TWITETTA!

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
千年王国
確か岸田秀の表現だったと思うが、赤子というものは主観的には全知全能、客観的には無知無能だという。

つまり、主観的には自らが知らないことを知らず、また出来ないことも知らないため、彼/彼女は全知全能であるというわけだ。実際は正反対であるにも関わらず。

我が家に誕生した新たなる神。

そんな彼女の千年王国を維持するために、私たち夫婦は日夜、神の下僕として働いております。

ここは神の王国であるからにして、人間社会の一般的なルールは通用いたしません。

あらゆる交渉のツール、依頼、強要、譲歩、脅迫、懐柔、恫喝、懇願、泣き落とし、裏工作、根回し、袖の下、土下座。

そんなものは通用しない。妻はシカゴGSB、私はNorthwesternでネゴシエーションの授業をとったというのに、全く役に立ってません。BATNAとかボトムラインとか言ってる場合じゃない。授業料返せ。

ただひたすら、娘の生理的欲求、じゃなかった神の思し召しのまま右往左往するのみです。

娘が我が家のヒエラルキーで最上位に存在するということは、妻が授乳をするときの口癖からも証明できます。

妻は娘を抱きかかえ、母乳を飲まそう悪戦苦闘しながら、いつもこんなことを言ってます。

「社長!おっぱいですよ!社長!どうですか!おっぱい!」

授乳してんだか、歌舞伎町で呼び込みをしてんだか分からない。

娘をあやそうとする私は私で、子守唄をまだ良く知らないために、昨日は米米CLUBの「ポイのポイのポイ」という、チンピラ豆腐屋と主婦をテーマにした、どう考えても子供向きじゃない歌を歌いながら、娘を抱いたまま、2時間ほどグルグルと踊っておりました。午前3時に。暗闇の中で。

この唯一絶対神との生活を何とか調整し、多神教あるいは汎神論の勃興を待つにまでには今しばらくかかると思います。

ではまた。
スポンサーサイト
【2008/04/27 16:18】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
王座転落
あっという間に更新がおろそかになってしまい申し訳ありません。

主観的には娘が産まれてまだ数日か、くらいなもんですが、時間はあっという間に過ぎていきます。

私は相変わらず、娘を何かえらく高級な楽器か何かのように恐る恐る抱きかかえ、家の中を右往左往しています。

こちらの気持ちも知らず、肝心の楽器の方は、腕の中でウーとかギャーとか、調子はずれの音ばかり奏でて、一向に言うことを聞いてくれません。

それでも、数時間おきに楽器の下方についた米印(婉曲的表現)を濡れティッシュで丹念に拭きながら、えもいわれぬ多幸感を味わっておりますよ。

余談ですが、私達夫婦は同じ機種の携帯を持っています。

デザインはそこそこ格好良いものの、使い勝手は三流という典型的なアメリカン携帯なのですが、夫婦で同じ機種を使うというのは何かと都合が悪く、お互いにどっちがどっちなのか混乱することが良くあったり。

そこで、目印として、妻は携帯の壁紙に写真を載せてます。

なんだかノロケと思われると嫌なのですが、その壁紙は私の写真。

以前、カメラの性能を確かめるか何かのときに妻が撮ったもの。

いやはや、ほんとノロケてるわけじゃありませんよ。ええ。

そして今朝、ちょっとミルクの時間を確認しようと思い、近くにあった妻の携帯を開いたところ。

壁紙が娘の写真に変わってました。

まぁ、子供ができるってのはそういうことなんだな。きっと。

ではまた。
【2008/04/19 02:20】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
というわけで、子供が生まれました。
ようやく、うちの子を紹介することが出来ます。

こんにちは。
参考画像。


いや。この子じゃない。




午後9時過ぎ。

どきどきする私達の前に、ドクターヌードルマンこと麺男医師が、帝王切開にするかどうかの、最後の判断をすべくやってきた。

いつも通り、笑みを絶やさず、妻の様子を診断する。

「うん。いいねいいね。じゃあちょっとプッシュしてみようか」

ちなみに英語で”いきむ”はpushという。押すんだねぇ。一体何をだろう。

陣痛の強さを表すグラフが一旦底を打ち、再度上昇するタイミングに合わせて妻はいきんでみる。

ベッドの上、左の膝を看護師に、右の膝を母に抱えられた状態。

「ワーン!ツー!スリー!・・・ナイン!テン!はい上出来、上出来。もう一回プッシュしてみようか…さあプッシュ!ワーン!ツー!」

二回いきんだ妻の様子に満足したような麺男医師。看護師になにやら小声で指示。看護師の動きが慌しくなる。先生、それで結局どうするんですか。帝王切開になるんでしょうか。

今度は看護師が妻に言う。「はいじゃあ今度は3回連続でプッシュしてみて…。オーケー。……ナウプッシュ!ワーン!ツー!」

ぐぐぅっと力を集中させる妻、その様子を息を詰めて見守る私達をよそに、麺男医師は部屋の隅に向かうと、一見、壁のように見えてた棚を開き、青いビニールに覆われた台車を運び込む。

なんだか大事になってきた。なになに?一体何が起こるんですか、これから。

麺男先生が、台車から青いビニールを剥ぐと、そこに並ぶのは銀色に輝く医療器具。

「オーケー!エクセレント!グレートジョブ!さあさあこの調子で行こう!もう一回プッシュだ。ナウ、ワーン!」

ひょっとして…。もう出産が始まってるのか!

あまりの展開の速さに頭がついていかない。帝王切開がどうのって一体どうなったんだ。普通に産ませることに決めたなら、そう言ってくれよ。ぐらりと私の世界が揺れる。あわてて妻の左側に回り、膝を抱える私。ベルも鳴らずにいきなり発車したバスの中、よろけながら柱に飛びついた気分。

看護師に励まされつつ、妻はいきみつづける。黄色いデジタルの線で現れる波に合わせて、陣痛サーファーが水面を滑走。波に乗れ。乗り越えろ。

「オーケー・・・プッシュ!・・・ワーン!ツー!スリー!フォー!」テンカウントが繰り返される。

私も妻の母も声を合わせる。「ワーン!ツー!スリー!フォー!」コール&レスポンス。

とは言え、実際には“押す”対象の無い私達。数字を叫ぶ声に力を込めるのが難しい。ただ高らかに、朗らかに叫ぶのも気楽すぎる気がするし、はたまた本当にいきんでしまった場合、生来腸が弱い私だけが、何かひどく場違いなものを産み落としてしまい、現場に余計な混乱を招くのも避けたい。

なので首から上にだけ力を込めて、テンカウント繰り返す。ワーン!ツー!スリー!フォー!

ふと私の中である考えが浮かぶ。

「…このテンカウント、日本語のほうが妻は安心するのかも知れない」

そう思ったので方針変更。周りで響く声を無視して、一人だけ「いーち!にー!さーん!しー!」と声をかける。

エピドュラルのおかげか、妻の表情に苦しい様子は一切無く、筋トレをやってるような雰囲気すら漂う。悲痛さも必死さも感じられない。無痛分娩て凄い。

さっき来た波を四回のいきみで乗り越え、汗を光らせながら一瞬息をついた妻に声をかける。

「なぁ、なにかして欲しいことはないか?」

「……数を数えるの、英語でやって」

ごめーん。

ちなみにここまでの間、私は妻の左足を抱え込みながら、妻の顔とディスプレイ以外は努めて見ない様にしていた。

というのは、今年の初め、日本に一時帰国した際に出会った、ある友人が言った台詞のため。

彼は別れ際、新宿駅で私と握手しながら、ひどく真面目な顔で、妻の安産を祈る言葉とともにこう言った。

「いいか!出産に立ち会うなら、その間中、絶対に奥さんの顔だけ見てろよ!手を握って、『頑張れ!頑張れ!』と念じながら、奥さんの目を見つめ続けろ!何があっても、決してそれ以外に目を向けるんじゃないぞ!他のどこかで起こってる何かを見ても、絶対に良いことはないからな!そんなことをしても誰も幸せにならないぞ!」

…彼が出産に立ち会った時、一体そこで何を見て、彼の心にここまで深い傷を残したのかはよく分からない。

ただ、彼の様子があまりにも真剣だったので、このアドバイスを部分的に受け入れていたのだった。

しかし、人が皆、他人からのアドバイスを守るのであれば、世界はとっくにもっと良い場所になっていたに違いない。聖書が長く読まれ続けるのは、人がそれだけ教えを守れないという良い証拠。人間とは、たとえどんなに優れたアドバイスでも、簡単にはそれを守れないように出来ている。

そう。私はつい見てしまった。

視線を左に向けるにつれ、あー見ちゃいけないのかもなぁと感じながらも、その動きは止まらない。
「きっとロトの妻も、塩の柱になる前にはこんな気持ちだったに違いない」とか、そんなこともぼんやり考えながら。

そこで対面したものは、娘の後頭部。

うわっ!

友人のトラウマの正体など、どこかに吹っ飛び、私の目はもう首の近くまで出現していた娘の頭に釘付け。おいおい!こんなにあっという間なのか!早いよ!いくらなんでも早過ぎるって!

追い討ちをかけるように、妻のいきむ声が聞こえる。振り返ると陣痛を表すグラフは既に山の形すらとっておらず、波が水面にぶち当たって水飛沫をあげるように、ボロボロと崩れている。

と。もう一度向き直ると、なんとそこには既に、うつぶせに抱きかかえられた赤子の全身があった。

うぎゃ!

今のは、私の悲鳴ではない。

この世で初めての泣き声を上げた我が子。

「はいお待ち!」と言う感じで、妻の胸元に娘が乗せられる。

真っ赤な身体をくねらせながら、うぎゃうぎゃと泣いている。

周囲で湧きあがる歓声。

笑顔の妻。妻の母も当然笑顔。祝福の言葉をかける医師と看護師。

前に書いたように、私はここで何か素晴らしい、我が家の歴史に残るような感動的なリアクションをする予定だった。

が、あまりのことに何か神経が切れたらしく、涙も出ない。感極まって歓喜余って歓喜の歌を歌いだす、などと言うこともなく、ただただ茫然。そこには、出来たての塩の柱と化した私の姿。

おお。おお。おお。

泣きつづける我が子をみつめながら、言うべき言葉が見つからない。

何とかして、今のこの気持ちを表現しなければ。

「おお」「おお」という感嘆詞ばかりが溢れる私の言語中枢を必死で探り、そこに転がっていた、意味のありそうな言葉を拾ってみれば、それはこんな台詞だった。

「なんかいるぞ!ここに!」

いや、流石にこれは口に出せない。

他に転がってる言葉と言えば、

「お前か!」

まるで真犯人扱いのような台詞。こちらも祝詞には程遠い。

突如そこに現れた一つの命。正確に言えば、もう9ヶ月も前から妻のお腹の中にいたわけだが、主観的には、目の前にいきなりもう一つの世界が出現したようなショック。

この瞬間だけを切り取れば、この世界の中で一番若い、一番将来性に満ちた存在がそこにいる。

おお。おお。おお。

「ほら!へその緒へその緒!」

妻の言葉に我に返ると、麺男医師が私に向かって鋏のようなものを差し出している。うわあ。一体なんのつもりだ。

考える間もなく、銀色に輝く鋏を受け取る私。麺男医師は私の手首をつかむと、その鋏のうっすら開いた両刃の間に、へその緒を挟む。青みがかった白いコード。まさか、あなたこれを俺に切れと。本気ですか。

麺男医師は目顔で促す。

え。え。そんなちょっと心の準備が。ここで切っちゃっていいの?これ切ったら何か大変なことが起こったりしない?「あーあ。切っちゃったよ」とか言われない?少し考える時間が。検討する余地を。SWOT分析とか。俺に”Go or Not GO”の決断をするチャンスは無いの?こんなことになるなら事前に電話を。まずは交換日記から。知らない人にはついて行っちゃ駄目ってお母さんが。狼狽しすぎてよく分からない考えが私の脳内を駆け巡る。そんな思いとは裏腹に、私の指はしっかりと鋏の持ち手に絡みついており、ゆっくりとその刃を閉じようとしている。

あーあーあーやばい何か切っちゃう。切っちゃうよ俺。何か起こったらほんとごめん。世界が滅亡したらほんとごめん。

じょきん。

柔らかい中に、どこか鳥の軟骨のような感触をさせながら臍の緒が切れた。

結局、出産がいきなり始まってから、17分。これまでの待ち時間が嘘のように、予想以上のスピードで我が娘はこの世に飛び出してきた。

良かった。本当に良かった。

妻の顔には疲労の影も無く、「うーん。いまなら、もう一人くらい産めそう」そんなことを言うくらい元気。

気のせいかむくみも取れ、晴れ晴れとした笑顔が眩しい。まるで憑き物が落ちたような、ってなんて不適切な喩え。

3,690g  50.5cm

私が生まれたときよりデカイ。アメリカのせいだな。これは。きっと。おそらく。

何はともあれ、長い待ち時間と、本当にあっという間の出産を経て、こうして家族が増えました。

出産から24時間で退院させられるのが、アメリカの一般的なやりかたですが、生まれたのが午後9時を過ぎていたこともあり、結局その後2日間滞在し、土曜日の午後に病院を後にしました。

これを書いてる時点で、生まれてからもう7日経ちます。体温が低かったり、黄疸が出たりしてますが、娘は元気。蒙古斑も青々としてます。春だからですかね。良く眠り、良く泣き、良く飲み、良く出します。出しまくりです。誰か止めて!

産まれた直後は、もしやこの子は福禄寿の生まれ変わりだろうかと思ったほどに長かった頭も、ノーマルな大きさに戻りました。いや残念。

同様に、顔があまりに間寛平に似ていたため、妻などは、もしやこの子は間寛平の生まれ変わりではないかと焦ったそうですが、数日経ったらそうでもなかったようで。そこは安心。

これまでのところ、私は父親としてまったく良いところをみせることもなく、オムツを替えるのすらへどもどしてますが、まぁなんとかなるでしょう。多分ね。

今はただ、トレーナーに娘のオシッコをかけられたり、手にウンチをつけられたりしながらも、将来、娘が大きくなったら、この日の出来事を教えてあげようと楽しみにしています。

まず最初に教えたいのは、この出産にあたり、私がどんなに男らしく振る舞い、誕生した瞬間に妻と娘にかけた言葉で、どれほど周囲の人間を感動させたかとか。その他いろいろ。

夫として参加し、父親になって終わった、いや始まったのか、我が家の出産日記はこれにてお仕舞い。

ここまで、私達家族の、長い長い一日について書いた、長い長い日記に付き合って頂き、ありがとうございました。

それでは、また。

ただいま、将来性しかありません
【2008/04/03 21:47】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(28) | page top↑
シーザーの制裁
文字だらけだと味気ない気がしてきたので、写真を載せてみる。

両親学級のために通っていた近所のコミカレ、その教室で撮った一枚。

子宮の中でさまざまな姿勢をとる、胎児の素敵なイラストが。

胎児百態。いやそんなにいない。
(↑クリックで拡大。)

うちの子はこんな感じで収まってるわけですな。

さて、ここからが続き。

とうとう、帝王切開になる可能性が出てきた。

この時点で妻の子宮口は6~7cm。出産には10cmが必要だそうだが、また3cmほど足りない。

そして時刻は7時。子宮口は1時間につき1cmくらい広がるらしいが、残り時間は2時間ほど。ギリギリか。微妙だ。

別に帝王切開に文句があるわけではない。

私の友人知人でも、帝王切開で元気に複数の子供を生み、素敵な家庭を築いている方は沢山いるし、自然分娩じゃなきゃ嫌だという気持ちもない。

どんな形であれ、母子に負担が掛からないなら、それが何より。極端な話、シーモンキーのように種を水槽に入れて子供ができるなら、そっちの方が良いとすら思う。

ただ、これだけ長いこと苦しんだ妻が、突然の帝王切開という展開にストレスを感じるのではないか、ということだけが心配だった。

そして、きっと被害妄想なのだが、「何時までに間に合わなかったら帝王切開」という進み方が、どうも病院の都合優先のような気がしてしまい、それが気に食わない。まぁ破水している以上、仕方の無いことなのかも知れないけれど。

回診に来た看護師に、無理は承知で意見を求める。このままいくと、どれくらいの可能性で帝王切開になると思う?

「んー。あくまで決めるのは先生だけど、私の経験だとフィフティー・フィフティーってとこかしら」

50%。意外に高いな。

ベッドに横たわることに疲れきった妻は不安そう。そりゃそうだ。

「たとえc-sanctionになっても大丈夫だよ」

そんな言葉しかかけることが出来ない。ちなみにc-sanctionとは英語で帝王切開の意。cはCaesareanの略。シーザーがこの方法で生まれたことから、「帝王」切開と呼ばれるそうで。

「ちなみに、c-sanctionじゃなくて、c-sectionね」

そうでした。c-sanctionじゃシーザーに処罰(sanction)されてしまう。この状況でも私の英語に訂正を入れられるなら、妻は大丈夫か。

ブログにも訂正をしておこう。

というわけで、上に得々と書いている”c-sanctionは英語で帝王切開の意”の部分について、正しくは"c-sectionは英語で帝王切開の意”であると訂正させて頂きます。ご迷惑をおかけしました。

話を戻して。

夫である以上、私もこの出産の当事者であるのだが、本当に私には出来ることが何もない。責任はあるけど、権限はない。いや権限はあるかもしれないが、能力がない。間違って昇進してしまった中間管理職のような気分だ。

客観的に何も貢献できない私は、主観的には少しでも状況にコミットしようと試みる。

椅子を妻のベッドに横付けて、座る。

ディスプレイでは、胎児の心音と、妻の陣痛の強さを表す2本のグラフはひたすらに上下上下を繰り返している。

その下にはハートマークとともに点滅する胎児の心拍数。

150

155

153

150

静かな病室で、ひたすらグラフと数字を見つめ続ける。

子宮口の広がりも大事だが、胎児の位置も重要。子宮の中で、胎児は身体を回転させるようにして骨盤を通り抜け、生まれてくるという。ぐるりんと。

当然、その準備運動によって、胎児の心拍数は上昇。モニターしているグラフと数値にも変化が見られるにしい。

これらの無機的なグラフと数値だけが私達に今後の展望を教えてくれる。ような気がする。

実際、入院したときには138前後だった胎児の心拍数は、今はもう平均で150台。親である私が無力なのにも関わらず、お腹の子供は誰の力も借りず、なんとか世に出ようと頑張っている。

将来、「産んで欲しいと頼んだ訳じゃない!」とか言われたら、「いや。お前、結構頑張ってたよ。知らんだろうけど」と言ってやろう。

154

157

160

155

刻々と変化する数字を見ている私。つい、そこに何かの意味を見つけ出そうとする。

さっき一瞬、170になった。きっとこれはお腹の子供が本気を出し始めたに違いない。近いぞ。

120。きっとこれは子供の動きが激しくて、モニタリングが正しくできなかったに違いない。近いぞ。

数字がどっちに転んでも、より望ましいほうに、つまりは出産が近いほうに解釈する。

これではまるで、パチンコに嵌った人が、ルーレットの数字のどれを見てもリーチ目だと思い、大当たりが近いと信じて大枚をつぎこんでしまう精神構造と同じではないか。そんな場違いな考えが頭に浮かぶ。妻はパチンコ台か。少なくとも、目押しが出来ないのでパチスロではないのは確か。

幸いなことにこのゲームではお金もパッキーカードも必要ではない。必要なのは、そのどちらでも買えない時間だということだけ。

ただひたすら、数字とグラフを眺め続ける。

見つめること1時間。なんだか数値に変化が出てきた。

いつの間にか、心拍数は170台が平均に。心音をモニターするグラフも切れ切れの部分が目立ち始める。胎児の動きが活発になってきたのか。

エピドュラルをたっぷり注入されてるはずの妻が、お腹に違和感を感じ始めていた。

陣痛の強さを表すグラフも、これまでは75を頂点にした山脈だったのが、100の目盛りに触れるのも珍しく無い。

これは良い兆候に違いない。頑張れ頑張れ。

やってきた看護師も、そろそろ出産が近いことは認めるが、帝王切開になるかどうかについてはあくまで先生の判断だとして、確かなことは言わない。

そして、とうとう最終的な判断をおこなうため、麺男医師が登場。

さてどうなることやら。

<次回で終わり>
【2008/04/03 20:09】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
妊婦百態
延々と書き続けているこの出産記録。

読んで頂いている方の中には、「いい加減、長すぎる。こんなん読めないよ」と言われそうですが、私の拙い文章で、私が経験した内容をきちんと伝えようとすると、こうなってしまうわけで。

も少し言うと、このうんざりするほどの長い長い長い時間が、夫である私が妻の出産において感じた最大の出来事とも言えます。

なので、このエントリを見た人が、たとえマウスのホイールを軽く上下させてこのブログをスクロールして「うわ。長ぇな。」という感想しか持って頂けなかったとしても、そこでその人が感じた「うんざり感」というものは、私が妻の出産までに感じた「うんざり感」と意外に近いじゃないかな、などと思ったり。ええ。詭弁ですがね。

というわけで、もう少し私達の「待ち時間」にお付き合い下さい。

昼近く。おばちゃんが就寝時に被るようなビニールキャップと、手術着を身にまとい、麺男ことドクターヌードルマンが再登場。

妻の様子を確認。いまだ子宮口は狭く。産道はむくんでいるとのこと。そりゃー身体がこれだけむくめば内臓(?)だって腫れるに違いない。

ここで麺男から情報が。確かなことは言えないが、大体、破水させてから実際の出産までは12時間くらいかかるらしい。

てことは。妻が破水したのは午前9時ごろなので・・・出産は午後の9時か!あと9時間!先に言ってくれ!

朝方、昼過ぎくらいには産まれてるんじゃないかと思っていた私たちは、自らの見立ての甘さに愕然とする。

特に可哀想なのは妻。すでに昨日導入されたエピドュラルも点滴も空になっており、二袋目に突入済み。彼女の身体はひたすら膨らみ続けている。それ麻酔薬とかじゃなくて、イースト菌とか入ってない?

うっかり事前に外し忘れていた結婚指輪は、ありえないほど薬指に食い込んでおり、指輪の下の皮膚が黒ずむほど。

これじゃ、指輪を切らなきゃいけないかも・・・と心配する妻に、そんなもん気にするな、大したことはない、と元気づける。

もし結婚指輪が駄目になったら、スイートテンダイアモンドでも何でも買ってやるつもり。もちろん本気だ。ええ。妻の金で。

病室にいる私達3人には何もすることは出来ず、動き続けるのはベッド脇のディスプレイを走る2本のグラフと、刻々と変化する心拍数のみ。

妻の陣痛は次第に強くなってきている模様。麻酔のため妻が感じる感覚は鈍いが、ベッド脇のディスプレイを走るグラフが描く山はやや高くなり、山と山の間の平地も短くなってきているような気がする。

ひたすら待つ。ただそれだけ。

こんな話がいつまでも続くのも、読んでる方にとっても、いい加減退屈だと思ったり。最初に書いたとおり、これが本当のところなのですが、流石に申し訳ない気もするので、ちょっとの間、余談。病室の様子を書いてみる。

ホテルの一室然としたこの病室だが、そのなかで異彩を放つものがひとつ。

それがこれ。(クリックで拡大。以下も同様。・・・してどうすると言われても困る)

妊婦曼荼羅


一番上に書いてあるのは、Positions for Laboring Out of Bed。 ベッドを使わない出産姿勢 とでも訳すのか。

このボードにはさまざまな出産のスタイルが素敵なイラストとともに紹介されている。

妊婦のいる風景


立った姿勢。壁によりかかったもの。椅子にもたれかかったもの、机に突っ伏したもの、いや本当にさまざま。出産曼荼羅と言った感じ。

仰向けに横たわり、股を開いて出産というのは、世界的に見れば意外に少数派という話をどこかで聞いた覚えがあるが、実際この病院においても、出産時の姿勢は本人が一番楽だと思うものを選んで良いことになっている。

そんなの、初めての場合は何が楽かなんて分かるかい、という、そういう人のための案内板なのかも。

にしても、そこで紹介されているものには、なかなか面白いものが。

たとえば、これ。

気軽にお家でダイエット!


バランスボールみたいのに乗ってる。えーと。出産するんだよね?鍛えてる場合じゃないのでは?てか、この姿勢でどうやって産むの?随分楽しそうだけど。

こんなアクティブなのとは対照的なのがこれ。

倦怠期


お母さん、何もかも嫌になってしまったようです。不貞腐れてる。

お父さんが仕事から帰ってきたら、夕飯の支度もされておらず、「おかえり」も言わない肥えた妻は、ソファーでテレビを見ている。百年の恋も冷める瞬間だな。これは。

そして、一番インパクトがあったのが、これ。

やさぐれすぎ。


たぶん水中出産を紹介しているのだと思う。実際、この病室には専用の浴室もついており、希望者には水中出産ができると聞いた。

いやしかし・・・これはなんだろう。

これは出産に臨む妊婦というより、若いツバメをはべらして、ジャグジーに浸かりながら、酒をラッパ飲みしてるマフィアの女ボスにしか見えない。

マイアミバイスとか、そこらへんの刑事ドラマに出てくるのが良く似合いそう。

この女性の剣呑な目つきがまた。

文句あんのかコラ。


「おう、あんたうちのシマにちょっかいかけて、ただで済むと思うなよ」

そんな台詞が似合いそうだ。

ボードを見て、そんな想像を膨らませるしか、今の私にはすることがない。

1時間ごとに看護師が来ては、妻の状態をチェックする。やはり陣痛は強くなっているが、まだまだ遠い。

妻のエピドュラルはとうとう三袋目に突入。取り替えてくれた人からは「おー新記録だね!」などといわれる。全然嬉しくないよ。

と、夕方になり、嫌な話が。

このままの状況が変わらなければ、今晩にも帝王切開になるらしい。

なんと。

<つづく>
【2008/04/03 15:57】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
麺男が遅れると、妻がふやける
目が覚めた瞬間、軽く見当識を失っていた私。ここはどこだっけ?

冷たくて硬い木製の安楽椅子でうつらうつらしていた筈が、いつの間にか妻のベッドの足側で、T字を描くように簡易ベッドが設置されており、その上で目覚めた私。

簡易ベッドに移ったことすら覚えてない。

時刻は午前5時頃。妻と妻の母は既に起きていた。良いご身分ですな私は。

見ると、妻は昨夜の苦難が嘘のように、落ち着いた表情になっている。エピドュラル万歳。

現在の状況を尋ねると、主治医が来るのを待って、今後の予定を決めるという。主治医はもう間もなく来るらしい。医者は早起きですね。大変だ。

とりあえず強張った身体をぐるぐると回し、来るべき時にむけて気合を入れなおそうとする。

昨夜の大騒ぎで天井を突き抜けた私のテンションは、一眠りしたためか地に潜ったらしく。
なんだか今は、ひどく拍子抜けした気分。

猛烈な便意に襲われてトイレに駆け込んだものの、便座の冷たさに驚いて引っ込んでしまった時のような、妙に静謐な気分です。ってもう少しましな喩えは無いのか。

妻のベッドの横にあるディスプレイでは、二本の折れ線グラフが左から右に流れ続けている。上が胎児の心音、下は陣痛の強さを表している。

どちらもなだらかに上下を繰り返しているが、上のグラフの方は、胎児が子宮の中で動くたびに破線となり、しばらくするとまた繋がった線に戻っていく。

今はボリュームが絞られているため、はっきりとしてないけれど、よく耳を澄ませばずくずくと打ち続ける胎児の心音が聞こえるはず。

一夜明けて、少なくとも状況は悪くなってないようだ。と素人判断を根拠に安心する。

妻と妻の母親、三人でとりとめもないことを話しながら、主治医の到着を待つ。

さて、今日産まれることはまず間違いないだろう。何時頃だろう。

主治医はもう間もなく来るというから、早ければ昼前なんてこともあるかもしれない。間違いなく夕方までには終わってるはず。どきどき。

まだ見ぬ我が子の様子を思い浮かべたり沈めたり。

が、主治医はなかなか来ない。6時になり7時になり。

日本の実家にこれからの予定(は未定であること)を伝えようと、携帯電話を片手に病室を出て、廊下を歩いていくと、よその病室からは、きっと私たちが寝ている間に産まれたであろう赤子の「ひぎゃひぎゃ」という泣き声が聞こえてくる。

その、おろしたての声帯が震える音を聞いた途端、涙腺が緩んでしまった自分を発見。おいおい。敏感過ぎないか俺。

というか、他人の子供でこんなになってしまうのなら、自分の子だったらどうなってしまうのだろう。号泣?むせび泣き?横隔膜に変な癖がついてしゃくりあげたりするのだろうか。それは流石に恥ずかしい。

何かこう、事前にシミュレーションをして威厳のある態度を決めておくべきだろう。

思えば、妻に妊娠を告げられたときもそうだった。

格好良いリアクションも、妻の心をわしづかみにするような感動的な一言も言えず、唖然呆然大自然。

口をポカンとあけて毛穴を開き、光合成を始めてしまいそうな勢いで固まるという醜態をさらしたではないか。できれば今回はそのような事態は避けたい。

産まれるまでに、何か良いアイデアを考えておこう。そう心に決めた。

病室に戻ると、まだ主治医は来ていなかった。看護師によれば、我らが主治医は9時から別の患者の帝王切開の手術が入ってるため、間違いなくその前には来るとのこと。なにそれ。9時ってあなた、もう2時間もないよ。そんな簡単に産んでしまえるものなの?

得られる情報はほとんどなく、看護師も自らの考えは滅多に言わないため、1時間先の状況も予測できない。

不安に駆られると、人間は誰しも疑心暗鬼になる。今回、私たちの鬼は主治医に向かった。

ここまで10ヶ月近く診察してくれていた先生。その名はドクター・ヌードルマン。無理矢理訳せば麺男。

いつも笑顔、白衣の襟から白髪交じりの胸毛を覗かせながら、落ち着いた声音で喋る彼。

とても良い人らしいというのは分かるのだが、どうも時間を守らない。

これまで妻とともに診察に行ったとき、時間通りに始まったことは皆無。30分待ちはざら。

病院というのはそういうものだよ、という意見もあるだろうが、数回、他の医師に代理で診察してもらったときには、すべてものの見事に時間通りだったため、どうもその説は取れない。

また、これまで妻が妊娠について抱えていた不安や懸念について尋ねても、「オーケーオーケー。ノープロブレム。何も心配はいらないよ」としか言わないという彼の態度も、私たちの彼に対する不信感がつのる原因であった。まずはその胸毛をしまえと。いやそれは関係ない。

この期に及んで主治医への不信感もないだろうが、不安な状況においては何かを蹴飛ばしたくなるのが人情。イライラし始める。

待っていることに痺れを切らし、状況確認のためナースセンターまで。エクスキューズミー。麺男をずーっとまってるんだけど。

看護師は麺男の名前を聞くと、ちょっと苦笑しながら言う。「あーあの先生はねぇ…。何回もポケベル鳴らしてるんだけど…。まあ良くあることなのよ。大丈夫だから」

良くあることってなんですか。もう一回呼んでみるから、という回答で話を打ち切られ、病室に戻る私。なんだか不安になってきた。

うろうろと動き回れる私とは違い、妻は背中からエヴァンゲリオンのように大事なコードを生やしているため、不用意なことは出来ない。

寝返りひとつ打つにも、看護師を呼んで、手助けしてもらう必要がある。ってことは当然、ひとつの姿勢でいる時間が長くなるわけで。

麻酔で陣痛の痛みは無いとはいえ、ひたすら同じ姿勢で待つ、というのもひとつの苦行。

さらには、妻の身体には点滴と陣痛促進剤の袋も繋がっており、これらが妻の身体を凄い勢いで浮腫ませていく。

手足は水を吸ったスポンジのようにパンパンにふくらみ、手に至っては、もはやグーの形にすることも出来なくなってきた。

不憫な妻。

大体、遅れてのびるんだったら麺男の方だろうに、妻のほうがふやけるというのはどういうことだ。

長い長い待ち時間を過ぎて、9時5分過ぎ。主治医が登場。

「ハーイ、ヤムリンゴー。調子はどうだい?」

見れば分かるでしょう。すっかり汁をすってのびてます。てか、あなた手術は?

私の内心の呟きをよそに、彼は妻の状況を診察。子宮口が1.5cm、子宮の位置はマイナス1cmとのこと。ん?なんか子宮上がってませんか?

「んー。あんまり変わってないねぇ。とりあえず破水させて、様子を見ようか。」

医療器具を取り出す麺男。

妻破水。そして出血。

予想以上の、ってそもそも破水を見るのも初体験なので、予想も糞もないのだが、意外な程の出血量に驚く私。でも妻の視界からは見えないらしいので、動揺させないように黙っておく。破水ってこういうものなのだろうか?破血って感じだ。

「さてさて…。じゃあまた見に来るよ」

来たと思ったら即座に退場する麺男。えええ。そうなの?いや、あなたに帝王切開の手術が待ってるのは分かるけど。破水させてから他の患者の手術ってあるの?てか、あなたその手術にも遅刻してるみたいですが。

クエスチョンだけが増えていき、いまひとつ流れが見えないまま、また、まんじりともせずに待つ時間が始まる。


<つづく>
【2008/04/03 10:20】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
牛と麻酔薬
ブログには書いていませんでしたが、妻の妊娠が分かったのは去年の夏。

就職していきなり産休という、日本だったら詐欺師扱いされそうなシチュエーションからスタートした妻でしたが、幸いにもここはアメリカ。出生率が2.0を超えるのは伊達じゃありません。

職場の上司を含め、本当に身重の妻をサポートしてくれました。日によっては、Work from Homeという、在宅勤務ができる職種だったのも幸いだったと思います。

それにしても、妊娠による精神的な変化に加え、日に日に大きくなるお腹を抱えた妻を、毎日仕事場まで車で送迎するってのは、なんだか自分が酷く非人道的な行いをしているような気持ちがしてました。

当時、思わず口ずさんでしまう歌は決まって「ドナドナ」だったと言えば、私の気持ちが分かってもらえるかもしれません。

妊娠当初は、陣痛が来るまで働く、と豪語していた妻ですが、さすがに40週を迎えてからは在宅勤務をメインにし、体調の変化にとまどいながらこの9ヶ月を闘い抜いて来ました。結局、予定日の3日前まで働いたことになりますか。

妻は「3月生まれって良いじゃない?だから私はなんとしても、3月中に産むつもり」

いまひとつ理解できない。そんな妻の固い意志とは裏腹に、我が子はギリギリまで妻のお腹の中に居座ることができました。

そして迎えた出産予定日。話に聞くと、予定日通りに出産を迎える妊婦は、アメリカ全体でも6%に過ぎないそうで。いやはや、几帳面な子供。

ここから前回の続き。

病院につくと、二・三歩歩いてはお腹に手を当て立ち止まる妻、心配そうに背中をさする妻の母。

両手にバッグ、背中にリュックを背負い、まるで疎開するかのような格好の私は、二人を先導しながら病室に向かう。

部屋番号は609。

先月参加した両親学級でも見学に来ましたが、ここの病室は本当に病室らしくありません。大型液晶テレビはもちろん、各種AV機器、専用のトイレにジャグジーまで完備していて、中央に据え置かれたベッドを見なければ一見ホテルのよう。

実際、これはLDRルームと呼ばれるもので、この一室でLDR、つまりLabor(陣痛)、Delivery(分娩)、Recovery(回復)すべてを行うというコンセプトで作られてます。そうなると、妊婦がここで過ごす時間というのは長くなるので、どれだけリラックスできるかということが重要になります。

各種設備を堪能する余裕も無く、妻は横たわりウンウンと唸る。早速看護師が健康状態をチェックします。子宮口は1.5センチ。子宮は-2センチのところまで降りているとのこと。

3日前にチェックされたときに比べ微増。何にせよ進捗があるのは良いですね。

小刻みに押し寄せる陣痛に耐えながら、妻が言いました。

「なんかね……。さっきから陣痛が来るたびに、なんか頭の中にあるイメージが浮かんでしょうがないの」

どんなイメージ?

「牛」

牛?

「納屋の奥で……牛が出産してるシーンてあるじゃない。…周りで何人もの人が見てて。……牛がヒーヒー言いながら子牛を産もうとしてるやつ。なんかプルンとした羊膜とか出ちゃってるような……それ……今の私はまさにそんな感じ」

じゃあ俺たちはゴム長靴に、手袋して、野球帽とかかぶってるほうが良いのかな。

「そうそ……いたいたいたい!ひーひーひー!」

我が家の牛が悲鳴を上げる。ああかわいそうな花子。がんばれがんばれ。

妻の呼吸を誘導すべく、妻の母と私も一緒に大きく呼吸。フーフーヒー!フーフーヒー!

苦痛に顔をゆがめる妻が哀れで、つい手を、肩を、背中を撫でてあげたくなる。

「お願いだから触らないで!」ああごめんなさい。

やっぱり肉体的接触は駄目らしい。だって出産中の牛は凶暴になっているから。

じゃなくて、出産本にもそんなアドバイスがあったような。「妊娠中、パパはママに邪険にされても傷つかないようにしましょう」

なるほどね。妻の陣痛バリアが私たちを拒絶する。

出来ることはと言えば、自らのこの吐息のみ。ならば吹き消せ妻の痛み。

妻の母親と二人、妻がキャンドルのついたバースデーケーキだったら、蝋燭ごとなぎ倒しているだろうという勢いで息を吹きかける。フーフーヒー!フーフーヒー!深く深く。長く長く。

陣痛をモニターする黄色の線が、一定時間ごとに上昇する。それに合わせて妻は痛みの渦で身を絞り、溺れまいと身体を丸める。

看護師が妻の下腕を持ち上げ、IV(点滴)の針を挿入しようとする。華麗に失敗。だくだくと流れる血。おいおい。

何事もなかったかのように血を拭い、今度は手の甲にブスリ。いてててて。妻が呻く。

看護師に通じぬよう、日本語で妻がつぶやく。

「私、いままで点滴で失敗されたことないのに。なんて下手糞なんだこのナース」

そんな呪詛で口元を、血痕で点滴針の周囲を汚しながら、引き続き痛みに苦しむ妻。ヒーヒーヒー!

今度は、妻をニンテンドーDSに見立てて、私も一生懸命息を吐きつける。フーーーフーーーヒーー!

あっと言う間の3時間。妻は汗だく。私は酸欠。目の前がチカチカしてきた。

ようやくOKが出て、エピドュラル(硬膜外麻酔)を注入することになる。

麻酔医到着。毛深い白人の中年男性。

「いままでエピドュラルについて説明を受けたことはありますか?」

ありますあります。顔をしかめながら答える妻。いいから早くやってくれ。妻が全身で訴える。

上手い具合に背中が麻酔医の方に向けられるよう、みんなで妻の身体を調整する。横向きのまま、両膝を持ち上げて、背中を丸めて、なるべく”C”になるように。

ラテックスの手袋をパチンとさせながら、麻酔医が口を開く。

「さて……いままでエピドュラルについて説明をうけたことはありますか?……ってさっき聞いたな」

問いかけから独り言へ。大丈夫ですかあなた。ちょっと不安になってきた。

むき出しの妻の背中を消毒した後、なにやら細長い管をブスリ。そしてもっと剣呑な見た目の、針だかドリルだかをさらにブスリ。怖いので直接見れない。いま妻が痛がってるのは陣痛なのか麻酔針のせいなのか。

麻酔医が細長い、先端はスイッチ、お尻にはコードのついた機器を妻に渡す。

「このボタンを押すと、麻酔薬があなたの身体に注入されます。痛いと思ったら何回でも、好きなだけ押して良いですよ」

ああこれか。これまた両親学級で習った覚えが。つい口を挟んでしまう私。

「あのーこれって、何回押しても、結局トータルで出てくる量って決まってるんでしたよね?七回分くらいでしたっけ?」

麻酔医は、何だか100円ショップの店長が原価をバラされたかのような、ちょっと迷惑そうな顔をしながら言う。「うんそうね。そんな感じ」

知ってることをついアピールする癖は幾つになっても治らないな、と反省する。

ほどなくして、妻の眉間の皺が溶け始める。プラセボなのか本当に麻酔が効いているのか。何にせよ、彼女がこの痛みから解放されるなら何でも良い。

先程までは頑なに触られることを拒否していた妻は、私の手を握り、呼吸を整えながら目を閉じる。やっとウェルカム人間関係と言う事か。

陣痛バリアが霧散するのに合わせ、私と妻の母の緊張も解け始め、じんわりと疲れが麻酔のように回ってくる。眠気も襲ってきた。

妻が落ち着いたのを見計らってから、私たちも仮眠をとることになった。戦いはまだこれから。

<つづく>
【2008/04/03 02:08】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
運転手は僕だ。
今日か、今晩か。それとも明日か。

3月中のプロジェクト終了を目標に、日々、説得と脅迫いや懐柔に努めた妻の努力は無駄に終わり、迎えた4月2日。

ここのところ、妻は奴の存在に悩まされ続けてきた。

奴は気まぐれ。急に顔を出したかと思うと、「いや、邪魔したね」と言って去り、待っているときに限って、遅れて来たり。妻の気持ちなど頓着しない。

本当に苛立たしい。次の予定くらい教えてくれも良いのに。

イライラした気持ちを眉間に閉じ込め、私の腕時計を机におき、奴が来る頻度をメモする妻。

日本では10分間隔になったらもうOKらしいのだが、アメリカでは5分らしい。

5分、5分、4分と続いて、いよいよか、と思うたびに次は10分後。まるで私たちをあざ笑うかのように不規則に奴はやって来て、去っていく。

日本から来てくれている妻の両親&姪もそわそわ。

妻の母親は、いつでも出て行けるよう腕にぶらさげた上着を置くことも忘れ、私は右手に握った車のキーがすっかり温まってることに気づく。

5分、5分、5分、5分、5分。

これか?これなのか?信じて良いのか?信じちゃうよ?

意を決して妻が電話。

先月参加していた講習で、先生が言っていた、

「電話したときに、向こうから『歩ける?』と聞かれて、『歩ける』って答えたら『じゃあもう少し待って』と言われるから気をつけて。なんだったら嘘でも『歩けない!』って言ってもいいから」

そんな冗談とも本気とも分からないインストラクションが脳裏に思い出される。

妻は電話に向かって奴が来る間隔を説明する。ええ。5分間なんです。1時間くらい続いているんです。

向こうの回答。

「ああそう。あなた喋れてるのね。じゃあ、もう少し待った方が良いわね」

しまった嵌められた。いやそういうつもりじゃないだろうが。

まだですかそうですか。意気消沈してベッドに飛び込む妻。

うううううっー。ぜえぜえはぁはは。ひぃ。

リビングで、まんじりともせず座っている私の耳に、遠く寝室から聞こえる妻の苦痛の声。まだですか。

更に1時間後。

5分間隔だったのが、3分間間隔に。これか。これなのか。今度こそ、そうなのか。

先程の教訓を活かし、っていうかもう電話をかけることすら出来ない妻に代わり、私が電話。

こんなときでも英語で電話するのは嫌い。

ハーイ、アイムヤムリンゴのハズバンド。イヤーイヤー彼女痛がってて、もう大変。今からそっちに行っていい?

「彼女は喋れるの?」

喋れないからミーが話してるアルヨ。もう行ってもいい?

担当から折り返すから、彼女と話してみて。オーケーオーケー。

数分後、私の携帯が鳴る。

「今、どれくらい?」

もう3分間隔だよ。彼女は起き上がれないよ。言い遅れたけど、私、ヤムリンゴの夫よ。もう行ってもいい?

オーケー。用意して待ってるからこっちに向かって。

時間を見ると、日付が予定日になる約15分前。なんて几帳面なんだウチのは。

妻の父、そして姪に見送られ、ここ数ヶ月、入念に練習していた通り、慎重に車を走らせる。

運転手は僕だ。妊婦は妻だ。そして4月3日は予定日だったのだ。

<つづく>
【2008/04/02 23:15】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
4月2日(水) 夕方からの記録。
ノートの記録より。

19:12から
 ↓
<中略>
 ↓
22:28
 ↓
22:33
 ↓
22:43
 ↓
22:48
 ↓
22:53
 ↓
22:58
 ↓
23:05
 ↓
23:11
 ↓
23:18
 ↓
23:24
 ↓
23:27
 ↓
23:30
 ↓
23:34

もうここら辺で良いでしょう。

さあ、行こうか。
【2008/04/02 09:13】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。