TWITETTA!

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賽の河原でキャッチボール
私の記憶が正しければ、最初のペーパーに教授がくれたコメントの数は42個だった。

ぶつぶつと戯言を垂れ流している私のペーパー、その右端にびっしり並ぶ吹き出しの数々。

その書き出しは、几帳面な教授の性格を反映しているのか、全て私への呼びかけから始まっている。

「twitetta、ここの部分、論理構造が矛盾してる。書き直さないと駄目」

「twitetta、この部分、ソースがあって書いてるの?それともあなたの思い込み?」

「twitetta、35%が『とても良い』と答えてるからって、私にはあなたの仮説が支持されてるとは言えないと思う」

「twitetta、このセンテンスの意味が不明瞭。あなたが言いたいことはどういうこと?」

twitetta。twitetta。twitetta。

親しさをかもし出すはずの呼びかけも、40個を越すと流石に詰問にしか思えてこなくなる。

それらを一個一個吟味し、修正し、追加し、削除。

永久に終わらないかと思われたこの作業も、いつか必ず終わりがくる。千里の道も一歩から。千里中央へは地下鉄御堂筋線が便利です。

精神的にゲフゲフ言いながら、修正版を提出。

コメントが80個になって帰ってきた。それがビスケットの魔法。

ゲフゲフ言ってたのは不治の病、いやどっちかっていうと無知の病の方だったに違いない。そしてそれもまた不治だがね。しかし。

「皆様お詰めになってお座り下さい。」

そんなアナウンスを受けたかのように、肩を寄せ合ってみっしりと並ぶコメント。

twitetta。twitetta。twitetta。twitetta。twitetta。twitetta。

ああもう。ごめんなさい。

それらを全て削除して、そ知らぬ顔で再提出したくなる誘惑と戦いながら、再び、吟味、修正、追加、削除。

コメントを恨んではいけません。恨むのであれば、そのコメントを生み出した自分の未熟さを恨め。

そして少しの想像力があれば、膨大な量のコメントを追加する側も大変だって分かるはず。

私が苦しんでいるのは、なにもシジフォスの岩のごとき、ピタゴラスイッチ的拷問ってわけではないのだ。

賽の河原で亡者が積みあげる小石の山、それを崩し続ける鬼さんだって、亡者と同じくらい大変なんです。うんざりするはずなのです。

いや、喩えが悪い。

亡者と鬼のこのインタラクションが不幸に見えるのは気のせいなのです。河原でド突き合う番長二人の頂上決戦のように、痛そうに見えるけど本当は幸福なのです。

それらは全て改善への、もっと大きく出れば、より良き存在になるための道しるべ。

吟味吟味、修正再修正、追加追加、削除。

そう、敢えて喩えるならば、キャッチボールかテニスのラリーなのだ。一球ごとに互いの存在を高めあうのだ。

頭の中では、我が人生のメンター、宗方仁の声により、福田雅之助氏の有名なあの言葉が巡る。

この一球は

絶対無二の一球なり

されば心身をあげて

背伸びの運動!

なんか後半間違ってるけど無視。

絶対なくならないと思っていたコメントもなんとかして撃滅。

それをようやく提出したのがこないだのエントリ。

それが昨日、返ってきました。

今度のコメントは42個。

なんだこのデジャブ。

進歩か退歩か。いや振り出しに戻ったのか。

ではまた。
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【2008/03/10 13:34】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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