TWITETTA!

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
10月19日にあったこと。
もし万が一死んだ時はどうしようか、という話もしていた。

アメリカでもっとも数多く行われる外科手術、とは言え何があるかは分からない。

「身体から取り出されるのが、内臓の一部か子供かの違いしかないわ」

というのは、その日あるナースが口にした言葉。言われてみればそうかもしれない。リスクは少ないと言われていたとはいえ、
万が一ということもある。

軽い口調で妻が言う「私が死んだら」というフレーズを聞くたびに、できるだけ無表情を保ちながらも少しだけ胃の底が重くなった。

約10ヶ月の間に信じられないくらい大きくなった妻のお腹は、まるで服の下にバスケットボールを入れた泥棒見習いのようだった。

最後まで自然分娩を希望していたが、双子の上に一人が逆子では選択の余地は無い。

妻の手術は午後5時からの予定。

前日の夜から絶食させられていた妻だったが、手術に向けて不安と緊張と興奮ですこしハイになっていた。

妻を車に乗せ、病院に3時30分に到着。

待合室ではこれが最後のチャンス、とばかりに、これまで散々嫌がっていた妻の妊婦姿をカメラで撮ったりしながらも、もうひとつ現実感が伴わない。

俺が双子の親に?三人の子持ち?まさか。

娘のケメと同じ産院、以前と同じ作りの病室に入り、妻は手術着に着替える。

心音を計るセンサーがついたゴムバンドを二本巻き、心音のチェック。

一人の心音はすぐに分かったが、もう一人がなかなか見つからない。これかな?と思ったら一人目と同じ心音だった、なんてことが繰り返され、結局20分近くかかって2人分の心音が確認された。

ナースが注射器を持って入室。「今から点滴だけど、動脈は持ってきた?」

ジョークのつもりだろうが、あんまり面白くない。ひきつった笑顔で返す。アハハ。ナイスジョーク。

時間は刻々と過ぎ、絶食中の妻を目の前に私はオレンジジュースをゴクゴクと飲み、気づけば午後4時過ぎ。

立会うことになる私は、ナースから無菌服を渡され、四苦八苦しながら身につける。以前、食品工場を見学したときと同じ格好だな、などと場違いなことを考えながら。

担当医がやってきた。

同じ病院なので、そのままだったら前回の麺男医師が担当するはずだったが、今回の妊娠ではあえて違う先生に担当してもらっていた。今回の先生は評判が非常に高い人気のある先生。

余談だが、前回の出産は麺男先生だったというたび、ナースがみな「あー・・・あの先生ね。・・・今度の先生のほうが素晴らしいわよ!」と言うのが面白かった。いや面白くないか。

実際、今回の先生は非常に素晴らしく、細かい気配りとどこまでも質問に答えてくれる態度など、麺男医師で感じた不満や不安が一切なかった。
こういうのは2回出産を経験しないと分からない。

担当の先生が笑顔で妻に聞く。「昼食はどうだった?」

「えー?・・・絶食・・・ですよね?」

「ひっかけ質問だよ!ハハハー!」

さっきのナースと言い、きっと緊張をほぐしてくれようとしてるのだろうな。笑えないけども。

さまざまな手続きをこなすうち、予定時刻寸前。

点滴台を引き連れて、ついでに私も引き連れて、医師と妻は手術室に向かった。

てっきりベッドに寝かされたままいくのかと思いきや、徒歩で行くのね。なんか変な感じで。

手術室は思った以上に広く、そしてまぶしかった。蛍光灯の白々とした光が室内を隈なく照らしていて、全てがなんだか映画のセットのような、
本当にここで手術するのだろうかと思うくらい嘘っぽい感じさえした。

手術台の上に横たえられ、麻酔を打たれる妻。私は妻の足元らへんに待機するように言われ、馬鹿みたいに突っ立っていた。

ちなみに妻は限りなく全裸に近い状態。大きいお腹に予防接種のときに塗られたような黄色の液体をグルングルンと塗りたくられている。

妻のあまりに無防備な様子にすこしかわいそうになる。なんというか、銭湯でのぼせた人が見当違いな手当てをされてる感じとでもいうのか。

テレビの出産シーンで見るような、妻の視界と手術部位を挟む衝立らしきものはない。これで手術ってのはなんつーかその、本当?ちょっと心配になってきた。

激しく居心地の悪い私に気がついたのか、ようやく医師の一人が丸椅子を持ってきてくれた。椅子は妻の頭の左側。よしよし。それっぽくなってきた。

丸椅子に腰かけた私に妻が言った。

「ちょっと!顔色悪いけど、大丈夫?」

「え?大丈夫だよ」

「本当に本当に大丈夫?倒れたりしないでね。本当に顔色悪いから」

主観的には大丈夫なつもりだが、そんなに顔色が悪いのだろうか。意識ははっきりしているんだけど。

すっかり麻酔が効いている妻。お腹の辺りでは既に医師とナースが忙しく動き回っているが、私たち二人には何が行われているのかさっぱりわからない。

「いよいよだね」

「なんかまだ実感が湧かない」

そんな会話を続ける私達。

衝立はないものの、私の座っている位置からは、手術する部位はほとんど見えない。いや思いっきり背筋を伸ばせは見えるのだろうが、そんな勇気は無い。

と、視線を手術室の奥に向けると、妻の寝ているベッドの足元側、天井近くに斜めにかかった鏡があるのを発見。そこには小さくだが、しっかりと妻の黄色く染まったお腹が映ってるではないか。

遠くにあるので意識さえしなければ視界に入ってくることはなさそうだが、これは気をつけなければ。

「ねぇ、今何してるのかな?」

妻の問いかけに、少しだけ頭を持ち上げ、あんまり見えない、でも少し見える、くらいの角度で医師の手元を盗み見る私。

「んー。なんか手に持ってあなたのお腹にチョイチョイ書いてるみたいけど、切るところを決めてるんじゃないかな?」

「ああそう」

ふと先ほどの鏡に目をやる。

もう切ってた。

続いて何かが焦げる臭い。歯医者で嗅ぐ、あの鼻の奥が苦くなるような、ゴムの焼けるような臭い。

遠くの鏡に映るのは何かが赤かったりピンクだったり白かったり。

うわわわわ。

「あああ。もう切ってる切ってる切ってる」

「え?ぜんぜん分かんない」

そうなのか。麻酔ってすげえ。当たり前だけど。

出産中のはずなのに、私達夫婦も延々と雑談している。意識的にか生まれてくる子供のことは触れない。なんだろうこのノンビリした感じは。

ナース達と言葉を交わしながら、忙しく手を動かしていた担当医の言葉がふと耳に入ってきた。

「オーマイガッ」

「え?いまオーマイガって言わなかった?」ちょっと心配そうに妻が聞く。

慌てて彼らの会話の続きに耳を傾ける私。妻の位置からは良く聞こえないらしい。

どうやら医師がこの間自分の身に起こった面白エピソードをナースに話していたらしく、その中の台詞としての「オーマイガ」だったらしい。

・・・本当にリラックスしている。さすがというか。目の前の手術とは全然関係ない雑談が続いている様子にほっとするやら。

しばらくたってから、今度は担当医が私に声をかけた。

「ここらへんだから。いいね?」

血がついた手で空中にクルリと円を描く医師。

「え?何がですか?」

「子供をここに抱えあげるから。その場所からこういう感じで写真を撮ると、きっと良い写真になると思うよ」

さすがベテラン先生。細かすぎる心配りありがとうございます。

チラチラと鏡を見る私。相変わらずピンクと言うか白と言うか赤と言うか。コリアンバーベキューというか。

突然、鏡と私の間の空間に、ちょっと驚くくらい透明な液体が大量に吹き出した。

とうとう子宮を開いたらしい。バキューム音とともにナースが羊水を吸い、妻の頭の近くにあったガラスの器にドドド、と溜まっていく。おおこんなところに容器があったとは。

妻が向こう側をみたら思いっきり目の前に羊水が見えるが、言わないでおこう。

おーおーおー、すっごい勢いで溜まっていくピンク色の液体。

そしてその数分後、まるで手品のように、医師の両手に支えられ、一人目が誕生。

先ほど医師が円を描いた、まさにその空間を埋めるように赤子が出てきた。

まー頭の形の綺麗なこと!さすが帝王切開!それがカメラを向けながら私が思った最初のこと。

私が写真を撮ったのを確認すると、赤子はナースに渡され、新生児用ベッドに運ばれる。

丸椅子から初めて立ち上がり、ナースを追いかけて、赤子の写真を撮り続ける私。

「二人目だよ!」

今となっては妻が言ったのか、医師が言ったのかは分からないが、あわてて丸椅子に戻り再度写真を撮る私。さっきの繰り返し。違うのは赤子の性別のみ。

次にあっちで身体を拭かれてる男の子を撮ったら、こっち体重を量られてる女の子を撮って。そうだパウンドだけじゃなくてキロでも表示してもらうようにナースに頼まなきゃ。二人同じベッドに寝かした写真も撮らないと。一応携帯でも撮っておこう。そうだ妻は大丈夫か。

二人分の写真をできるだけ公平に沢山撮ろうとする私には、双子の父になった感動とか感激とか感慨よりも、はたまた無事に出産をこなした妻への感謝の気持ちよりも、忙しいレストランにいきなり配属されたウェイターみたいな気持ちの方が大きかった。

「はい男の子抱っこして」「はいつぎ女の子」「じゃあ次二人とも抱いてみる?」「写真とってあげようか?」

両腕に乗せられた双子の重さと温かさ、彼らがくるまれたタオルの香りを嗅ぎながら私が思ったこと。

「双子か・・・。な・・・なんだか大変なことになった気がする」

遅いよ。


twins


その後、アメリカの出産の通例どおり、妻は48時間で退院。

太いホチキスで留められた傷口は、これから私達が迎えるてんやわんやの3ヶ月を思ってニヤニヤするチェシャ猫のよう。

チェシャ猫


というわけで、我が家が5人家族になった日のお話でした。

ではまた。
スポンサーサイト
【2012/01/25 02:30】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(1) | コメント(8) | page top↑
というわけで、子供が生まれました。
ようやく、うちの子を紹介することが出来ます。

こんにちは。
参考画像。


いや。この子じゃない。




午後9時過ぎ。

どきどきする私達の前に、ドクターヌードルマンこと麺男医師が、帝王切開にするかどうかの、最後の判断をすべくやってきた。

いつも通り、笑みを絶やさず、妻の様子を診断する。

「うん。いいねいいね。じゃあちょっとプッシュしてみようか」

ちなみに英語で”いきむ”はpushという。押すんだねぇ。一体何をだろう。

陣痛の強さを表すグラフが一旦底を打ち、再度上昇するタイミングに合わせて妻はいきんでみる。

ベッドの上、左の膝を看護師に、右の膝を母に抱えられた状態。

「ワーン!ツー!スリー!・・・ナイン!テン!はい上出来、上出来。もう一回プッシュしてみようか…さあプッシュ!ワーン!ツー!」

二回いきんだ妻の様子に満足したような麺男医師。看護師になにやら小声で指示。看護師の動きが慌しくなる。先生、それで結局どうするんですか。帝王切開になるんでしょうか。

今度は看護師が妻に言う。「はいじゃあ今度は3回連続でプッシュしてみて…。オーケー。……ナウプッシュ!ワーン!ツー!」

ぐぐぅっと力を集中させる妻、その様子を息を詰めて見守る私達をよそに、麺男医師は部屋の隅に向かうと、一見、壁のように見えてた棚を開き、青いビニールに覆われた台車を運び込む。

なんだか大事になってきた。なになに?一体何が起こるんですか、これから。

麺男先生が、台車から青いビニールを剥ぐと、そこに並ぶのは銀色に輝く医療器具。

「オーケー!エクセレント!グレートジョブ!さあさあこの調子で行こう!もう一回プッシュだ。ナウ、ワーン!」

ひょっとして…。もう出産が始まってるのか!

あまりの展開の速さに頭がついていかない。帝王切開がどうのって一体どうなったんだ。普通に産ませることに決めたなら、そう言ってくれよ。ぐらりと私の世界が揺れる。あわてて妻の左側に回り、膝を抱える私。ベルも鳴らずにいきなり発車したバスの中、よろけながら柱に飛びついた気分。

看護師に励まされつつ、妻はいきみつづける。黄色いデジタルの線で現れる波に合わせて、陣痛サーファーが水面を滑走。波に乗れ。乗り越えろ。

「オーケー・・・プッシュ!・・・ワーン!ツー!スリー!フォー!」テンカウントが繰り返される。

私も妻の母も声を合わせる。「ワーン!ツー!スリー!フォー!」コール&レスポンス。

とは言え、実際には“押す”対象の無い私達。数字を叫ぶ声に力を込めるのが難しい。ただ高らかに、朗らかに叫ぶのも気楽すぎる気がするし、はたまた本当にいきんでしまった場合、生来腸が弱い私だけが、何かひどく場違いなものを産み落としてしまい、現場に余計な混乱を招くのも避けたい。

なので首から上にだけ力を込めて、テンカウント繰り返す。ワーン!ツー!スリー!フォー!

ふと私の中である考えが浮かぶ。

「…このテンカウント、日本語のほうが妻は安心するのかも知れない」

そう思ったので方針変更。周りで響く声を無視して、一人だけ「いーち!にー!さーん!しー!」と声をかける。

エピドュラルのおかげか、妻の表情に苦しい様子は一切無く、筋トレをやってるような雰囲気すら漂う。悲痛さも必死さも感じられない。無痛分娩て凄い。

さっき来た波を四回のいきみで乗り越え、汗を光らせながら一瞬息をついた妻に声をかける。

「なぁ、なにかして欲しいことはないか?」

「……数を数えるの、英語でやって」

ごめーん。

ちなみにここまでの間、私は妻の左足を抱え込みながら、妻の顔とディスプレイ以外は努めて見ない様にしていた。

というのは、今年の初め、日本に一時帰国した際に出会った、ある友人が言った台詞のため。

彼は別れ際、新宿駅で私と握手しながら、ひどく真面目な顔で、妻の安産を祈る言葉とともにこう言った。

「いいか!出産に立ち会うなら、その間中、絶対に奥さんの顔だけ見てろよ!手を握って、『頑張れ!頑張れ!』と念じながら、奥さんの目を見つめ続けろ!何があっても、決してそれ以外に目を向けるんじゃないぞ!他のどこかで起こってる何かを見ても、絶対に良いことはないからな!そんなことをしても誰も幸せにならないぞ!」

…彼が出産に立ち会った時、一体そこで何を見て、彼の心にここまで深い傷を残したのかはよく分からない。

ただ、彼の様子があまりにも真剣だったので、このアドバイスを部分的に受け入れていたのだった。

しかし、人が皆、他人からのアドバイスを守るのであれば、世界はとっくにもっと良い場所になっていたに違いない。聖書が長く読まれ続けるのは、人がそれだけ教えを守れないという良い証拠。人間とは、たとえどんなに優れたアドバイスでも、簡単にはそれを守れないように出来ている。

そう。私はつい見てしまった。

視線を左に向けるにつれ、あー見ちゃいけないのかもなぁと感じながらも、その動きは止まらない。
「きっとロトの妻も、塩の柱になる前にはこんな気持ちだったに違いない」とか、そんなこともぼんやり考えながら。

そこで対面したものは、娘の後頭部。

うわっ!

友人のトラウマの正体など、どこかに吹っ飛び、私の目はもう首の近くまで出現していた娘の頭に釘付け。おいおい!こんなにあっという間なのか!早いよ!いくらなんでも早過ぎるって!

追い討ちをかけるように、妻のいきむ声が聞こえる。振り返ると陣痛を表すグラフは既に山の形すらとっておらず、波が水面にぶち当たって水飛沫をあげるように、ボロボロと崩れている。

と。もう一度向き直ると、なんとそこには既に、うつぶせに抱きかかえられた赤子の全身があった。

うぎゃ!

今のは、私の悲鳴ではない。

この世で初めての泣き声を上げた我が子。

「はいお待ち!」と言う感じで、妻の胸元に娘が乗せられる。

真っ赤な身体をくねらせながら、うぎゃうぎゃと泣いている。

周囲で湧きあがる歓声。

笑顔の妻。妻の母も当然笑顔。祝福の言葉をかける医師と看護師。

前に書いたように、私はここで何か素晴らしい、我が家の歴史に残るような感動的なリアクションをする予定だった。

が、あまりのことに何か神経が切れたらしく、涙も出ない。感極まって歓喜余って歓喜の歌を歌いだす、などと言うこともなく、ただただ茫然。そこには、出来たての塩の柱と化した私の姿。

おお。おお。おお。

泣きつづける我が子をみつめながら、言うべき言葉が見つからない。

何とかして、今のこの気持ちを表現しなければ。

「おお」「おお」という感嘆詞ばかりが溢れる私の言語中枢を必死で探り、そこに転がっていた、意味のありそうな言葉を拾ってみれば、それはこんな台詞だった。

「なんかいるぞ!ここに!」

いや、流石にこれは口に出せない。

他に転がってる言葉と言えば、

「お前か!」

まるで真犯人扱いのような台詞。こちらも祝詞には程遠い。

突如そこに現れた一つの命。正確に言えば、もう9ヶ月も前から妻のお腹の中にいたわけだが、主観的には、目の前にいきなりもう一つの世界が出現したようなショック。

この瞬間だけを切り取れば、この世界の中で一番若い、一番将来性に満ちた存在がそこにいる。

おお。おお。おお。

「ほら!へその緒へその緒!」

妻の言葉に我に返ると、麺男医師が私に向かって鋏のようなものを差し出している。うわあ。一体なんのつもりだ。

考える間もなく、銀色に輝く鋏を受け取る私。麺男医師は私の手首をつかむと、その鋏のうっすら開いた両刃の間に、へその緒を挟む。青みがかった白いコード。まさか、あなたこれを俺に切れと。本気ですか。

麺男医師は目顔で促す。

え。え。そんなちょっと心の準備が。ここで切っちゃっていいの?これ切ったら何か大変なことが起こったりしない?「あーあ。切っちゃったよ」とか言われない?少し考える時間が。検討する余地を。SWOT分析とか。俺に”Go or Not GO”の決断をするチャンスは無いの?こんなことになるなら事前に電話を。まずは交換日記から。知らない人にはついて行っちゃ駄目ってお母さんが。狼狽しすぎてよく分からない考えが私の脳内を駆け巡る。そんな思いとは裏腹に、私の指はしっかりと鋏の持ち手に絡みついており、ゆっくりとその刃を閉じようとしている。

あーあーあーやばい何か切っちゃう。切っちゃうよ俺。何か起こったらほんとごめん。世界が滅亡したらほんとごめん。

じょきん。

柔らかい中に、どこか鳥の軟骨のような感触をさせながら臍の緒が切れた。

結局、出産がいきなり始まってから、17分。これまでの待ち時間が嘘のように、予想以上のスピードで我が娘はこの世に飛び出してきた。

良かった。本当に良かった。

妻の顔には疲労の影も無く、「うーん。いまなら、もう一人くらい産めそう」そんなことを言うくらい元気。

気のせいかむくみも取れ、晴れ晴れとした笑顔が眩しい。まるで憑き物が落ちたような、ってなんて不適切な喩え。

3,690g  50.5cm

私が生まれたときよりデカイ。アメリカのせいだな。これは。きっと。おそらく。

何はともあれ、長い待ち時間と、本当にあっという間の出産を経て、こうして家族が増えました。

出産から24時間で退院させられるのが、アメリカの一般的なやりかたですが、生まれたのが午後9時を過ぎていたこともあり、結局その後2日間滞在し、土曜日の午後に病院を後にしました。

これを書いてる時点で、生まれてからもう7日経ちます。体温が低かったり、黄疸が出たりしてますが、娘は元気。蒙古斑も青々としてます。春だからですかね。良く眠り、良く泣き、良く飲み、良く出します。出しまくりです。誰か止めて!

産まれた直後は、もしやこの子は福禄寿の生まれ変わりだろうかと思ったほどに長かった頭も、ノーマルな大きさに戻りました。いや残念。

同様に、顔があまりに間寛平に似ていたため、妻などは、もしやこの子は間寛平の生まれ変わりではないかと焦ったそうですが、数日経ったらそうでもなかったようで。そこは安心。

これまでのところ、私は父親としてまったく良いところをみせることもなく、オムツを替えるのすらへどもどしてますが、まぁなんとかなるでしょう。多分ね。

今はただ、トレーナーに娘のオシッコをかけられたり、手にウンチをつけられたりしながらも、将来、娘が大きくなったら、この日の出来事を教えてあげようと楽しみにしています。

まず最初に教えたいのは、この出産にあたり、私がどんなに男らしく振る舞い、誕生した瞬間に妻と娘にかけた言葉で、どれほど周囲の人間を感動させたかとか。その他いろいろ。

夫として参加し、父親になって終わった、いや始まったのか、我が家の出産日記はこれにてお仕舞い。

ここまで、私達家族の、長い長い一日について書いた、長い長い日記に付き合って頂き、ありがとうございました。

それでは、また。

ただいま、将来性しかありません
【2008/04/03 21:47】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(28) | page top↑
シーザーの制裁
文字だらけだと味気ない気がしてきたので、写真を載せてみる。

両親学級のために通っていた近所のコミカレ、その教室で撮った一枚。

子宮の中でさまざまな姿勢をとる、胎児の素敵なイラストが。

胎児百態。いやそんなにいない。
(↑クリックで拡大。)

うちの子はこんな感じで収まってるわけですな。

さて、ここからが続き。

とうとう、帝王切開になる可能性が出てきた。

この時点で妻の子宮口は6~7cm。出産には10cmが必要だそうだが、また3cmほど足りない。

そして時刻は7時。子宮口は1時間につき1cmくらい広がるらしいが、残り時間は2時間ほど。ギリギリか。微妙だ。

別に帝王切開に文句があるわけではない。

私の友人知人でも、帝王切開で元気に複数の子供を生み、素敵な家庭を築いている方は沢山いるし、自然分娩じゃなきゃ嫌だという気持ちもない。

どんな形であれ、母子に負担が掛からないなら、それが何より。極端な話、シーモンキーのように種を水槽に入れて子供ができるなら、そっちの方が良いとすら思う。

ただ、これだけ長いこと苦しんだ妻が、突然の帝王切開という展開にストレスを感じるのではないか、ということだけが心配だった。

そして、きっと被害妄想なのだが、「何時までに間に合わなかったら帝王切開」という進み方が、どうも病院の都合優先のような気がしてしまい、それが気に食わない。まぁ破水している以上、仕方の無いことなのかも知れないけれど。

回診に来た看護師に、無理は承知で意見を求める。このままいくと、どれくらいの可能性で帝王切開になると思う?

「んー。あくまで決めるのは先生だけど、私の経験だとフィフティー・フィフティーってとこかしら」

50%。意外に高いな。

ベッドに横たわることに疲れきった妻は不安そう。そりゃそうだ。

「たとえc-sanctionになっても大丈夫だよ」

そんな言葉しかかけることが出来ない。ちなみにc-sanctionとは英語で帝王切開の意。cはCaesareanの略。シーザーがこの方法で生まれたことから、「帝王」切開と呼ばれるそうで。

「ちなみに、c-sanctionじゃなくて、c-sectionね」

そうでした。c-sanctionじゃシーザーに処罰(sanction)されてしまう。この状況でも私の英語に訂正を入れられるなら、妻は大丈夫か。

ブログにも訂正をしておこう。

というわけで、上に得々と書いている”c-sanctionは英語で帝王切開の意”の部分について、正しくは"c-sectionは英語で帝王切開の意”であると訂正させて頂きます。ご迷惑をおかけしました。

話を戻して。

夫である以上、私もこの出産の当事者であるのだが、本当に私には出来ることが何もない。責任はあるけど、権限はない。いや権限はあるかもしれないが、能力がない。間違って昇進してしまった中間管理職のような気分だ。

客観的に何も貢献できない私は、主観的には少しでも状況にコミットしようと試みる。

椅子を妻のベッドに横付けて、座る。

ディスプレイでは、胎児の心音と、妻の陣痛の強さを表す2本のグラフはひたすらに上下上下を繰り返している。

その下にはハートマークとともに点滅する胎児の心拍数。

150

155

153

150

静かな病室で、ひたすらグラフと数字を見つめ続ける。

子宮口の広がりも大事だが、胎児の位置も重要。子宮の中で、胎児は身体を回転させるようにして骨盤を通り抜け、生まれてくるという。ぐるりんと。

当然、その準備運動によって、胎児の心拍数は上昇。モニターしているグラフと数値にも変化が見られるにしい。

これらの無機的なグラフと数値だけが私達に今後の展望を教えてくれる。ような気がする。

実際、入院したときには138前後だった胎児の心拍数は、今はもう平均で150台。親である私が無力なのにも関わらず、お腹の子供は誰の力も借りず、なんとか世に出ようと頑張っている。

将来、「産んで欲しいと頼んだ訳じゃない!」とか言われたら、「いや。お前、結構頑張ってたよ。知らんだろうけど」と言ってやろう。

154

157

160

155

刻々と変化する数字を見ている私。つい、そこに何かの意味を見つけ出そうとする。

さっき一瞬、170になった。きっとこれはお腹の子供が本気を出し始めたに違いない。近いぞ。

120。きっとこれは子供の動きが激しくて、モニタリングが正しくできなかったに違いない。近いぞ。

数字がどっちに転んでも、より望ましいほうに、つまりは出産が近いほうに解釈する。

これではまるで、パチンコに嵌った人が、ルーレットの数字のどれを見てもリーチ目だと思い、大当たりが近いと信じて大枚をつぎこんでしまう精神構造と同じではないか。そんな場違いな考えが頭に浮かぶ。妻はパチンコ台か。少なくとも、目押しが出来ないのでパチスロではないのは確か。

幸いなことにこのゲームではお金もパッキーカードも必要ではない。必要なのは、そのどちらでも買えない時間だということだけ。

ただひたすら、数字とグラフを眺め続ける。

見つめること1時間。なんだか数値に変化が出てきた。

いつの間にか、心拍数は170台が平均に。心音をモニターするグラフも切れ切れの部分が目立ち始める。胎児の動きが活発になってきたのか。

エピドュラルをたっぷり注入されてるはずの妻が、お腹に違和感を感じ始めていた。

陣痛の強さを表すグラフも、これまでは75を頂点にした山脈だったのが、100の目盛りに触れるのも珍しく無い。

これは良い兆候に違いない。頑張れ頑張れ。

やってきた看護師も、そろそろ出産が近いことは認めるが、帝王切開になるかどうかについてはあくまで先生の判断だとして、確かなことは言わない。

そして、とうとう最終的な判断をおこなうため、麺男医師が登場。

さてどうなることやら。

<次回で終わり>
【2008/04/03 20:09】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
妊婦百態
延々と書き続けているこの出産記録。

読んで頂いている方の中には、「いい加減、長すぎる。こんなん読めないよ」と言われそうですが、私の拙い文章で、私が経験した内容をきちんと伝えようとすると、こうなってしまうわけで。

も少し言うと、このうんざりするほどの長い長い長い時間が、夫である私が妻の出産において感じた最大の出来事とも言えます。

なので、このエントリを見た人が、たとえマウスのホイールを軽く上下させてこのブログをスクロールして「うわ。長ぇな。」という感想しか持って頂けなかったとしても、そこでその人が感じた「うんざり感」というものは、私が妻の出産までに感じた「うんざり感」と意外に近いじゃないかな、などと思ったり。ええ。詭弁ですがね。

というわけで、もう少し私達の「待ち時間」にお付き合い下さい。

昼近く。おばちゃんが就寝時に被るようなビニールキャップと、手術着を身にまとい、麺男ことドクターヌードルマンが再登場。

妻の様子を確認。いまだ子宮口は狭く。産道はむくんでいるとのこと。そりゃー身体がこれだけむくめば内臓(?)だって腫れるに違いない。

ここで麺男から情報が。確かなことは言えないが、大体、破水させてから実際の出産までは12時間くらいかかるらしい。

てことは。妻が破水したのは午前9時ごろなので・・・出産は午後の9時か!あと9時間!先に言ってくれ!

朝方、昼過ぎくらいには産まれてるんじゃないかと思っていた私たちは、自らの見立ての甘さに愕然とする。

特に可哀想なのは妻。すでに昨日導入されたエピドュラルも点滴も空になっており、二袋目に突入済み。彼女の身体はひたすら膨らみ続けている。それ麻酔薬とかじゃなくて、イースト菌とか入ってない?

うっかり事前に外し忘れていた結婚指輪は、ありえないほど薬指に食い込んでおり、指輪の下の皮膚が黒ずむほど。

これじゃ、指輪を切らなきゃいけないかも・・・と心配する妻に、そんなもん気にするな、大したことはない、と元気づける。

もし結婚指輪が駄目になったら、スイートテンダイアモンドでも何でも買ってやるつもり。もちろん本気だ。ええ。妻の金で。

病室にいる私達3人には何もすることは出来ず、動き続けるのはベッド脇のディスプレイを走る2本のグラフと、刻々と変化する心拍数のみ。

妻の陣痛は次第に強くなってきている模様。麻酔のため妻が感じる感覚は鈍いが、ベッド脇のディスプレイを走るグラフが描く山はやや高くなり、山と山の間の平地も短くなってきているような気がする。

ひたすら待つ。ただそれだけ。

こんな話がいつまでも続くのも、読んでる方にとっても、いい加減退屈だと思ったり。最初に書いたとおり、これが本当のところなのですが、流石に申し訳ない気もするので、ちょっとの間、余談。病室の様子を書いてみる。

ホテルの一室然としたこの病室だが、そのなかで異彩を放つものがひとつ。

それがこれ。(クリックで拡大。以下も同様。・・・してどうすると言われても困る)

妊婦曼荼羅


一番上に書いてあるのは、Positions for Laboring Out of Bed。 ベッドを使わない出産姿勢 とでも訳すのか。

このボードにはさまざまな出産のスタイルが素敵なイラストとともに紹介されている。

妊婦のいる風景


立った姿勢。壁によりかかったもの。椅子にもたれかかったもの、机に突っ伏したもの、いや本当にさまざま。出産曼荼羅と言った感じ。

仰向けに横たわり、股を開いて出産というのは、世界的に見れば意外に少数派という話をどこかで聞いた覚えがあるが、実際この病院においても、出産時の姿勢は本人が一番楽だと思うものを選んで良いことになっている。

そんなの、初めての場合は何が楽かなんて分かるかい、という、そういう人のための案内板なのかも。

にしても、そこで紹介されているものには、なかなか面白いものが。

たとえば、これ。

気軽にお家でダイエット!


バランスボールみたいのに乗ってる。えーと。出産するんだよね?鍛えてる場合じゃないのでは?てか、この姿勢でどうやって産むの?随分楽しそうだけど。

こんなアクティブなのとは対照的なのがこれ。

倦怠期


お母さん、何もかも嫌になってしまったようです。不貞腐れてる。

お父さんが仕事から帰ってきたら、夕飯の支度もされておらず、「おかえり」も言わない肥えた妻は、ソファーでテレビを見ている。百年の恋も冷める瞬間だな。これは。

そして、一番インパクトがあったのが、これ。

やさぐれすぎ。


たぶん水中出産を紹介しているのだと思う。実際、この病室には専用の浴室もついており、希望者には水中出産ができると聞いた。

いやしかし・・・これはなんだろう。

これは出産に臨む妊婦というより、若いツバメをはべらして、ジャグジーに浸かりながら、酒をラッパ飲みしてるマフィアの女ボスにしか見えない。

マイアミバイスとか、そこらへんの刑事ドラマに出てくるのが良く似合いそう。

この女性の剣呑な目つきがまた。

文句あんのかコラ。


「おう、あんたうちのシマにちょっかいかけて、ただで済むと思うなよ」

そんな台詞が似合いそうだ。

ボードを見て、そんな想像を膨らませるしか、今の私にはすることがない。

1時間ごとに看護師が来ては、妻の状態をチェックする。やはり陣痛は強くなっているが、まだまだ遠い。

妻のエピドュラルはとうとう三袋目に突入。取り替えてくれた人からは「おー新記録だね!」などといわれる。全然嬉しくないよ。

と、夕方になり、嫌な話が。

このままの状況が変わらなければ、今晩にも帝王切開になるらしい。

なんと。

<つづく>
【2008/04/03 15:57】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
麺男が遅れると、妻がふやける
目が覚めた瞬間、軽く見当識を失っていた私。ここはどこだっけ?

冷たくて硬い木製の安楽椅子でうつらうつらしていた筈が、いつの間にか妻のベッドの足側で、T字を描くように簡易ベッドが設置されており、その上で目覚めた私。

簡易ベッドに移ったことすら覚えてない。

時刻は午前5時頃。妻と妻の母は既に起きていた。良いご身分ですな私は。

見ると、妻は昨夜の苦難が嘘のように、落ち着いた表情になっている。エピドュラル万歳。

現在の状況を尋ねると、主治医が来るのを待って、今後の予定を決めるという。主治医はもう間もなく来るらしい。医者は早起きですね。大変だ。

とりあえず強張った身体をぐるぐると回し、来るべき時にむけて気合を入れなおそうとする。

昨夜の大騒ぎで天井を突き抜けた私のテンションは、一眠りしたためか地に潜ったらしく。
なんだか今は、ひどく拍子抜けした気分。

猛烈な便意に襲われてトイレに駆け込んだものの、便座の冷たさに驚いて引っ込んでしまった時のような、妙に静謐な気分です。ってもう少しましな喩えは無いのか。

妻のベッドの横にあるディスプレイでは、二本の折れ線グラフが左から右に流れ続けている。上が胎児の心音、下は陣痛の強さを表している。

どちらもなだらかに上下を繰り返しているが、上のグラフの方は、胎児が子宮の中で動くたびに破線となり、しばらくするとまた繋がった線に戻っていく。

今はボリュームが絞られているため、はっきりとしてないけれど、よく耳を澄ませばずくずくと打ち続ける胎児の心音が聞こえるはず。

一夜明けて、少なくとも状況は悪くなってないようだ。と素人判断を根拠に安心する。

妻と妻の母親、三人でとりとめもないことを話しながら、主治医の到着を待つ。

さて、今日産まれることはまず間違いないだろう。何時頃だろう。

主治医はもう間もなく来るというから、早ければ昼前なんてこともあるかもしれない。間違いなく夕方までには終わってるはず。どきどき。

まだ見ぬ我が子の様子を思い浮かべたり沈めたり。

が、主治医はなかなか来ない。6時になり7時になり。

日本の実家にこれからの予定(は未定であること)を伝えようと、携帯電話を片手に病室を出て、廊下を歩いていくと、よその病室からは、きっと私たちが寝ている間に産まれたであろう赤子の「ひぎゃひぎゃ」という泣き声が聞こえてくる。

その、おろしたての声帯が震える音を聞いた途端、涙腺が緩んでしまった自分を発見。おいおい。敏感過ぎないか俺。

というか、他人の子供でこんなになってしまうのなら、自分の子だったらどうなってしまうのだろう。号泣?むせび泣き?横隔膜に変な癖がついてしゃくりあげたりするのだろうか。それは流石に恥ずかしい。

何かこう、事前にシミュレーションをして威厳のある態度を決めておくべきだろう。

思えば、妻に妊娠を告げられたときもそうだった。

格好良いリアクションも、妻の心をわしづかみにするような感動的な一言も言えず、唖然呆然大自然。

口をポカンとあけて毛穴を開き、光合成を始めてしまいそうな勢いで固まるという醜態をさらしたではないか。できれば今回はそのような事態は避けたい。

産まれるまでに、何か良いアイデアを考えておこう。そう心に決めた。

病室に戻ると、まだ主治医は来ていなかった。看護師によれば、我らが主治医は9時から別の患者の帝王切開の手術が入ってるため、間違いなくその前には来るとのこと。なにそれ。9時ってあなた、もう2時間もないよ。そんな簡単に産んでしまえるものなの?

得られる情報はほとんどなく、看護師も自らの考えは滅多に言わないため、1時間先の状況も予測できない。

不安に駆られると、人間は誰しも疑心暗鬼になる。今回、私たちの鬼は主治医に向かった。

ここまで10ヶ月近く診察してくれていた先生。その名はドクター・ヌードルマン。無理矢理訳せば麺男。

いつも笑顔、白衣の襟から白髪交じりの胸毛を覗かせながら、落ち着いた声音で喋る彼。

とても良い人らしいというのは分かるのだが、どうも時間を守らない。

これまで妻とともに診察に行ったとき、時間通りに始まったことは皆無。30分待ちはざら。

病院というのはそういうものだよ、という意見もあるだろうが、数回、他の医師に代理で診察してもらったときには、すべてものの見事に時間通りだったため、どうもその説は取れない。

また、これまで妻が妊娠について抱えていた不安や懸念について尋ねても、「オーケーオーケー。ノープロブレム。何も心配はいらないよ」としか言わないという彼の態度も、私たちの彼に対する不信感がつのる原因であった。まずはその胸毛をしまえと。いやそれは関係ない。

この期に及んで主治医への不信感もないだろうが、不安な状況においては何かを蹴飛ばしたくなるのが人情。イライラし始める。

待っていることに痺れを切らし、状況確認のためナースセンターまで。エクスキューズミー。麺男をずーっとまってるんだけど。

看護師は麺男の名前を聞くと、ちょっと苦笑しながら言う。「あーあの先生はねぇ…。何回もポケベル鳴らしてるんだけど…。まあ良くあることなのよ。大丈夫だから」

良くあることってなんですか。もう一回呼んでみるから、という回答で話を打ち切られ、病室に戻る私。なんだか不安になってきた。

うろうろと動き回れる私とは違い、妻は背中からエヴァンゲリオンのように大事なコードを生やしているため、不用意なことは出来ない。

寝返りひとつ打つにも、看護師を呼んで、手助けしてもらう必要がある。ってことは当然、ひとつの姿勢でいる時間が長くなるわけで。

麻酔で陣痛の痛みは無いとはいえ、ひたすら同じ姿勢で待つ、というのもひとつの苦行。

さらには、妻の身体には点滴と陣痛促進剤の袋も繋がっており、これらが妻の身体を凄い勢いで浮腫ませていく。

手足は水を吸ったスポンジのようにパンパンにふくらみ、手に至っては、もはやグーの形にすることも出来なくなってきた。

不憫な妻。

大体、遅れてのびるんだったら麺男の方だろうに、妻のほうがふやけるというのはどういうことだ。

長い長い待ち時間を過ぎて、9時5分過ぎ。主治医が登場。

「ハーイ、ヤムリンゴー。調子はどうだい?」

見れば分かるでしょう。すっかり汁をすってのびてます。てか、あなた手術は?

私の内心の呟きをよそに、彼は妻の状況を診察。子宮口が1.5cm、子宮の位置はマイナス1cmとのこと。ん?なんか子宮上がってませんか?

「んー。あんまり変わってないねぇ。とりあえず破水させて、様子を見ようか。」

医療器具を取り出す麺男。

妻破水。そして出血。

予想以上の、ってそもそも破水を見るのも初体験なので、予想も糞もないのだが、意外な程の出血量に驚く私。でも妻の視界からは見えないらしいので、動揺させないように黙っておく。破水ってこういうものなのだろうか?破血って感じだ。

「さてさて…。じゃあまた見に来るよ」

来たと思ったら即座に退場する麺男。えええ。そうなの?いや、あなたに帝王切開の手術が待ってるのは分かるけど。破水させてから他の患者の手術ってあるの?てか、あなたその手術にも遅刻してるみたいですが。

クエスチョンだけが増えていき、いまひとつ流れが見えないまま、また、まんじりともせずに待つ時間が始まる。


<つづく>
【2008/04/03 10:20】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム | 過去の記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。