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ふしぎなポケット。
子供の頃、好きだった歌がある。

「ふしぎなポケット」というタイトルで、どれくらいの方に分かって頂けるだろうか。

著作権の関係がありそうなので、歌詞の引用は避けるが、「ポケットを叩くたびにビスケットが増える、そんな魔法のポケットが欲しい」という子供らしい夢を歌ったやつです。

メロディーが頭に再生された方、そう、その歌です。

あれは結局、別に魔法のポケットってわけじゃなくて、ポケットの中にビスケットを入れたまま叩いたら、ビスケットは粉々になるから気をつけろ、そう言う非情な現実を写実的に描写した歌だと気づいたのは小学6年生の頃でした。

それから幾星霜、私の目の前には不思議なペーパーがひとつ。
歌ってみるならこんな感じ。

♪ペーパーを出したら 指摘がひとつ
 なおして出したら 指摘がふたつ
 なおして出すたび 指摘がふえる

なんかこれ以上出すのは、危険な気がしてきた。

既に論旨は粉微塵。私の心のポケットの中。

とりあえず、現状はこんな感じです。

ではまた。
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【2008/02/19 18:37】 | 日記@シアトル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
ここ最近の日記。
いつまで書いても終わらない修士論文。

担当教授の指摘に基づいて、追加で色々文献を漁ったりしていると、そもそもテーマの立て方、仮説自体が間違ってた/ピントがあってなかったんじゃないかという気が。

そしてその予感はきっと事実。

いまさら引き返せるものでもなし。冷汗ダラダラ悪寒がザワザワ。

そんなこんなで、ろくにブログも更新できませんが、日々の生活自体は非常にシンプルなものでございます。

朝晩、車で妻の送迎&食事作りをメインのミッションとして、それ以外は家かスタバで勉強。

行きつけのスタバでは、毎朝延々とコーヒーのお代わりしてるので、とうとう顔を覚えられました。

「マスター!いつもの!」ってなもんですよ。

いや、毎回きちんとオーダーしてるけど。

お蔭様で、先日気分を変えてカフェモカを頼んだのに、コーヒーが出てきました。俺の話を聞け。聞いて。

なんというか、こういうのも、人からすればうらやましい生活なのかもしれませんね。主観的にはつらいけど。

えーと。

妻の方は100%アメリカンな環境で日々ぐったり、ばったりしてますが、私のほうは至って健康でございます。罪悪感すら感じたり。

とりあえず、今日中(ってもう午前3時ですが)に修正版を教授に出すことを目的に、カチカチやっております。

取り急ぎ。
【2008/02/16 05:00】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
少しの鍵、沢山の錠前
まず、人はみな平等に、キーホルダーを一個持って生まれてくる。

そこにまず付けられる「鍵」は、「母親」というラベルのついたもの。

その鍵は、母親の持っている錠前の鍵穴にフィットするように出来ている。

それに少し遅れて、今度は「父親」という鍵が増える。

「母親」と「父親」の鍵は、形状は良く似てたり、はたまた似てなかったりするけれども、この二つの鍵が最も古く、そして使い込まれる運命にある。

精神分析や発達心理学で諸説あるものの、基本的にこの「母親」「父親」、それぞれの鍵を雛形にして、新たな鍵を増やしていく。

要するに、人は「他人」に出会うごとに、とりあえず持ってる鍵でめぼしいのを突っ込んでみて、開くかどうかを試してみる。

当然、開くときもあるし、開かないときもある。

開いたらラッキー。開かなければそれに近い(と自分が感じる)鍵を持ち出して、色々削ったりして新しい鍵を作ってみる。上述のごとく、その雛形は両親からスタート。

自我の発達とともに、「兄弟姉妹」「親戚」「友達」「先生」「知人」「親友」「恋人」「ライバル」「敵」

仕事を始めれば、「上司」「先輩」「同僚」「顧客」「後輩」、偉くなれば「部下」。

そのうちに多分「妻」や「夫」、「子供」その他いろいろ。

もちろん、続柄や社会的身分というものだけがラベルになるわけではない。

血液型や星座、動物占いを信奉する人や、MBTIといった手法なんかを駆使する人もいるだろうし、オリジナルの分類をする人もいるだろう。

個人によって、好きな鍵も色々。

出会う人に片っ端から同じ鍵を突っ込もうとする人もいれば、ついつい魔が差したりトラウマの声に耳を貸したりして、場違いな鍵ばかりを選んでしまう人もいる。

それぞれの鍵の形状は似てたり似てなかったり。微妙に良く似ている鍵同士もあって、混乱することも。

例えば、小学生が担任の先生を「お母さーん」などと呼びかけてしまうとき、その子の手には「先生」の鍵ではなくて、良く似てるけど本当は全然違う「母親」の鍵が握られている。

または、夫婦喧嘩のときに、夫の手をみると、「妻」とラベリングされてる鍵が、形としては「母親」の鍵と同じになってるとか、一方で妻の手に握られてる「夫」の鍵はどう見ても「甲斐性なし」の同じものじゃないか、というのも良くある風景。

一つの問題は、鍵の方は増えるにしたがって扱いが面倒になるということ。

年をとってから、純粋に新規の鍵を作るのはとても難しいし、苦労して作ったは良いが、誂えたばかりの合鍵が回しにくいのと同様、使い心地を良くする為には使い込まなければいけない。

大体、一度使うだけで、下手するともう一生使わないかもしれない鍵を、いちいちつくる人は少ない。

なので、人はある程度成長すると、新しい鍵を作るのをやめてしまうことが多い。

というのも、それなりに年数生きていれば、今までのストックで、大概の錠前を開くことができるようになる(もしくは、それで開いてると信じ込める)ということ。

すると、使わない鍵は、そのうちに錆びていき、いつしか存在すら忘れ去られたりする。

結果、本来は無限に存在する錠前に対して、良く言えば厳選された、悪く言えば限定された鍵だけになり、実際使ってるのは十数個、下手すると数個ということにもなるわけで。

合ってない鍵で無理矢理錠前を開けようとして起こる悲劇は、枚挙に暇が無い。

そして、もっとたちが悪いのは、自分が持ってる鍵を万能鍵か何かと勘違いすること。

そんな人は、使ってる鍵が合ってるんじゃなくて、力尽くで開けようとしていることに気づかない。それはもう、ある意味で暴力。

結果だけ見れば、開いてるからいいじゃん、と思うだろうが、錠前がこじあけられそうになると、人は大事なものを他のところに仕舞いこみ、新しい錠前ごと隠してしまう。

大事なのは、この錠前開かないと感じたときには、無理強いしたり、諦めたりする前に、自分が使ってる鍵を見直すという余裕。その傾向をつかめる内省力。

そして、人はみな、自分がぶら下げてる錠前の数を忘れて、他人には一個か二個しか錠前がないと考えがちということを知っておくこと。

願わくば、人生を重ねるにつれ、鍵が錆びたり、無くなったりしないよう気をつけつつ、ずっしりと重い鍵束を持ち続ける力を持つ人間になりたいもので。

それがどんなものかは、まだ良く分からないけれど。

ちなみに、アメリカに住んで3年目、英語を使うときの私の手のひらには、未だに、「私の英語を理解してくれる人」「そうでない人」という鍵くらいしかない。でもそれはまた別の話。

ではまた。
【2008/02/13 23:21】 | 無理矢理語ってみる | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
I Have a Bad Case of Diarrhea! (私はひどい下痢です)
「ねえねえ、なんか友達から日本のとんでもない動画を送られたんだけど、これって知ってる?」

去年、シカゴでルームシェアをしている頃、ルームメイトの家主の彼氏から、こんな動画を見せられました。

まずは御覧あれ。

I Have a Bad Case of Diarrhea.


「これって本気でやってんの? 本当に下痢だったら踊ってる場合じゃないと思うんだけど(笑)」

一緒に見ていたルームメイトと家主も爆笑。「なにこれー!面白ーい!」

「なんだこりゃ?!うーむむ・・」

答えに窮する私をよそに、盛り上がる彼らはそのまま、「アイハバ バドケス オブ ダイアリーア!」と画面に合わせて踊りだす。なんだこの混沌。

「・・・いや、実は、僕もこれで英語を覚えたんだ」

ようやくひり出した、私の答えも聞かずに、下痢下痢言って踊ってる三人。人の話を聞け。

「・・・うーん。多分、パロディー番組だと思うよ。いや思いたい」

この動画に関して何の知識もない私は、そういうことしか言えず、そのときはそれで終わってました。

そしたら昨年末あたり、とうとうCNNでも紹介されてた模様。しかもアメリカが誇る人気アンカーパーソン、アンダーソン・クーパーによって。



※二人の会話の訳文を載せようと思ったけど割愛。もしリクエストがあれば要約でも追記します。

ちなみに、後半で紹介されているのは、かなり昔に日本でも話題になった海上自衛隊のCM。

どっちも良い感じで笑われてるなぁ。日本。

まぁ海上自衛隊のCMに関して言えば、アメリカの軍隊のCMもかなりトンデモ入ってるので、人のこと笑えないだろうと思ったり。

さっき、調べてみたら、これ2005年にフジテレビでやってた「英会話体操 ZUIIKIN' ENGLISH」というものらしい。説明文を読むに、やっぱり狙ってたんですね。
おめでとうフジテレビ。狙い通りのターゲットかどうかはともかく、大人気だったよ。

以下余談

先日こちらのアジア専門テレビ局AZNを観てたら、そのフジテレビの情報番組、めざましテレビの1コーナー「Oh!My ニューヨーク」を流していたのですが、そこで初めてレポーターが佐野瑞樹アナウンサーに代わってるのを知りました。

なんというか、あれだ。

人の英語力をうんぬん言えるレベルありませんが(そしてこのコーナー自体どうかと思うけど)、佐野アナウンサーはこの「ZUIIKIN' ENGLISH」を使ってでも、せめてセンテンスくらい暗記してから中継すべきだと思いました。はい。

ではまた。
【2008/02/01 15:04】 | Lost in Translation | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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