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常に勝者たれ、またはゲーミフィケーション子育ての勧め。
娘が4歳になる日も迫ってまいりました。正確に言うとまだ1ヶ月ありますが。

これぐらいの年になると、色々と生活習慣的なものも身に付けていただかなければいけません。

思えば3年と11ヶ月近く前、ホカホカの赤子として世に出てきた娘ですが、もうすっかり社会的動物としての存在感を増しております。

飲んだミルクを吐くんじゃないかとか、背中までウンコが漏れてんじゃないかとか心配していたはずが、いつの間にか友達とどうすれば上手く遊べるか/喧嘩できるかとか、そんなことに気を使ってる自分に気がつき、感慨深くなることもしばしばです。

とはいえ、そうは言ってもまだ3歳。外から帰ってきて手を洗うようにするとか、脱いだコートをきちんと掛けるとか、歯を磨くとか、そんな基本的なことを教えるのにもまだ苦労をしております。

そんな私達が最近使ってる方法というのは、ゲーミフィケーション的アプローチ。

・・・すみません。流行りの言葉を使いたかっただけで、実際は単純になんでも「ゲーム仕立て」にしてるだけです。

デイケアから家の敷地まで帰ってきたとき、階段を上るのを渋る娘。「ねぇーだっこー」などとごねてます。

そんな娘に一言、「よーし負けないぞー!」と言おうものなら、グズグズしていたのはどこへやら、

”I'm gonna be a winner!"

と掛け声も勇ましく、ダッシュで階段を駆け上がる娘。

遊びに夢中で、お風呂に入るのを嫌がる娘に一言、「よーし、今度こそ負けないぞ!」

”No I'll win! I'll win!"

オモチャを放り投げて、浴室へ向かう私の後ろを追いかけてきます。

ちょろいのう。

ただ唯一の問題は、娘が常に勝者でいたがるということ。

いやね、そりゃー誰でも勝ちたい。ただ教育上の観点から言うと、負けてこそ学べる教訓というものもございます。

No pain, No gainなんてもとはフィットネス器具のキャッチコピーが今じゃ企業研修なんかでも使われるフレーズになってるように、たまにはPainを感じて頂きたいものです。そしてGainして欲しい。

ということで、たまには私が勝とうとするのですが、勝ってしまったときの娘の狼狽の度合いが半端なものではありません。

崩れ落ちて号泣。

いまどきオリンピックでもここまで悔しがる人は見たことがないくらいに泣き喚きます。一体どこの将軍様が死んだのかと思うほど。

本来はしつけの一環+親の都合として始めてるはずが、ゲーム開始前よりも手に負えない状況になり、落ち着かせるのに時余計な時間がかかることもしばしば。面倒くせえ。

これが親のしてのPainであり、優れた親としての役割を全うするためにはここが頑張りどころな訳です。

と、そんなことは分かっていても、ついこちらの思うように娘を誘導したことで満足してしまい、勝ちを譲ってばかりするというのが現実。情けないですね。

日々の本当に細々したところで娘と「勝負」しているので、一体これまでどんな戦歴になってるのかは分かりませんが、多分勝負の99%くらいは私が負けております。

そんなある日のこと、娘が妻にこう言い放つのを聞いてしまいました。

Daddy is always loser...

いや、その表現はなんかひっかかるぞ。

そしてデイケアでも、迎えに行った私を見つけると、横にいた友達に笑顔で一言。

Hey Emily, my daddy is a loser!

娘の生活習慣のためと思っていたのに、いつの間にか娘の世界観に父親=負け犬という定義を埋め込んでしまったことに気づきました。

私の社会的動物としての地位が危うい。

ではまた。
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【2012/03/05 19:10】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
お誕生日には呼びません。
最近は娘をデイケアからピックアップするのが私の仕事。

車でほんの10分足らずの道のりだけれど、その間は父と娘だけのコミュニケーションタイム。

特に双子が生まれてからは、なかなか長女のケメの相手をしてやれない身としては貴重な時間です。

後部座席のチャイルドシートに縛り付けられた娘と、運転席に座る私。基本的に相手の顔を見ないで会話が行われるのだけれど、それもなんだか新鮮。

歌を歌ったり、周囲の景色に反応する娘のコメントに笑ったり、それなりに楽しい時間。

少し前まではちょっとしたことで会話内容が不明瞭となり、良くわからなくなっていたが、娘ももう4歳の誕生日が見えてきて、立派に会話ができるようになった。

先日のこと。

デイケアを出発してしばらく後、私が聞いてもいないのに、娘がデイケアでの出来事を話し始めた。

「今日ね。ケメちゃんデイケアで泣いちゃった」

「あらあら。一体何があったの?」

デイケアで娘が泣くことなんて日常茶飯事なのだろうが、あらためて娘からそう言われるととても気になる。

「エイミーが "You can't come to my birthday party!"て言ったの」

エイミーはケメと仲の良いお友達。ベストフレンドは誰?と聞いたら、ベスト5くらいには入る。

以前も書いた気がするが、この「私のお誕生日パーティーに呼んであげないから!」というのは、この年頃の子供達にとって最大の罵り言葉らしい。さすがにアメリカだからって3歳児がFワードは言わんわな。

「それでケメ、エンエンて泣いちゃったの。そしたらミズ マンディ(先生)がエイミーにNo!って言って、エイミーがI'm sorryって言ったの」

「そうか。じゃあ仲直りしたんだね?」

「でもケメはThat's OKって言わなかったの。それでエイミーも泣いたの」

日本でもきっと「ごめんなさい」「いいよ」と言うのが幼児間における平和協定の合言葉だと思うが、こちらでも"I'm sorry" "That's ok"というのがその合図。

先生もきっと娘に許すよう促したに違いないが、それを言わなかったはどういうことだろう。

「ケメはなんでThat's OKって言ってあげなかったの?エイミー謝ったんでしょう?」

「でも。ケメはとてもとてもSadだったから。言いたくなかったの」

ふーむ。マナーとしてはよろしくない。そこは当然エイミーを許してあげるべき。

だが、なんだか親としては、普段友達に対してそんなに強く出ない娘が、そんな意地を張ったことに何だか成長を感じてしまう。たまには自我を通すのも良いかもなんて思ったり。親馬鹿ですね。

「でもケメ、明日エイミーにもう良いよ、って言わなきゃね。エイミーはきちんとSorryって言ったんだから」と、とりあえず親としての務めを果たそうとしたところで、ちょっと気になることがあった。

「・・・なぁ、なんで最初にエイミーはケメを誕生日パーティーに呼ばないなんて言ったの?」

娘が言う。

「ケメがね、エイミーはお家に一杯オモチャないでしょうって言ったの」

・・・お前が悪いんじゃん!

娘のちょっとした精神的成長を喜ぶどころか、余計な攻撃性を発揮していること驚き、ハンドルを握る手が危うくなった夜でした。

ではまた。
【2012/02/03 19:19】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10月19日にあったこと。
もし万が一死んだ時はどうしようか、という話もしていた。

アメリカでもっとも数多く行われる外科手術、とは言え何があるかは分からない。

「身体から取り出されるのが、内臓の一部か子供かの違いしかないわ」

というのは、その日あるナースが口にした言葉。言われてみればそうかもしれない。リスクは少ないと言われていたとはいえ、
万が一ということもある。

軽い口調で妻が言う「私が死んだら」というフレーズを聞くたびに、できるだけ無表情を保ちながらも少しだけ胃の底が重くなった。

約10ヶ月の間に信じられないくらい大きくなった妻のお腹は、まるで服の下にバスケットボールを入れた泥棒見習いのようだった。

最後まで自然分娩を希望していたが、双子の上に一人が逆子では選択の余地は無い。

妻の手術は午後5時からの予定。

前日の夜から絶食させられていた妻だったが、手術に向けて不安と緊張と興奮ですこしハイになっていた。

妻を車に乗せ、病院に3時30分に到着。

待合室ではこれが最後のチャンス、とばかりに、これまで散々嫌がっていた妻の妊婦姿をカメラで撮ったりしながらも、もうひとつ現実感が伴わない。

俺が双子の親に?三人の子持ち?まさか。

娘のケメと同じ産院、以前と同じ作りの病室に入り、妻は手術着に着替える。

心音を計るセンサーがついたゴムバンドを二本巻き、心音のチェック。

一人の心音はすぐに分かったが、もう一人がなかなか見つからない。これかな?と思ったら一人目と同じ心音だった、なんてことが繰り返され、結局20分近くかかって2人分の心音が確認された。

ナースが注射器を持って入室。「今から点滴だけど、動脈は持ってきた?」

ジョークのつもりだろうが、あんまり面白くない。ひきつった笑顔で返す。アハハ。ナイスジョーク。

時間は刻々と過ぎ、絶食中の妻を目の前に私はオレンジジュースをゴクゴクと飲み、気づけば午後4時過ぎ。

立会うことになる私は、ナースから無菌服を渡され、四苦八苦しながら身につける。以前、食品工場を見学したときと同じ格好だな、などと場違いなことを考えながら。

担当医がやってきた。

同じ病院なので、そのままだったら前回の麺男医師が担当するはずだったが、今回の妊娠ではあえて違う先生に担当してもらっていた。今回の先生は評判が非常に高い人気のある先生。

余談だが、前回の出産は麺男先生だったというたび、ナースがみな「あー・・・あの先生ね。・・・今度の先生のほうが素晴らしいわよ!」と言うのが面白かった。いや面白くないか。

実際、今回の先生は非常に素晴らしく、細かい気配りとどこまでも質問に答えてくれる態度など、麺男医師で感じた不満や不安が一切なかった。
こういうのは2回出産を経験しないと分からない。

担当の先生が笑顔で妻に聞く。「昼食はどうだった?」

「えー?・・・絶食・・・ですよね?」

「ひっかけ質問だよ!ハハハー!」

さっきのナースと言い、きっと緊張をほぐしてくれようとしてるのだろうな。笑えないけども。

さまざまな手続きをこなすうち、予定時刻寸前。

点滴台を引き連れて、ついでに私も引き連れて、医師と妻は手術室に向かった。

てっきりベッドに寝かされたままいくのかと思いきや、徒歩で行くのね。なんか変な感じで。

手術室は思った以上に広く、そしてまぶしかった。蛍光灯の白々とした光が室内を隈なく照らしていて、全てがなんだか映画のセットのような、
本当にここで手術するのだろうかと思うくらい嘘っぽい感じさえした。

手術台の上に横たえられ、麻酔を打たれる妻。私は妻の足元らへんに待機するように言われ、馬鹿みたいに突っ立っていた。

ちなみに妻は限りなく全裸に近い状態。大きいお腹に予防接種のときに塗られたような黄色の液体をグルングルンと塗りたくられている。

妻のあまりに無防備な様子にすこしかわいそうになる。なんというか、銭湯でのぼせた人が見当違いな手当てをされてる感じとでもいうのか。

テレビの出産シーンで見るような、妻の視界と手術部位を挟む衝立らしきものはない。これで手術ってのはなんつーかその、本当?ちょっと心配になってきた。

激しく居心地の悪い私に気がついたのか、ようやく医師の一人が丸椅子を持ってきてくれた。椅子は妻の頭の左側。よしよし。それっぽくなってきた。

丸椅子に腰かけた私に妻が言った。

「ちょっと!顔色悪いけど、大丈夫?」

「え?大丈夫だよ」

「本当に本当に大丈夫?倒れたりしないでね。本当に顔色悪いから」

主観的には大丈夫なつもりだが、そんなに顔色が悪いのだろうか。意識ははっきりしているんだけど。

すっかり麻酔が効いている妻。お腹の辺りでは既に医師とナースが忙しく動き回っているが、私たち二人には何が行われているのかさっぱりわからない。

「いよいよだね」

「なんかまだ実感が湧かない」

そんな会話を続ける私達。

衝立はないものの、私の座っている位置からは、手術する部位はほとんど見えない。いや思いっきり背筋を伸ばせは見えるのだろうが、そんな勇気は無い。

と、視線を手術室の奥に向けると、妻の寝ているベッドの足元側、天井近くに斜めにかかった鏡があるのを発見。そこには小さくだが、しっかりと妻の黄色く染まったお腹が映ってるではないか。

遠くにあるので意識さえしなければ視界に入ってくることはなさそうだが、これは気をつけなければ。

「ねぇ、今何してるのかな?」

妻の問いかけに、少しだけ頭を持ち上げ、あんまり見えない、でも少し見える、くらいの角度で医師の手元を盗み見る私。

「んー。なんか手に持ってあなたのお腹にチョイチョイ書いてるみたいけど、切るところを決めてるんじゃないかな?」

「ああそう」

ふと先ほどの鏡に目をやる。

もう切ってた。

続いて何かが焦げる臭い。歯医者で嗅ぐ、あの鼻の奥が苦くなるような、ゴムの焼けるような臭い。

遠くの鏡に映るのは何かが赤かったりピンクだったり白かったり。

うわわわわ。

「あああ。もう切ってる切ってる切ってる」

「え?ぜんぜん分かんない」

そうなのか。麻酔ってすげえ。当たり前だけど。

出産中のはずなのに、私達夫婦も延々と雑談している。意識的にか生まれてくる子供のことは触れない。なんだろうこのノンビリした感じは。

ナース達と言葉を交わしながら、忙しく手を動かしていた担当医の言葉がふと耳に入ってきた。

「オーマイガッ」

「え?いまオーマイガって言わなかった?」ちょっと心配そうに妻が聞く。

慌てて彼らの会話の続きに耳を傾ける私。妻の位置からは良く聞こえないらしい。

どうやら医師がこの間自分の身に起こった面白エピソードをナースに話していたらしく、その中の台詞としての「オーマイガ」だったらしい。

・・・本当にリラックスしている。さすがというか。目の前の手術とは全然関係ない雑談が続いている様子にほっとするやら。

しばらくたってから、今度は担当医が私に声をかけた。

「ここらへんだから。いいね?」

血がついた手で空中にクルリと円を描く医師。

「え?何がですか?」

「子供をここに抱えあげるから。その場所からこういう感じで写真を撮ると、きっと良い写真になると思うよ」

さすがベテラン先生。細かすぎる心配りありがとうございます。

チラチラと鏡を見る私。相変わらずピンクと言うか白と言うか赤と言うか。コリアンバーベキューというか。

突然、鏡と私の間の空間に、ちょっと驚くくらい透明な液体が大量に吹き出した。

とうとう子宮を開いたらしい。バキューム音とともにナースが羊水を吸い、妻の頭の近くにあったガラスの器にドドド、と溜まっていく。おおこんなところに容器があったとは。

妻が向こう側をみたら思いっきり目の前に羊水が見えるが、言わないでおこう。

おーおーおー、すっごい勢いで溜まっていくピンク色の液体。

そしてその数分後、まるで手品のように、医師の両手に支えられ、一人目が誕生。

先ほど医師が円を描いた、まさにその空間を埋めるように赤子が出てきた。

まー頭の形の綺麗なこと!さすが帝王切開!それがカメラを向けながら私が思った最初のこと。

私が写真を撮ったのを確認すると、赤子はナースに渡され、新生児用ベッドに運ばれる。

丸椅子から初めて立ち上がり、ナースを追いかけて、赤子の写真を撮り続ける私。

「二人目だよ!」

今となっては妻が言ったのか、医師が言ったのかは分からないが、あわてて丸椅子に戻り再度写真を撮る私。さっきの繰り返し。違うのは赤子の性別のみ。

次にあっちで身体を拭かれてる男の子を撮ったら、こっち体重を量られてる女の子を撮って。そうだパウンドだけじゃなくてキロでも表示してもらうようにナースに頼まなきゃ。二人同じベッドに寝かした写真も撮らないと。一応携帯でも撮っておこう。そうだ妻は大丈夫か。

二人分の写真をできるだけ公平に沢山撮ろうとする私には、双子の父になった感動とか感激とか感慨よりも、はたまた無事に出産をこなした妻への感謝の気持ちよりも、忙しいレストランにいきなり配属されたウェイターみたいな気持ちの方が大きかった。

「はい男の子抱っこして」「はいつぎ女の子」「じゃあ次二人とも抱いてみる?」「写真とってあげようか?」

両腕に乗せられた双子の重さと温かさ、彼らがくるまれたタオルの香りを嗅ぎながら私が思ったこと。

「双子か・・・。な・・・なんだか大変なことになった気がする」

遅いよ。


twins


その後、アメリカの出産の通例どおり、妻は48時間で退院。

太いホチキスで留められた傷口は、これから私達が迎えるてんやわんやの3ヶ月を思ってニヤニヤするチェシャ猫のよう。

チェシャ猫


というわけで、我が家が5人家族になった日のお話でした。

ではまた。
【2012/01/25 02:30】 | アメリカで産んでみる | トラックバック(1) | コメント(8) | page top↑
聖域の守りかた、または本当に悪い狼とは。
子供が出来て以来、私がほぼ唯一、プライバシーを楽しめる場所と言うのはトイレ。

幸い、狭い我が家ですがトイレだけは二つあり、ゲスト用のトイレは私専用になってます。

余談になるので詳しくは書きませんが、私は腸に難があるタイプなので、トイレでは出来る限り長時間、かつリラックスして入る必要があります。

そんな私にとって、占有できるトイレの存在と言うのはありがたい。

ところが娘が生まれたことで、そんな聖域すら脅かされ始めました、というのは以前のエントリで書いたとおり。

せめてもの対策として、なるべく娘の世話をしているときにはトイレに行かないようにしていますが、こればっかりはコントロールできないもので、どうしようもないときというのがあります。

娘に気づかれようものなら、もう大変。

ドアの前で「ダーーーーディーーー!何してるのーーー!」(ドンドン)←ドアをたたく音

なぜ40近くにもなって、自分の排泄行為を報告せねばならぬのだ、と思いながら私は答えます。

「プ・・・プープーだよー!」

ちなみにプープーというのは大の方。

「ダディ、プープーしてるの?」

「そーだよー!だから向こうで待っててー!」

「見ーせーて!」

そんなもん見てどうすんだ。

「え?いやだよ!勘弁してください!」

ガチャガチャガチャガチャ!

親の願いを完全に無視して、ノブを回す娘。

そう、以前の娘はノブに手は届いても、まわすことは出来ませんでした。今は余裕で回せます。

最初に開けられたときには、娘の成長を喜ぶ余裕も無く「いぃやああああ!」などとか弱い女学生のような悲鳴をあげてしまったものです。

でももう大丈夫。

その事件以降、トイレに入るときには忘れず鍵をしめるようになった私。ガチャガチャと大きな音を立てるドアノブに落ち着かない気分になっても、開けられる心配はありません。

「ダーディー!!」ガチャガチャガチャ!

言うことを聞かない父親に苛立つ娘。

プライバシーの重要さを理解し、尊重するというのは3歳児の娘にとってはちょっとまだ荷が重いようです。

「ダーディー!Open the Door!

なぜか英語に切り替えて叫ぶ。しかも命令形かよ。あなたのお父さんは気が弱いノンネイティブなんだから、英語で命令されたらつい開けてしまいそうになるではないか。

「ケメ!お・・・お母さんのとこ行ってなさい!」

なるべく威厳を込めた言い方をしたつもりですが、ズボン下ろして便座に据わった状態で言ってもなんだか締まらない。

ガチャガチャガチャ!ドンドンドン!激しく揺れるドアノブ。父親の命令などどこ吹く風。

開かないとは分かっていても、こんなに騒々しいと肝心の排泄行為に集中できません。

いっそ一回用便を断念して、爆弾を抱えつつ娘の相手をしようかしら・・・とか考え始めたとき、状況に変化が訪れました。

「リルピグ リルピグ レッミー カミン!ハフアンパフ・・・ハウスダウン!・・・・チミーチンチン!」

ん?

先ほどまでの単純な命令口調だったのが、なにやら長文のセンテンスを叫んでいます。

ドアを叩くのもやめ、同じセンテンスが繰り返される。何かの呪文?

よく耳をすませてみると、娘はこう言ってました。

Little pig Little pig. Let me come in!

(子豚よ子豚、私を入れろ!)

・・・or I'll huff and I'll puff and I'll blow your house down!

(さもないと家を吹き飛ばしてしまうぞ!)

おお!これはひょっとして「三匹の子豚!」

そうです。業を煮やしたのか単純に飽きたのか、娘はいつの間にか一人芝居モードに入ってた模様。

立てこもる子豚に対して脅しをかける狼の役になりきってます。

ちなみに「三匹の子豚」、我が家では教えてなかったのですが、たぶんデイケアで習ったのでしょう。見事に暗誦しています。

娘の思わぬ知識の披露に、先ほどまでの苛立ちも忘れ、つい喜んでしまいます。

よくよく聞いてみると、娘は狼のパートを大声で叫ぶだけでなく、それに対する子豚の答えおよび状況説明は小声で言うという繰り返しをしています。

ワラ、木の枝、ブロックの順に子豚は次の家に逃げ込み、それをまた狼が吹き飛ばす。

私がドアを開けない以上、延々と物語はループしています。

ああ良かった。とりあえず娘がロールプレイングに夢中な間に、なんとか排泄を済ませてしまおう。

I'll huff and I'll puff and I'll blow your house down!

「はっはっはー!大丈夫だもんねー!You can't come in my brick house, Big bad wolf!

ドンドンガチャガチャされなくなった私のほうもそんな軽口を聞く余裕が出来てきました。本当は物語通りの返答をするべきなのでしょうが、あいにく原作を知らないのでそこらへんは適当です。

Little pig Little pig. Let me come in!

「はっはっはー!You can't eat me!

「・・・・・・」

おっと返答がなくなった。いつまで経っても進まない話に飽きたのでしょう。所詮は3歳児。

じゃあお気に入りの本でも開いて、もう少しラグジュアリーな時間をひとり楽しむとしましょうか。

と、トイレに積んである本を取り、読み始めた瞬間。

チャ・・・カチャカチャ。

なにやら扉の向こうで音がします。

「ん?ケメ?」

問いかけにも反応せず。かすかに続く金属音。カチャカチャ・・・チャ・・・・カチャ。

「おいケメ?何やってのかな?もしもーし。オオカミさーん?Big bad wolf?

ガチャ!バタン!

突然ドアの鍵がグルンと回転すると、開くはずのない扉が凄い勢いで開きました。向こう側には満面の笑みでこちらを見つめる娘の顔が。

「うわあああああぁ!どうして!?」悲鳴を上げる私。

娘の右手にはなにやら黄色いプラスチックの玩具が握られています。それは子供用ねんどのセットについて来たスコップの親戚みたいな奴。

我が家のトイレの鍵は、日本でも良く見る、コインなどで簡単に開く形のもの。娘はその玩具を使って、鍵をこじ開けたのです。

娘がいったいどうやってその鍵のメカニズムを理解し、かつ開錠に最適なツールを玩具箱から取り出してきたのは不明。もちろんそんなことを教えた覚えはありません。

てか、狼がピッキングの技術を持ってるなんて、そんな「三匹の子豚」は聞いたことがない。ひどい!

「ケメ!やめて!閉めて!」

父親があげる情けない叫びも、勝利を祝う心地よい音楽にでも聴こえるのか、娘は全く意に介しません。

「ダディー・・・プープーしてるのー?見せてー!」

「ひぃぃぃぃ・・・・」

というわけで、我が家に残った唯一の聖域も失われてしまいました、という酷い話でした。

ではまた。



<証拠写真>
証拠写真
【2011/09/14 03:34】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
「家族」の意味
連日の子育てネタで恐縮。

最近の娘(ケメ。もうすぐ3歳5ヶ月)の行動には戦略性というものが見られるようになりました。

それは何かといえば、自分の意思を通すためにわざと泣くということ。

でもこれが上手い。例えば、自らの提案(夕食の前にお菓子が食べたい。テレビが観たい等)が母親に却下されると、ペタンと膝から崩れ落ち、口をへの字に曲げ眉間に皺を寄せると、「うええええええ」と泣きます。

最初は泣き声だけなのですが、感心なのはすぐさま大粒の涙がポロポロと。

この「泣く」という行動に感情がついてくるとでもいうのか、泣いてるから悲しいのだ、と言わんばかりの変化と言うのは見ていて興味深いです。これも一つのメソッド演技って言う奴でしょうか。違うか。

まぁそんな演技(?)にだまされるような妻でもないので、残念ながらそんな娘の努力が実を結ぶことは少ないのですが、この戦術が効かないと分かると、娘は次の行動に出ます。

弱いところから攻めるのは戦略の常道。つまりは私。

非情な母親に対して、

「マミィだいきらいぃぃぃ!」と余計な捨て台詞を吐くと、涙も拭かずに私の元へ小走りで向かってきます。

両手を広げながら「ダディぃぃぃ、だいすきぃぃぃ」

こんな機会じゃないと好きとか言われない俺って何なんだ、と複雑な気持ちを抱きつつ、娘を抱きかかえる私。

でもここで娘の提案を受け入れるわけにはいきません。ただでさえ日頃「あなたは娘に甘すぎる」と言われる身。

悪いがこちらにも事情があるのだよ、とまるで経営陣の顔色を伺いつつ部下を切り捨てる中間管理職のように、私も娘の願いを却下。

コンティンジェンシープランが上手く行かなかった娘はどうするか。

「びえぇぇぇ」と泣き叫びつつ、抱っこする私の手を振りほどくと、身を大地に投げてその悲しみと怒りを全身で表現。

顔を天に向けると、娘はある英単語を叫びます。

「ファーミリーーーーーーーー!!!」

Family?

なぜその言葉を選んだのかは分かりませんが、とりあえず諭そうとする私達。

「泣いても駄目だよ~」

「ファァミリィィィー!」

「お菓子ばっかり食べたら、夕飯食べられないでしょう?」

「ファァミリィィィーーー!」

こちらの言葉も耳に入らない様子で、ひたすらファミリー。

一体何が言いたいのか。

(a)「私にこんなひどいことをするなんて、貴方達はそれでも私の家族か」

(b)「この広い世界のどこかに、私の本当の家族がいるはず。はやく助けに来て」

(c)「私がいてこその家族でしょう?もう一度よくその言葉を噛み締めて、娘の存在が如何に尊いものかを認識しなさい」

とか、そういうこと?そもそも正解はこの中にあるの?

説明を求めても、娘の口からは同じ言葉しか出てきません。まるで"Family"という存在を召喚しようとでもしてるかのよう。

何にせよ、叱ってるのに「家族」「家族」と連呼されるとなにやら自分の家族観というものを考えさせられたりして、あまり良い気持ちはしません。

娘の真意は何か。

ここのところ、そんな謎が私達を悩ませていましたが、先日、その謎を解明する糸口のような出来事がありました。

デイケアに迎えに行った私。

娘は画用紙に向かって鉛筆で何やらお絵かきをしていました。そう、最近は絵も描ける様になってきてます。

「ケメー、迎えに来たよー。何を描いてるの?」

ご機嫌な娘は私を見ると、「ダディ、見て見て」と新しい紙を取り出すと、ぐぐぐっと縦の線を三本。

3人家族

真ん中の線を指差すと、「This is ケメ」 

そして左右を指すと「This is マミィ、This is ダディ!」

おお。象形文字にもなってないような気もしますが、親としては嬉しい限り。

「あらーケメちゃん上手いねぇ!」と言う私。

誇らしげにニヤニヤする娘。

再び画用紙に向かうと、娘は私達三人家族を上から囲むように、ぐいぐいぐいと山形の線を大量に書きなぐりました。

ファミリー

そしてそれらを指差しながら、元気良く叫ぶ娘。

「And...This is ファミリー!」


え?…こいつら誰?



ではまた。
【2011/08/25 01:54】 | アメリカで育ててみる | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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