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雪煙と狼煙。
復活の狼煙をあげたいのは山々なのですが、卒論が終わりません。

書き上げたものに対する、山のような教授からのコメントへの対応に追われる毎日。なんつーかスパイラル。

書きやすさを重視して、いわゆる日本型経営とか、ハイコンテクストカルチャーと言った、こっちの土俵に引きずり込んでウッシッシという戦略を考えていたのですが、それが仇となり、狙った方向へ進むどころか、あらぬところへ彷徨と言った按配。

日本人相手なら「ほら・・・よく言うでしょこういうの?分かるでしょ?」と、説明をはしょれるところも、いちいちソース付きで例も挙げて説明しなきゃいけないので、当初の予定の2倍どころか3倍の手間隙が掛かってます。くそー。日本における文系分野の産学協同の現状なんてどうやって調べろと。

現時点で卒論も60pを越え、建築物で言うならば、図体がでかいだけで偽装建築の疑いがあり、耐震構造に不安が募る一方でございます。

まぁそんなわけで、四苦八苦の日々。

あまり愚痴ってても仕方がないので、勉強にもどりますが、取り急ぎご挨拶まで。

きちんと更新が再開できるまで、もう少し時間が掛かりそうです。

ちなみに今日、シカゴは雪が降りました。後半みぞれ混じりとなり、道路はツルツルのカチカチでございます。

こんな感じ。
snowing


そして、そんな雪景色を見下ろすセバスチャン。
家猫最高


セバスチャンの足元に、「トイレその後に」(スプレータイプ)が転がってますが、気にしないで下さい。ルームメイトとしてのエチケット。

ではまた。
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【2007/12/02 10:28】 | エヴァンストンで一人 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
ネパール人とお茶会
妻の住むシアトルを離れて、最近悔やんでることは、カメラを持ってこなかったこと。

考えてみれば、この冬、無事に卒業が出来れば、もうしばらく、シカゴに来ること無いわけで。

夏の眩しかったシカゴの町並みは、もうすっかり枯葉に覆われ、目に痛い程だった緑も、いまやすっかり秋模様。

キャンパスの木々も赤や黄色に衣替えを済ませており、その暖かい色合いは、まるで地面から何かのエネルギーを吸い取ってるかのように、輝いていて。

この風景を写真に撮れないのが実に惜しい。

今時、携帯にカメラの一つも付いてるのが当然なのでしょうが、私達夫婦が渡米時に買った携帯電話は一番安い型。

しかも、「一個買ったら、タダでもう一つ付いてきます」という、貧乏夫婦のために作られたようなタイプ。

当然、必要最低限の機能しかついていません。

とりあえず、感謝祭にはシアトルに行くので、シカゴに戻るときにはカメラを忘れないようにしたいと思います。いやまじで。

そんなことを考える毎日ですが、秋もそろそろ、その底に着いたようで、いまや日に日に冬らしく、要するに更なる深み向けてブクブクブク。

冬将軍が住む海底まではあと数マイル。そんな感じでしょうか。

ちなみに最近、私が帰って来てから、まずすることは、お茶を入れること。

日本の両親から送ってもらった日本茶を2杯。

1杯は自分のもの。もうひとつはルームメイト用。

最初はネパール人の味覚に日本茶が合うか心配だったのですが、Rはかなり気に入ってくれたようで、淹れると喜んでくれます。

基本、ルームシェアをしているといっても、ほぼ完全に別の生活ルーティンを送ってるもの。そんな私達にとって、お茶を飲むのは、数少ないコミュニケーションの機会の一つ。

ちなみに、最初に日本茶をRに飲ませたときの話。

「日本茶淹れるけど、飲む?」

「もちろん!私、お茶が本当に好きなの。お茶の無い人生なんて想像もできないくらい。だから、どんな種類でも大歓迎」

「んー。いわゆるグリーンティーとはちょっと違うかもしれないけど。まぁどうぞ」

と言って、コーヒーカップに淹れたお茶を渡す私。

カップに鼻を近づけ、湯気を吸い込んでRが言う。

「なんだろう。草の匂いがする」

「草・・・そりゃそうかもね。なんせ原材料は葉っぱだから」

しばらくカップの中を眺めてから、一口すする彼女。

「おー!美味しい!こういう味好き」

「お。それは良かった。」

気を使ってるのかどうかは知らないが、少なくとも即座にミルクや砂糖を入れたりしなくて幸い。

「気に入った。良かったら、今度からあなたが日本茶を淹れるときは私の分も作ってね」

オーケーオーケー。

本当に気に入ってくれたのならこんなに嬉しいことはないよ。社交辞令は通用しないと思ってくれ。

その後もちびちびと啜っていたRだったが、突然、何か大発見をしたかのように、カップから顔をあげるとこう言った。

「オーケーわかった!これ、枝豆が入ってるでしょう!」

その発想は無かったわ。
【2007/11/13 17:16】 | エヴァンストンで一人 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
猫を釣る。妻はつれない。
ルームメイトの弟であり、私がシェアしている部屋の家主でもあるBは二匹の雄猫を飼っている。

彼は大手の設計事務所に勤めるインテリアデザイナーで、全米を飛び回ってため、出張のたびにRに猫を預けていく。

つまり、その間、私はRだけでなく、二匹の猫ともルームシェアをすることになる。

言い忘れたが、私は猫が大好き。いつか猫を飼いたいと思っていたが、こんな形でそれが叶うとは。

そんなわけで、先週から二匹の猫と過ごす日々。

セバスチャンは白と茶色。オニキスは黒。

「セバスチャンというのは日本語では執事を意味するのだよ。」とルームメイトのRに教えたところ、いたく感心してもらえた。

Rよ、ごめん。ちょっと嘘だ。

セバスチャンは恐ろしいほど人懐っこく、滞在2日目からは私に擦り寄り、指の臭いを嗅ぎ、床に転がっては私を誘惑する。

オニキスはというと、性格は正反対で、まったく懐かない。Rですら半年かかって、やっと撫でられるようになったという。

彼らが滞在中、私は夜になるときまって片手に梱包用のゴムを改造した「釣竿」を持ち、それで猫を釣りながらリーディングをしている。

私が釣竿を放るたび、セバスチャンは重そうな身体をあっちこっちに飛ばしながら食いついていく。

上手い具合に釣竿の先を捕まえると、セバスチャンはカリカリとすっかりゴムがほつれたゴムをかじる。

オニキスは遠くから興味がなさそうにこちらを眺めているが、それでも釣竿が振られるたびに一瞬反応しそうになっているのが分かる。お、気になるの?と話しかけると、別に、に言わんばかりにそっぽを向く。ツンデレか。ツンデレって奴か。可愛いのう。

セバスチャンは釣られ飽きると、尻尾を直立させたまま、ソファーに座る私の足に身体をゾリリっと擦り付け、今度は撫でるように要求する。

シカゴの乾燥した冬は、セバスチャンの毛皮を撫でるたびにパチパチと静電気を走らせる。しかし、それが痛くないのか、セバスチャンはグフグフといいながら、ゴロゴロ転がり満遍なく撫でるように私に要求し続ける。デレデレか。デレデレって奴か。可愛いのう。

あああ至福。この二匹、客観的に観ればあんまり可愛くないが、今この瞬間だけを切り取るならば、本当に君達は可愛い。僕と君達との関係性においてのみだが、本当に愛くるしい。

当初、リーディングで一章読み終わるたびに釣竿を振っていたが、いつの間にかそれが一段落ごとになり、そのうちリーディングはテーブルに放置され、深夜2時過ぎに釣竿を振り続ける私がいた。

なんて素敵な生活。

私の人生で初めての猫と過ごす時間。そのトイレの臭さには閉口したが、家に猫がいる風景って素晴らしい。

先日のこと。

幼い頃から犬と生活をしていて、根っからの犬好きである妻に、猫がどんなに可愛いかを電話で力説する私。

「ねこにゃんは可愛いねぇ。ねこにゃんがお家にいるっていいねぇ」

傍から見たら脳みそがとろけたような物言いだが、日本語だから妻以外には理解できない。

「でもさー。私、犬派って知ってるでしょう?」

「いやいやいやそれは誤解だよ。ねこにゃんは可愛いよ。人として生まれたら飼うべきだよ。いつか。」

「だって猫って●●じゃない」


「な、なんてことを言うんだ君は!ねこにゃんのどこが●●だと言うのだ!」

「猫ねぇ・・・やっぱり飼うなら犬がいいよ。人の最良のパートナーだよ。」

「その基準が分からんが、もし猫の●が●●だというなら、犬のあの濡れた鼻だって・・・ちょっと待った。・・・にゃーにゃーにゃーにゃー!」

「・・・何?いま何語?誰に向かって喋ったの?」

「いや失礼。ちょっとセバスチャンが俺のワードローブに入ったので、出て行ってもらうようにお願いしたのよ」

「ちょっとあなた大丈夫?いきなり何を喋り始めたのかと思った。・・・まぁどうしてもと言うなら、飼っても良いけど、大変だと思うよ」

「なんで?世話ならきちんと僕がするから!トイレも片付けるから!」

まるで小学生が、拾った動物を飼いたいと母親を説得してるようだな、と30代も半ばに近づいた私は頭の隅で思う。

「いや、世話もそうだけど、もし飼うなら、住むところから探さなきゃいけないじゃない?大変だよやっぱり」

「え、なんで。いまシアトルで借りてるところはペットOKじゃないか。」

「だからさ。なんで私が猫と一緒に住まなきゃいけないの。どうしても猫と住みたいなら別居してもらうことなるね」

なんてひどい。

「君は本気でそんなことを言っているのか」

「まーご存知のように、私いま世帯主だから。世帯主としては、猫が我が家に入るのを許可することは出来ないね」

世帯主・・・確かに、それを言われるとグウの音も出ない。でも、こんなにねこにゃんは可愛いのに。たった今だって、こちらをしどけなく見つめているのに。

誰か、こんな妻を説得する方法を教えてください。

この会話以降、毎晩々々、釣竿を振りながら、妻をどう説得すれば良いのか考えてますが、ねこにゃんにアタマをヤラレタボクはキチンとモノゴトヲカンガエルコトがデキマセン。

カーイイナーカーイイナーネコニャンカーイーナー。

デハマタ。


追記
ある方から、一部の表記が不適切との指摘がありましたので、伏字にしました。妻は決して猫が嫌いなわけではありません。犬の方が好きなだけです。
【2007/11/06 10:09】 | エヴァンストンで一人 | トラックバック(0) | コメント(13) | page top↑
3秒後についてくる。
英語は相変わらず上達してませんが、日々なんとか生きております。

耳も口も眼も英語脳に支配されることなく、私の言語中枢は相変わらず.jpのドメイン名が付いたまま。My_language_center.jpって感じです。

それでもなんとかなってるのは、結構いい加減に聞き始めたから。

相手の言ってることを一言一句聞き取るんじゃなくて、キーワードだけピックアップして、勝手に意味を再構成するというか、なんというか。

相手の言ってることが、その場のコンテクストから相当はみださない限り、その程度の理解で意外となんとかなったりします。

いや誉められた話じゃないんだけど。

なので、よっぽど大事じゃない時を除き、結構いい加減な返答をしているわけです。

ところが、面白いもので、いったん耳に入ったけど、いまいち理解できなかった文章があとでゆっくり再構成されることがあります。

きちんと再生されるというか、言われた内容が後から追っかけてくるというか。

もちろんそこで理解できた(と思う)内容は、100%正確な内容じゃないかも知れませんが、少なくともあとで「あっそういうことか!」みたいな感じ。


昨日のこと。

いつも使っている図書館の喫茶店に入ったところ、一人の女性がキャンパス内におけるフードサービスのアンケートをやってました。

アンケートの内容は、どれくらいの頻度で外食するかとか、この店のサービスはどんなもんか、などなど。

オーケーオーケー言って、アンケート用紙と鉛筆を受け取り、コーヒーを買って、席を確保してから、回答を書き込む私。

回答し終わり、用紙を渡しにいくと、彼女が言いました。

「アンケートに回答してくれたお礼として、m&m'sのチョコレート1袋とほにゃほにゃふーどうにゅにゅわんだらーがあるんだけど、どっちが良い?」

後半まったく聞き取れてませんが、私の耳には「m&m's のチョコレート1袋」だけが突き刺さってました。

「m&m'sのチョコレートの方が・・・断然良いですっ」

迷い無く断言する私。

もう一つが何にせよ、m&m's に勝てるものなどあるはずが無い。

「オーケー。はいどうぞ」

・・・カシャリ。

私の手のひらに納まったチョコの袋がもたらす、心地よい感触を味わいながら自分のテーブルに戻ります。

わーいわーい儲けた儲けた。

と、その時に、聞きそびれてた後半部分が再生&再構成、意味を伴って、ようやく私の脳みそに追いつきました。

「m&m's のチョコレート1袋か、あなたの代わりに○○へ$1分の募金が入るのと、どっちが良い?」

えええ?そんな話だったの?

なんか気がつかない間に、酷い選択してない、俺?

しかも、即座に。

いくらm&m's とはいえ、もしその場できちんと聞き取れてたら、募金を選んでましたよ。私だって。


私がしたことは、世界のどこかで飢える子供からお菓子をぶんどったのと同じことか。


人として間違ってしまった。


さっきまで喜んで握り締めていたm&m'sの袋が、なぜだか今は酷く不潔なものに感じられて。

なんできちんと聞き取らなかったんだろう。

俺の馬鹿。


そんな私のほろ苦い後悔の思いも、m&m'sの美味しさには何の影響もなかった。

さすが、お口で溶けて、手で溶けない。

ではまた。
【2007/11/01 06:53】 | エヴァンストンで一人 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
古い皮袋に新しい酒を入れるな。
いまだにアパートのインターネットが接続されてないため、図書館に通う毎日を続けております。

ダラダラ勉強の息抜きに、日本のサイトをチロチロと見たところ、今更でしょうが、あの人気マンガ、一条ゆかりの「有閑倶楽部」がドラマになってることを知りました。

恥ずかしながら、って別に恥ずかしいことはありませんが、私は子供のころ、少女マンガも結構読んでました。

「キャンディキャンディ」から始まって、「はいからさんが通る」とか「悪魔の花嫁」「超少女明日香」「ガラスの仮面」「パタリロ!」「エースをねらえ」などなど、ググらなくてもそこらへんのタイトルとストーリーは諳んずることが出来ます。

このブログのタイトルに「!」マークをつけてるのも魔夜峰央に敬意を表してのこと。って誰も気づきはしませんが。

当然「有閑倶楽部」も好きでした。あの極度に少女マンガらしい画風と、そのイメージを裏切るような怪談ネタ・うんこネタの多さも印象的でした。一条ゆかりの描く、老人の怖さは異常。

思えばナポレオン・パイの存在を知ったのもこの漫画が初めてだったでしょうか。

それがドラマ化。百歩下がってアニメ化なら分かる。

昔の記憶なのでソースが分かりませんが、確か、一条ゆかりはイメージが崩れるから「有閑倶楽部」の映像化には反対していたはず。

どんな事情があったのか、それとも彼女の期待に応えられるような素晴らしい出来なのか。

そう訝しく思いながらも、ドラマ版「有閑倶楽部」の公式サイトをクリック。


なんだこりゃ。


本編を観る事ができないので、一概にその出来をどうこういう資格はありません。

が。

もしこれが、万が一、もしこれが「有閑倶楽部」だと言うのであれば、私はきっと、自分のことを「おニャン子クラブ」だと名乗っても、誰にも恥じることはないでしょう。

名乗る気はないけれども。

先日、織田雄二が主演で「椿三十郎」がリメイクされた、というニュースを知った時も、二・三日寝込みたくなりましたが、これも酷い。

きっとこういう企画って、製作にあたって、賢い人々が優れたマーケティングを基にやってるのでしょうが、その結果がこれかと。

「頭が良い人たちが集まると、馬鹿になる」と立川志の輔師匠が言ってましたが、これが、その証左でしょうか。


アメリカに来ると、日本の文化の存在感の大きさを知る機会が多いです。

本屋に行けば、かなりのスペースが日本マンガの翻訳で占められており、それ以外にもDVD売り場を見れば日本映画、アニメが並び、ゲーム売り場だってやっぱり日本の存在感はデカイです。

他の国の人と話す機会があれば、向こうから「ドラゴンボール」やら「スラムダンク」「ドラえもん」、古くは「おしん」のネタを振ってくることだって珍しくありません。

日本文化のイメージとしては、それはもう、サムライ、寿司、芸者と並ぶか、それを越す勢いです。

なぜ、そんな貴重な文化に対して自爆テロみたいな真似をするのか。

私になんか心配されたくないでしょうけど、世界に誇るべき、こうした日本のサブカルチャーに影響されて育った身としては、過去の遺産が食い散らかされ、消化・排泄された挙句、改めてさも美味しいかのように、料理皿に盛られてるのを見ると、悲しくてやりきれません。

なんだか勉強をする気もなくしてしまいました。

嗚呼。
【2007/10/29 08:28】 | エヴァンストンで一人 | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑
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