、とか思っていると、なにやらアナウンスが耳に入る。

「えーと。ちょっと問題がありまして。少々お待ち下さい」

なんじゃそりゃ。そう思っていると、アナウンス行った男性が舞台を降り、客席を横切って、ホールで待機する私達の隣を駆けていく。

彼の呟きが聞こえる。

「学長がいない。学長がいない。学長がいない。」

おいおい。大丈夫か。

遅れること5分ほど。舞台の下、オーケストラピットに待機する楽団が「威風堂々」を流し始め、卒業生入場。

私の列は、なんと私が先頭。なんか優秀な学生チックで気分が良い。

ただ単に逆ABC順にならんだのがその理由なのだけど。

拍手に囲まれながら、舞台最前列の椅子に並び、自分の名前を確認して着席。

するはずが。

なぜか私の名前が無い。てか、知らない名前が書いてあり。

一瞬、卒業できると思っていたのは何かの間違いだったのかと思ったら、その列の一列向こうに私の名前が。

どうやら誘導係が間違えたらしい。心臓が止まるかと思った。

開式の挨拶から始まって、ゲストスピーカーのスピーチやらなにやら。この期に及んで聞き取れたり、そうでなかったりする自分が恥ずかしい。

ちなみに、ちょっと印象に残ったのが、卒業生代表のスピーチ。

面白いことに、卒業生代表と言っても、必ずしも成績優秀者というわけではなく(もちろん限度があるが)、事前に応募されたスピーチ原稿から選ばれた生徒が話すことになっていた。

その彼のスピーチ。詳細は既に忘却の彼方だけれども、面白かったのがそのロジック。

テーマは「歴史に残る偉人になるにはどうするか?」というもの。

彼曰く、偉人とは、奉仕(serve)した人だと言う。

金銭的な見返り、社会的地位などといったものではなく、他人のために奉仕した人こそ、死してなお名が人々の中に残る。

つまり、私達も偉人を目指すのであれば、個人の栄達ではなく、人々への奉仕を忘れてはならないという。

えーと。

まぁ何と言いますか、彼の言いたいことは分かる。歴史的な偉人の中には、人々に奉仕した人が多いってところは。

だからって、偉人になりたかったら利他的になれと。いや、そもそも、偉人になろうってのが利己的な気が。いやすみません。忘れて下さい。

そんなことを思ってる間に、ようやくディプロマの授与。

学部ごとに、名前が読み上げられ、私も壇上に上がっていきます。

「あーtwitetta、やっぱ卒業駄目かも」

そんな台詞が漏れないうちに、音速を少し越えるスピードで壇上を移動する私。

ディプロマまであと三歩

学長との握手も気もそぞろに、記念品を受け取る手も危なっかしく、ディプロマを胸に抱く。

もう貰っちゃったもんねー返さないもんねー。

私が席に戻ったタイミングで、2列に渡って起立したクラスメイトとともに、再度列席者から拍手が送られました。

互いに笑顔で目配せをする私達。

卒業式を終えてもう1ヶ月以上経ちますが、この瞬間だけはまだ鮮明に覚えています。

きっと、私の中で何かが報われた瞬間なのでしょう。

こうして式は無事終わり。今度は、また移動してレセプション会場へ。

式の間に降り始めていたらしい雨も止みつつあり、少しずつ晴天が覗いてきました。

昨年妻に連れられ出席した、MBAのレセプションパーティーと比べるとちょっとばかり、いや結構質素なパーティーですが、払ってきた学費が違うのだからこればかりは仕方が無い。

会場の二階、石造りの広間で両親とともに食事を済ませると、、会場の外に出ます。

既にガウンとキャップを脱いだ卒業生と、その家族がそこかしこで談笑しています。
誰が誰やら

ちょっと外れたところで、私の学部の学部長を中心にクラスメイトが集まっているのを発見。

在校生も何人か来ていたり。おお懐かしや。

互いの近況を聞いたり、お世話になった先生方とおしゃべりや記念撮影などを行いつつ、互いの卒業を祝いました。

これにて私の卒業式は終了。

どうもご苦労様でした。

こんな記録より、二年間の振り返りを書くべきだ、と妻に言われてますが、そちらを書くかどうかは未定。

ではまた。
【2008/08/13 00:59】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
そしてアメリカに戻る
ご無沙汰しております。

一昨日、シアトルの我が家に戻ってまいりました。

心配だった帰りのフライト、予想通り満席ではあったものの、娘は飛行時間の80%を熟睡して過ごしてくれたため、大変快適に過ごすことが出来ました。

良い娘を持ったものです。

唯一の誤算は、娘が妻の腕のなかでしか眠らなかったことで、哀れにも妻は飛行時間の80%の間、人一倍大きい娘を抱いていなければなりませんでした。

シアトル・タコマ空港が近づく頃には、妻の両手が鬱血して腐れ落ちるのではないかと心配していましたが、なんとかもったようで。良かった良かった。

お蔭様で、娘を抱えた妻の隣で、私はDSでドラクエなんかする余裕すらありました。良かった良かった。

娘を必死に抱きかかえる妻と、横でゲームやってる夫、傍から見たらヒドイ風景でしょうが、私が抱いちゃうと娘が泣いちゃうんだから仕方ありません。

まぁそんな心暖まる話はさておき。

シアトルに戻ってまず驚いたのは、その素晴らしく乾燥した空気。

目が痛い程の晴天なのに、日陰に入れば涼しくて、汗なんざまったくかきません。

日本に帰るまでは当たり前だと思っていたこの天候に、いまさらながら感謝したくなります。

唯一感謝したくないのは、私達が帰国している間にも、ガソリン代は順調に値上がりを続けていたようで、3ドル50セントそこそこだったのが、三週間で4ドル20セントになっていたこと。勘弁してくれ。

夫婦して若干時差ぼけが残っており、娘も変な時間に起きたり寝てたりしてますが、とりあえず皆元気です。

ではまた。
【2008/08/03 01:09】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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