TWITETTA!

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卒業式の思い出(2日目)
すっかり過去の話となった気もする卒業式。
もう書く時期を逸したように思えたので、いっそアップするのをやめようかとも思いましたが、諺にいわく、Better latte than never、飲まないくらいならラテでもいいじゃん、と申しますので、続きも書いてみる。

最早ディティールは記憶の彼方へ去ってしまいましたが、それでも残ったものにこそ何らかの価値があるのかも知れない。

多分無いけど。
ま。備忘録として。

<2日目>

今日は学部別卒業式、ようやくディプロマがこの手に入ります。

式は9時からですが、卒業生は写真撮影のために8時にはキャンパスに着いてなければなりません。

4時間という微妙な時差ぼけで体内時計が狂い気味の私は、両親とともにタクシーでエヴァンストンへ。

やや曇ってるものの、キャンパスは緑に包まれ、とても美しい風景。

去年は毎日色々な感情に揉まれながら歩いた道ですが、今ではここで学生をしていたことすらちょっと信じられない。

今こうしてガウンを着ているのすら、何かの悪い冗談のような気がしてくる。

それでも、集合写真を撮る場所に行くと懐かしい顔が。クラスメイトのAが受付をやってました。

「あらーtwitetta!久しぶりー!」

ハグとともにコングラッチュレーションでこんにちは。

「みんなあそこにいるわよ!」

指をさされた方向を見れば、見知った顔がいくつも。おお、やっぱり俺はここの学生だったのか。

小さな輪となって談笑している、クラスメイトの方に向かい、恥ずかしさを隠しながら挨拶してみる。

入学当初から良くしてくれたT、チームプロジェクトでいつも一緒だったS、辛いときに励ましてくれたS、
留学生にとことん不親切だったR、親切そうで、全然そうでなかったSなどなど、好悪入り混じる面々と抱擁の数々。

たどたどしい英語で久闊を叙してみる。

ちなみに「久闊を叙する」excite翻訳すると、"Hisashi is depicted."と出る。ヒサシ君て誰。

卒論どうだった?

3日前にOKもらった。サマリー送ったの昨日。

おお。私より重症がいた。

んな話をしているうちに、写真撮影の準備が始まった。

前列にドクター、中ほどにマスター、最後列にバチェラーという順序で並ぶ。

集合

どんな理由かは分からないが、個人個人で並ぶ位置すら指定済み。

白髪の中年カメラマンが、小さい脚立にのって叫ぶ。

「オーケー、じゃあとるよー。セイ セスピー!」

セスピ?なにそれ?

それが私の所属するSchool of Education and Social Policyの略称、"SESP"の正しい呼称と初めて知った。

ち、いままでずーっとエスイーエスピーとか言ってたぜ。

余談だが、私の学部はLearning and Oranizational Changeというのが正式名称。よって、以前も書いた気がするが、おなじNUの学生と話していて、どこの学部に通ってるのと聞かれようものなら、スゥと息を吸ってから、

School of Education and Social Policy のMaster of Learning and Organizational Change.

と一気呵成に言う必要があった。

まぁ大体の人はSchool of Educationあたりで聞く気を無くしたのか、じゃあ「先生になるんだ?」とか見当違いのコメントをくれたものだった。まあ良いんですがね。

写真撮影を終えて、そうかーセスピかぁと思ってる暇もなく、今度は卒業式の会場に向かう私達。

なんとなく心細かった昨日とは違い、クラスメイトと分かったような分からないような会話を楽しくしながら歩いていく。

心なしか、袖のビラビラも今日は風にそよいで明るい気分。

会場は初めて入る建物。てか、この広大なキャンパス、自分と関わりの無い建物以外は入ったことがないので、それも当たり前。

既に会場には卒業生の関係者が座っており、舞台もきちんとセッティングされている。

あの壇上でディプロマを受け取るわけね、とか思っていると、なにやらアナウンスが耳に入る。

「えーと。ちょっと問題がありまして。少々お待ち下さい」

なんじゃそりゃ。そう思っていると、アナウンス行った男性が舞台を降り、客席を横切って、ホールで待機する私達の隣を駆けていく。

彼の呟きが聞こえる。

「学長がいない。学長がいない。学長がいない。」

おいおい。大丈夫か。

遅れること5分ほど。舞台の下、オーケストラピットに待機する楽団が「威風堂々」を流し始め、卒業生入場。

私の列は、なんと私が先頭。なんか優秀な学生チックで気分が良い。

ただ単に逆ABC順にならんだのがその理由なのだけど。

拍手に囲まれながら、舞台最前列の椅子に並び、自分の名前を確認して着席。

するはずが。

なぜか私の名前が無い。てか、知らない名前が書いてあり。

一瞬、卒業できると思っていたのは何かの間違いだったのかと思ったら、その列の一列向こうに私の名前が。

どうやら誘導係が間違えたらしい。心臓が止まるかと思った。

開式の挨拶から始まって、ゲストスピーカーのスピーチやらなにやら。この期に及んで聞き取れたり、そうでなかったりする自分が恥ずかしい。

ちなみに、ちょっと印象に残ったのが、卒業生代表のスピーチ。

面白いことに、卒業生代表と言っても、必ずしも成績優秀者というわけではなく(もちろん限度があるが)、事前に応募されたスピーチ原稿から選ばれた生徒が話すことになっていた。

その彼のスピーチ。詳細は既に忘却の彼方だけれども、面白かったのがそのロジック。

テーマは「歴史に残る偉人になるにはどうするか?」というもの。

彼曰く、偉人とは、奉仕(serve)した人だと言う。

金銭的な見返り、社会的地位などといったものではなく、他人のために奉仕した人こそ、死してなお名が人々の中に残る。

つまり、私達も偉人を目指すのであれば、個人の栄達ではなく、人々への奉仕を忘れてはならないという。

えーと。

まぁ何と言いますか、彼の言いたいことは分かる。歴史的な偉人の中には、人々に奉仕した人が多いってところは。

だからって、偉人になりたかったら利他的になれと。いや、そもそも、偉人になろうってのが利己的な気が。いやすみません。忘れて下さい。

そんなことを思ってる間に、ようやくディプロマの授与。

学部ごとに、名前が読み上げられ、私も壇上に上がっていきます。

「あーtwitetta、やっぱ卒業駄目かも」

そんな台詞が漏れないうちに、音速を少し越えるスピードで壇上を移動する私。

ディプロマまであと三歩

学長との握手も気もそぞろに、記念品を受け取る手も危なっかしく、ディプロマを胸に抱く。

もう貰っちゃったもんねー返さないもんねー。

私が席に戻ったタイミングで、2列に渡って起立したクラスメイトとともに、再度列席者から拍手が送られました。

互いに笑顔で目配せをする私達。

卒業式を終えてもう1ヶ月以上経ちますが、この瞬間だけはまだ鮮明に覚えています。

きっと、私の中で何かが報われた瞬間なのでしょう。

こうして式は無事終わり。今度は、また移動してレセプション会場へ。

式の間に降り始めていたらしい雨も止みつつあり、少しずつ晴天が覗いてきました。

昨年妻に連れられ出席した、MBAのレセプションパーティーと比べるとちょっとばかり、いや結構質素なパーティーですが、払ってきた学費が違うのだからこればかりは仕方が無い。

会場の二階、石造りの広間で両親とともに食事を済ませると、、会場の外に出ます。

既にガウンとキャップを脱いだ卒業生と、その家族がそこかしこで談笑しています。
誰が誰やら

ちょっと外れたところで、私の学部の学部長を中心にクラスメイトが集まっているのを発見。

在校生も何人か来ていたり。おお懐かしや。

互いの近況を聞いたり、お世話になった先生方とおしゃべりや記念撮影などを行いつつ、互いの卒業を祝いました。

これにて私の卒業式は終了。

どうもご苦労様でした。

こんな記録より、二年間の振り返りを書くべきだ、と妻に言われてますが、そちらを書くかどうかは未定。

ではまた。
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【2008/08/13 00:59】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
卒業式の思い出(1日目)
♪この支配からの~ 卒業~

と、青春の苦しみを歌ったカリスマが昔いました。

そして、「そんなに嫌なら、入学しなければ良いのに」と思っていた私がいます。

というわけで、卒業しました。

約半年振りのシカゴに、日本から駆けつけてくれた両親とともに到着。

孫の顔を見るついでだそうですが、それでも有難いものです。ええ。

シアトルよりも湿気があり、既に夏の気配が濃厚なシカゴの街。
行き交う人の波、クラクションを鳴らしまくる車を見ては、ああシカゴだよなぁと思ったり。

chicago


人種の比率だけみても、同じアメリカでこうも違うものかと。

ちなみに今回の旅は、2泊3日の強行スケジュールでした。なにせ妻と娘をシアトルに置き去りにしているので、長居は出来ません。早く帰らないと娘が泣き疲れて眠ってしまいます。

初日は午後にミッドウェイ空港に到着し、そのままダウンタウンで過ごしました。プライムリブが最高。うまうま。

翌日は朝から私だけ懐かしのエヴァンストンへ。半年振りに乗るキャンパス行きのシャトルバスは、相変わらず路面の悪い道路を比較的乱暴な運転で北に向かいます。右手に見える湖がまぶしいぜ。

エヴァンストンでは、私の代わりに卒業式用の衣装とチケットを受け取ってくれていたクラスメイトと会いました。

彼女の第一声は、「出産おめでとう!・・・ところで、太った?」というもの。そうですね。はい。

ノンネイティブ同士、久々に喋る英語はたどたどしく、言いたいことも十分に伝えきれない、聞きたいことも上手く聞き取れないというみっともないものでしたが、お互いに卒業式を控えた者として、笑顔が絶えることはありません。

その後、適当にお土産や、大学名の入ったグッズなどを購入。この機会を逃したら、こんどいつシカゴに来るか分かったものじゃない。

卒業式は2日間に渡って行われました。ちなみにこの日は大学全体のもの。キャンパスの北に位置するRyan Fieldというスタジアムで行わる予定です。

私のクラスメイトはほとんど参加しないと聞いていましたが、せっかくだから参加することにしました。

夕方に両親と合流し、スタジアムに向かうバスに乗ります。

天候は落ち着かず、晴れ間が射したり、どんよりと曇ったり。

ちょっと見回せば、キャンパスにはちらほらと、卒業式に参加すべくガウンと帽子を身につけた生徒が目に付きます。

前回のエントリでお見せしたように、ガウンは大学のイメージカラーであるパープル。帽子は黒。私の抱える紙袋に入っているのも同じもの。

スタジアムの外でいそいそとガウンと帽子を身に着ける。やっぱりちょっと恥ずかしい。

観客席へ向かう両親と離れ、私は両袖からたれる袋をパタパタとはためかせ、卒業生用の入り口へ向かいます。

そこにはムラサキイカの大群。大漁旗こそないものの、こりゃーまた圧巻。

状況が分からないまま、入場の時間を待ちます。

暇。

分かっていたことなのですが、知り合いがいません。

一人くらいはいてもよさそうかと思ってましたが、このムラサキイカの大群の中では見つけることも出来ません。

そもそも絶対数が少ないですからね。うちの学部。

それに対して、周囲にはさまざまな小集団が群れを成しており、互いの卒業を褒め称えあってます。って言うかはしゃいでいます。

大部分が学部生、つまりは二十歳そこそこの若人なわけですから、そりゃーうるさい。

コングラッチュレーション! ユーツー!

そんな会話ばかりが、ぽつねんと佇む私の耳に次々と入ってきます。

おまけにムッとするこの陽気のなか、私の身体を包む無駄に分厚いガウンが小規模な温室効果を生み、汗がだらだら。

この汗は蒸された結果なのか、一人が寂しい冷や汗なのかは分からない。

しばらくしてようやく、スタジアムの中に入るように指示されます。手元の紙を確認し、正しい順番で列に並ぼうとしますが、これがまた大変。

帽子からぶら下がる房、いわゆるタッセルの色を頼りにしようとするも、学部生と院生で衣装が似てるようで似てないため、どこに並ぶのが正しいのか良く分かりません。

ようやく自分の学部の生徒らしき集団にめぐり合います。

やはり一人も知り合いがいない。

ひょっとして、俺この学校通ってなかったのかしら?そんな錯覚さえ覚えそう。

まぁ、私の所属する学科は、教育大学院の中にあり、その中でも学科が複数あるため、同じ学部だからと言って、知ってるとは限らないわけだ。

不幸なことに、私がたどり着いた小集団は同じ学科の生徒で構成しているらしく、それぞれがお友達の様子。

結果、10人くらいの仲良し集団に三歩離れて挙動不審の私がうろうろしているという、涙を誘う情景となり。

あまりに寂しいので、携帯電話を取り出し、シアトルで子供の面倒を見ている妻に電話したりする私。なんて可哀想な私。

涙と汗にまみれながら、妻に窮状を訴えてると、私の脳裏に天啓が閃く。

いま、周りでは、薄っぺらい見せ掛けの友情に結ばれた、いや結ばれたふりをした連中が浮かれてる馬鹿騒ぎをしている中、私は家族という、世の中で最も強い絆をもつ相手と携帯電話で繋がってるわけだ。

勝負だったら私の勝ち。

ふんだ。

ちょっと心のバランスが傾いてるような気もするが、傾いているなりに心の平安を取り戻しました。

すると、

「あら!twitettaじゃない!」

肩を叩かれ、振り返ってみれば、そこには以前同じクラスをとったBが。おおB!コングラッチューレーション!って今日初めて言ったよ俺!

話の途中だった妻との電話を即座に終了し、Bとの再会を喜びます。今日初めてのハグ。

「あら、他の人来てないの?」

そうなんだよ。うちのプログラムからは二人だけみたい。てか、君と私だけよ。

「あらららら」

そうですね。その気持ちよく分かります。

残念そうなBですが、私は話し相手が出来て安心。持つべきものは友人。一人じゃないって素敵。

あそこでポツンと佇んでる兄ちゃん、きっと友達もいないんだね。可哀想だね。哀れだね。

その後、Bと互いに卒論の苦労など話しているうちに、ようやく開式の時間となり、入場。

待機している間に降ったらしい雨は既に止んでおり、オーケストラが奏でるBGMをうけながらスタジアムに入場します。

こんな感じでした。

選手入場

両親の撮った写真がこちら。

式自体は・・・まぁ普通の卒業式と変わるところはあまりなく、スピーカーとしてシカゴ市長が来ていたのが印象的だったくらいでしょうか。

私はちょっと寝ちゃいましたが。

このスピーチだけは、なんとyoutubeに動画が上がっていたので、興味のあるかたは是非。



終わった後スタンディングオベーションしている学生が何人かいたり、スピーチ中も騒いでる学生に「うるさい!」と注意する学生がいたりして、大変人気のある人なんだなぁということは分かりました。

あと、この式ではディプロマの授与はなく、学部別に起立して修了を承認されるという形をとったのですが、学部生のはしゃっぎっぷりたるや大変なものでした。

大漁


一日目はこんな感じでした。

どんな感じだよ。

ではまた。
【2008/07/06 23:54】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
レガリア
アメリカの卒業式でお馴染みのガウンと帽子。

アカデミックドレスとも呼ばれますが、私の大学ではレガリアと言ってました。

 regalia
 n. 【史】((単複両扱い)) 王権; 王位を表す宝器 ((crown, scepterなど));
   ((集合的)) (階級を示す)記章 (emblems); 正装
(goo 辞書から転載)


                                            
なんか仰々しい意味ですね。

実際の画像はこんな感じです。

regalia


両袖には和服で言うところの袂のような、伸びすぎた盲腸のようなものがぶら下がっており、冒険の途中で見つけたアイテムをしまうことができます。

それが正しい用途かどうかは知りません。

ここに携帯電話や財布を入れておけますが、いざ取り出そうというときに結構面倒ですので注意が必要です。

首元から背中にぶら下がっているのはマントではなく、フードと呼ばれるこれまた目的不明の物体。

ちなみに首元からわっかのついた紐がぶら下がってますが、そのわっかをガウンの下のシャツのボタンにくぐらせてフードの位置を固定するらしいです。

それを教わるまでは、常に真綿で首を絞められてるような心持ちがしてました。

後ろから見るとこんな感じですが、魚の腸を出したみたいに見えるのは私だけでしょう。
back


これは学部によって色が異なり、着ている人間の専門分野が一目でわかる仕組みになっています。

そしてその色分けは全米でほぼ共通しているため、これまた一目でその人の専攻が分かるそうで。

最後に、これは観たことがある人も多いでしょうが、帽子。

cap


天辺からぶら下がっている房はタッセルと言い、この色も学部によって色分けがされてます。

ちなみに私の場合、学部が教育大学院なので、スカイブルーとなってました。

キャンパスを歩いていて何度か迷いそうになりましたが、このタッセルのおかげで仲間を見つけることが出来、意外と便利。

このタッセルですが、ぶら下げる位置も重要で、私達院生は、写真にもあるように常に左側に垂らすことになってました。

クラスメイトに理由を聞いたものの諸説あり、「左側が学問の世界、右側は現実社会を表しているので、卒業したら左から右に移すのだ」というものや、「いや大学生は右に垂らしていて、それを卒業を機に左に移すのだから、院生および博士は左に垂らしっぱなしでいいのだ」、などと答える人間によって解説が全然違い、挙句には、右が社会を表すというのは左利きにとって差別ではないか、というような良く分からない話になったので、真相を究明するのはあきらめました。

どなたかご存知の方いらっしゃいましたら御教授下さい。

ちなみに、大学生・院生・博士課程その他でガウンや帽子のデザインは異なり、仮面ライダー1号・2号程度の小さな違いから、それらとストロンガーくらいの大きな違いまで様々でした。それぞれ由来があるかと思うと、眺めているだけで面白かったです。

着心地は最悪で、重いし蒸れるしで散々でしたがね。

おまけに、これはきっと頭がでかい私だからでしょうが、このガウンと帽子を着てもさっぱり似合いませんでした。

周りを見回すと、そばかすだらけのひょろひょろ白人すらそれなりに着こなしているというのに、この彼我の差は一体。

自分の姿を鏡に映して、眺めてみます。

四角くて黒い帽子の下に、丸くてでかい顔。そこから伸びる紫のガウン。

どう見ても怪人ムラサキイカ。

こんな晴れ晴れしい場にいるよりも、幼稚園帰りの子供を脅かしてる方がよっぽど似合う気がします。

紋付袴なら、人並みに似合う自信があるのですがね、これを着ないと卒業式に出席が許されないのだから仕方がありません。

というわけで、怪人ムラサキイカの活躍は次回。

ではまた。
【2008/06/27 03:04】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
もう少し。
更新および、コメントの返信が大変遅くなっておりまして申し訳ありません。

一昨日、修正第四版を提出し、返す刀で今後はコメントが10個という、前回比約75%減の傷口から血が滴っておりますので、現在、引き続き、縫合作業を行っております。

本格的な更新はもうしばらくお待ちくださいますよう、お願い申し上げます。

以下余談。

どうでもいいんですが、本文だけでword数が1万とか超えたあたりで、自分がどこに何書いたんだか(そして書いてないんだか)分からなくなりました。栗本薫御大の気持ちが少しだけ分かった気がします。ほんと、自分で書いた癖に読み返す気にもなりゃしねえ(←おい)
あと、どっかに教授への愚痴とか、"All work and no play makes Jack a dull boy"とか連綿と書き連ねてるんじゃないかと思って心配になったり。

余談2
最近、アダルトサイトからのスパムコメントがちっちき入っててうざったいのですが、ちょっと気になることが。先方のプログラムがどういう基準でこの自動スパムコメントが送ってんだか分かりませんが、特に「書痴なし」にばかり集中するのは何故でしょうか。「痴」って字がまずかったのかしら。って、それ一字に反応するってどんだけリビドー溢れた中学生魂。遅れてきた第二次性徴、思春期フォーエバーって感じですか。若いって良いですね。
それと「前口上」にもビンビン反応してるのですが、これは原因がさっぱり。何?何がアンテナに引っかかるんですか?思い当たる方がいらっしゃなったら内緒で教えてください。もれなく職員室に呼び出させて頂きます。

ではまた。
【2008/03/27 04:44】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
賽の河原でキャッチボール
私の記憶が正しければ、最初のペーパーに教授がくれたコメントの数は42個だった。

ぶつぶつと戯言を垂れ流している私のペーパー、その右端にびっしり並ぶ吹き出しの数々。

その書き出しは、几帳面な教授の性格を反映しているのか、全て私への呼びかけから始まっている。

「twitetta、ここの部分、論理構造が矛盾してる。書き直さないと駄目」

「twitetta、この部分、ソースがあって書いてるの?それともあなたの思い込み?」

「twitetta、35%が『とても良い』と答えてるからって、私にはあなたの仮説が支持されてるとは言えないと思う」

「twitetta、このセンテンスの意味が不明瞭。あなたが言いたいことはどういうこと?」

twitetta。twitetta。twitetta。

親しさをかもし出すはずの呼びかけも、40個を越すと流石に詰問にしか思えてこなくなる。

それらを一個一個吟味し、修正し、追加し、削除。

永久に終わらないかと思われたこの作業も、いつか必ず終わりがくる。千里の道も一歩から。千里中央へは地下鉄御堂筋線が便利です。

精神的にゲフゲフ言いながら、修正版を提出。

コメントが80個になって帰ってきた。それがビスケットの魔法。

ゲフゲフ言ってたのは不治の病、いやどっちかっていうと無知の病の方だったに違いない。そしてそれもまた不治だがね。しかし。

「皆様お詰めになってお座り下さい。」

そんなアナウンスを受けたかのように、肩を寄せ合ってみっしりと並ぶコメント。

twitetta。twitetta。twitetta。twitetta。twitetta。twitetta。

ああもう。ごめんなさい。

それらを全て削除して、そ知らぬ顔で再提出したくなる誘惑と戦いながら、再び、吟味、修正、追加、削除。

コメントを恨んではいけません。恨むのであれば、そのコメントを生み出した自分の未熟さを恨め。

そして少しの想像力があれば、膨大な量のコメントを追加する側も大変だって分かるはず。

私が苦しんでいるのは、なにもシジフォスの岩のごとき、ピタゴラスイッチ的拷問ってわけではないのだ。

賽の河原で亡者が積みあげる小石の山、それを崩し続ける鬼さんだって、亡者と同じくらい大変なんです。うんざりするはずなのです。

いや、喩えが悪い。

亡者と鬼のこのインタラクションが不幸に見えるのは気のせいなのです。河原でド突き合う番長二人の頂上決戦のように、痛そうに見えるけど本当は幸福なのです。

それらは全て改善への、もっと大きく出れば、より良き存在になるための道しるべ。

吟味吟味、修正再修正、追加追加、削除。

そう、敢えて喩えるならば、キャッチボールかテニスのラリーなのだ。一球ごとに互いの存在を高めあうのだ。

頭の中では、我が人生のメンター、宗方仁の声により、福田雅之助氏の有名なあの言葉が巡る。

この一球は

絶対無二の一球なり

されば心身をあげて

背伸びの運動!

なんか後半間違ってるけど無視。

絶対なくならないと思っていたコメントもなんとかして撃滅。

それをようやく提出したのがこないだのエントリ。

それが昨日、返ってきました。

今度のコメントは42個。

なんだこのデジャブ。

進歩か退歩か。いや振り出しに戻ったのか。

ではまた。
【2008/03/10 13:34】 | LOC涅槃通信 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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